第三話 森の恵みに感謝を
翌朝、私は陽の光の眩しさに無理矢理目を覚まされた。
うーんと伸びをして身体を起こす。あ、ちゃんと身体が動く。まだ重たいし、お腹は凄く減っているけど、これならなんとかなるかもしれない。
「……サリィ、どうして」
生命の危機を脱すると、サリィがどうなったのかが気掛かりで仕方なくなってきた。死にかけはしたけど、サリィは私を逃がしてくれた。あのままレッドグリズリーに襲われたら、それこそ100%死んでいたと思う。
……そしてサリィは、そんなところに一人で残った。普通に考えれば、絶対に死んでいるだろう。
でも、そんなの考えられないよ。
だって、昨日までずっと隣で笑っていたんだよ?
一緒に木の実を取って食べて、お花の冠を作ったり、追いかけっこしたり……。
「いやだ、いやだよ……」
でも、大人な有栖の記憶が、常識が言うんだ。生きているわけがないって。
そんなことは分かってる、でも認めたくないんだよ!
もう、頭の中はぐちゃぐちゃだった。この世界で生きてきた幼い女の子アリスとしての感情が、思い出が。違う世界で生きて、そして死んだ男の記憶が、ごちゃ混ぜになる。
自分が何なのかも分からなくなって、それでも発狂せずにいられたのは、有栖の心が冷静な大人のものだったからなのだろう。しばらく泣き続けていたら、段々と気持ちが落ち着いてきた。
……そうだ、泣き叫んでいても状況は変わらない。まずは現状把握と、この後やるべき事を決めないと。傷だって治せた、水球も出せた、動けるようになった。
諦めなければ、何か出来るかもしれない。
「まずはこの崖を登る方法を考えないと」
見た感じでは、崖は左右どちらにも長く続いている。低くなっている場所はあるかもしれないけど、あってもかなり遠そうだ。
「となると、魔法なんだろうけど……」
ぐうぅ〜っと鳴るお腹をさすりながら、マンションなら5階建くらいの高さになるだろう絶壁を見上げる。
……前言撤回。まずは朝ごはんの調達だね。
周りを見渡しても崖の上には沢山生えていた実の成る木が全然見当たらない。でも、絶望するにはまだ早い。
「これ、鹿のフンかな?」
崖の近くに生えた木の下に、小さくてコロコロした黒い点々が転がっている。しかも、その木の樹皮が一部剥げている。
鹿が樹皮を食べてしまうから保護のために木の下の方の幹に巻く食害防止グッズがある、そんな記憶が蘇る。
鹿がいるのは間違いなさそう。
そしたら、次は仕留める方法かな。これも幼い女の子の身体では、魔法でしか無理だろうな。昨日作った水球と同じ要領で、体外に魔力を集中させて、えーと、何作ろう?
この世界で狩りと言えば弓矢、有栖の世界では猟銃……ってそれは流石に魔法で再現は無理かな。
そうしたら、弓矢がいいかな。属性は、ゲーム的な考え方をするなら火属性が一番火力出そう。
名付けてフレイムアロー、ってね。
そうと決まればまずは練習しないと。折角獲物を見つけても逃しちゃったら悔しくて泣いちゃうだろうし。
魔力を体外に集中させて、弓矢の形を正確にイメージする。形が定まったら、次はそこに炎を纏わせて……。
「フレイムアロー!!」
全力で解き放つ!!
掛け声と共に放たれたのは、私のイメージ通りの炎の矢! それが私のえいやと動かした手の動きに合わせて放たれ、そしてすぐ近くの地面にぼとりと落下した。
……なんか、思ってたのと違う。
幼女が矢を持って全力で投げました、という感じのすごくひ弱な魔法になってしまった。確かに矢だけで遠くには飛んでいかないけど、これはいくらなんでもショボすぎる。
仮にも男子高校生だった記憶が嘆いてるよ。
しかしどうしたものか。火属性にまで適正があったことは驚きだし嬉しい事なんだけど、手詰まり感がなぁ……。
よくゲームとかアニメで使われる槍の形をした魔法とかも、この体躯で投げたら子供のチャンバラごっこレベルにしかならないのは目に見えてる。
「となると、風魔法で吹き飛ばす? それとも土魔法で弓を作る?」
やってみなければ分からないけど、今思いつくのはこれくらい。でも土魔法で弓を作ると、重そうだし、弦とか無理っぽいなぁ。
そしたら風魔法しか私の頭では思いつかない。
一度に二種類の魔法を発動させるって、結構難しいかもだけど、何事もチャレンジするのが大事だよね。
まずはさっき作ったフレイムアローをサクッと作る。一度やった流れなら結構簡単にできるみたい。問題はここから、フレイムアローに魔力を流し続けながらその後ろに新たに魔力を集中させる。このたった一回の作業で、魔力がゴッソリと持っていかれてしまった。でも、倒れるほどではない。
そのまま新しい魔力に明確なイメージを当てていく。思い描くのは、ピストンで圧縮したみたいな、高圧の空気。それを矢の方向、つまり一方向に向けて解放する。
……うん、いけそう。
私は矢の狙いを20 mくらい離れた木に定めて、魔法を発動させた。
そしてその瞬間、ヤベと思わず幼女らしからぬ声が漏れてしまったのは仕方がないことと言えよう。
ドゴォ!! と轟音が鳴り響いた。そして放った火矢は狙いを定めた木だけでなく、その後方にあった木々を何本も薙ぎ倒し、地面を抉りながら直進し続け、大岩に当たったところでようやく消滅した。
……確かにごっそり魔力を持って行かれたし、制御できてない感はあったけど、幼女が出していい威力じゃないと思う。
しかも風属性も使えたってことは、なんと四つもの属性に適性があるってことになる。アリスは魔法の天才だったのかもしれない。私、すごい。基準は分からないけど、多分。
しかも運が良いことに、こんがりと焼けた鹿が一匹、私の火矢が作った道の端に転がっていた。鹿さんにとってはとても不運だったと思うけど、ごめんなさい、美味しくいただかせてもらいます。
私は土魔法でセラミックナイフとノコギリを作り、鹿の解体をすることにした。もはや土魔法の魔法まで自然に使えることにも、驚かなくなってきたよ。ちなみに鹿の解体はパ……、お父さんに教えてもらっていたからどうにか失敗せずに行うことができた。
村の子供達は、みんな小さい頃から森の恵みに感謝を捧げる意味を込めて、この解体作業を教えられる。命をいただいているってことを、ちゃんと理解するためには大事な風習だね。
食べられる部位を切り分けたら、食べられない内臓や頭は魔法で燃やし尽くした。そして食べられる部位は、すぐに食べる部分以外を焚き火の上に吊るして煙で燻す。これで日持ちするようになるっていうのは、有栖が動画サイトで見たサバイバル動画で得た知識だ。
……つくづく私は運が良いのだと思う。アリスと有栖、二人の知識と経験がなければ生き残ることは絶対にできなかった。
そして仕上げはお待ちかね、今食べる鹿肉の調理開始だよ!
モモ肉を小さく切り分けて、魔法で作った鉄串に刺して、焚き火で焼く。塩も胡椒もないから、味付けはなし。すごくシンプルな串焼きだけど、肉の焼ける香ばしい匂いを嗅ぐだけでお腹がぐぅ〜っと鳴る。
慎重に、しっかりと中まで火が通ったのを確認して、
「森の恵みに感謝を。いただきます」
パクリと、口に含んだ瞬間に溢れ出す肉汁と旨味。下処理してないから少しだけ獣臭いけど、飢えた身体にとってそんなものは何の問題にもならない。
「美味しい……」
ホロリと涙が頬を伝う。お肉って、こんなに美味しかったんだ……。
それからは無我夢中で食べ続けた。お腹が空きすぎていて、およそ5歳児とは思えないくらい沢山食べてしまった。多分だけど、魔力の使いすぎでエネルギー不足だったんだと思う。
最後に水球を作って喉を潤す。これで私、完全復活!
「ごちそうさまでした。私はあなたへの感謝を忘れません」
食後の挨拶を終えた私は焚き火を消して燻した鹿肉を持てるだけ担ぐ。もう昨日までの私ではない。体は動くし、魔法だって使える。そして、私はまだサリィを諦めたくない。だからまずは、あの崖の上に登らなきゃならない。
今度は浮遊魔法か。でも生身で空を飛ぶって全くイメージできない。
どうしよう?