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転生少女は異世界で旅に出ます  作者: 沢口 一
第三章 紫の夜編
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第五話 弔い

今回も残酷な描写があります。

苦手な方はご注意下さい。

 その馬車の御者さんはレオと名乗った。流れの商人で、要塞都市フォルトからカルムの街へと向かう途中にレッドグリズリーの大軍に襲われたのだという。


 フォルトを出て二週間くらいはずっと魔物と遭遇することもなく、濃密な獣臭が漂う不気味な森の中を最大限の警戒の元に進んでいた。


 しかし二週間もそんな旅を続けていると、流石の冒険者達も緊張感が抜け始めていた。


「獣臭いけど、魔物じゃなくて動物なんじゃないか?」


「そうだな。それにしてはやたらと強烈な臭いではあるが……」


「でもさ、これまでだってこの道何度も使って魔物なんてゴブリンくらいしか見たことないし、警戒し過ぎかもな。オレもう疲れたぜ」


 そんな感じの会話をしていた時だった。突然、馬車を囲うようにレッドグリズリーが十体も同時に現れた。


 意思疎通をしているかのように、確実に馬車の逃げ道を塞がれ、冒険者達は戦うことを余儀なくされてしまった。


 冒険者ランクと魔物のランクは連動している。つまり、彼らが一対一でレッドグリズリーに勝てる可能性は限りなくゼロに近い。ましてや、数でさえ相手が上回っていたのだ。


 そこからは、地獄と呼ぶのさえ生温い程の惨劇が繰り広げられた。


 四肢をもがれ、生きたまま内臓を食べられる冒険者達。ある者は泡を吹き続け、またある者は泣き叫ぶ。発狂してしまい、ケタケタと笑う声も聞こえてきたという。


 そしてレッドグリズリー達はそういった声をあげる者達の首を、もぎ取るか潰すことで黙らせていった。


 私はレオさんから聞いた通りに、この惨劇の一部始終を羊皮紙に記していく。一文字一文字書いていく度にさっきの光景を思い出してしまって、吐き気が込み上げてくる。それを唾を飲み込むことでなんとか耐えながら、私は書き続けた。


 私達冒険者は、他の冒険者が亡くなった現場に遭遇した場合、出来る限りその状況を記した上で、出来ることならその人の遺品とギルドカードを最寄りのギルドへ提出することが義務付けられている。


 亡くなった方の遺族へと、その最期を伝えるためだ。今回のようにあまりにも悲惨な亡くなり方の場合は、ある程度ボカして伝えるらしいけど。


 そして冒険者達へ注意喚起を行い、エリアの適正冒険者ランクの更新が行われる。しかし今回のような異常事態では、緊急クエストが発注される可能性が高い。


 緊急クエストは多パーティーで行われる最重要クエストで、これが発注されている間は他の依頼を受けることが出来なくなる。それだけ危険で、緊急性があるってことだ。


 フォルトとカルムを結ぶ唯一の道がレッドグリズリーの巣窟になっているかもしれないなんて、流通が止まりかねない程の重大事態だから、ほぼ間違いないかな。私も、第一発見者として同行することになると思う。


「そして俺も、もう死ぬんだと諦めたかけていた。そこにお嬢ちゃん達が来てくれた。本当に、本当に感謝している。ありがとう、ありがとう……」


 全てを語り終えたレオさんは、その場で泣き崩れてしまった。私もカミラちゃんも、なんて声を掛ければいいのかわからなくて、結局何も言うことはできなかった。


 レオさんがひとしきり泣いてある程度落ち着いてきたところで、私はカミラちゃんを護衛に残してもう一度あの現場に向かった。遺品とギルドカードを回収するために。


「うぅ、やっぱりキツイよ……」


 私はまず、レッドグリズリーの血抜きをしてから腹を割いて臓器を取り出した。魔物と動物との決定的な違い、それは魔物には心臓がないということだ。


 その代わりに、魔石がある。その発生メカニズムは全く分かってなくて、動物が魔石を取り込むと魔物化するとか、空気中に漂っている魔力が集まって魔石ができるとか兎に角色んな説がある。


 一つ言えることは、魔石は魔道具を作るのにとても役に立つってことで、それ故に高く売れる。


 これで犠牲者が出ていなければ、素直に喜べるところなんだけど……。


 私は次に、冒険者の亡骸から遺品とギルドカードを回収する。もう、元がどんな姿だったのかは判らない程に損壊してしまっているけれど、彼らも人間なんだ。吐くわけにはいかない。


 私はなんとか吐くのを堪え、全員分のギルドカードと遺品を回収して、水球で血を洗い流してからマジックバッグに入れた。


 その後、遺体を全て燃やしてから遺骨を土魔法で作った骨壺に収めていく。壺の蓋には、それぞれギルドカードから判別した名前を書いておく。これで、遺族の元に帰してあげることができる。


 本当は、道端にお墓を作るのが一般的なんだけど、私はどうしても帰してあげたかったんだ。エゴでしかないのかもしれないけど、これが私にできる精一杯のことだから。


 私は最後に、道を埋めていた血とレッドグリズリーの臓器を全て『紫炎』で燃やし尽くしてから拠点に戻った。これで新たな魔物が寄り付くのを防げると思う。


「アリスです、ただいま戻りました」


「あ、おかえりなさいですアリス姉さん」


 拠点の扉をノックすると、カミラちゃんが扉を開けてくれた。私は辺りを見回して敵がいないことを確認してから中に入った。


 この世界には探知魔法が存在しないから、こうやって五感に頼って索敵するしかないんだよね。ラノベとかではよく使われている魔法なのに、無いなんて不便で仕方ないよ。


 今度本気で創ってみようかなとも思うけど、当面は厳しいだろうなぁ。


「カミラちゃん、レオさんは今どうしてるの?」


「安心したのか、今はぐっすりと眠っていますよ。本当はご飯を食べてからの方が良いとは思ったんですけど、あんな事があった後なので食欲もないそうで……」


 それは、そうだろうね。私だって、今は何も口にしたくない。


「とりあえず、まだ夕方だけどお風呂に入ろうか。汗でベタベタだし、ちょっと臭うし」


「そうですね。あっ、いや、アリス姉さんが臭いとかそういう意味ではないですよ!?」


「分かってるからそんなに慌てなくても大丈夫だよ……っと、はい、お風呂完成」


 私はなんか一人で勘違いしてテンパっているカミラちゃんを放っておいて、サクッとお風呂を作った。


 その後は二人でお風呂に入って体を清め、いつも通りに魔力操作の授業をしてから床に就く。私はカミラちゃんが眠りについたのを確認してから、瞼を閉じた。


 精神的な疲労がかなり溜まっていたのだろう。


 私はすぐに、深い、深い眠りの中へと落ちていった。

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