第四話 初陣
今日は少しショッキングな表現があります。
苦手な方はご注意ください。
カミラちゃんが魔法を使えるようになってから一週間が経った。
あれから毎日練習を重ね続けた結果、なんと超級を除いた火、風、水の魔法のほとんどを扱えるまでに成長した。正直、成長スピードが異常過ぎてちょっと引いてます。
因みに今はカミラちゃんと並んで、鬱蒼とした森の中を飛行中。一昨日くらいにようやく草原地帯を抜けたと思ったら、青木ヶ原樹海もびっくりな深い森が出現したんだから驚きだよ。
どうしてこう極端なのかなぁ、この世界は。
本当なら木々の上を飛んで行きたいんだけど、そうすると馬車道が見えなくなるんだよね。
それとこの森、深いだけでなく獣や魔物の気配がする。まるで動物園にいるかのような、濃い獣の臭い。それが常に漂っているんだから、かなり数は多いのだろう。
でも姿は全く見えないし何より獣なのか魔物なのかを判別する方法がない。冒険者ランクを上げることを考えれば魔物は狩りたいところなんだけど、この臭いを必死に辿った結果獣にしか出会えなかったら時間ロスしてしまうというジレンマ。
「あー、都合よく目の前にポッと魔物出てきてくれないかなぁ」
「そ、そんな怖いこと言わないでくださいよ! もし本当に出てきたらどうするんですか!?」
それはそれは喜びます。
そんな感じで私がフラグを立てていたその時だった。
「や、やめろ! 誰か助けてくれっ!!」
私達の行く道の先で、男の人の叫び声が聞こえた。その声のトーンから、かなりの非常事態でることが伺える。
もしかしたら、この馬車道を利用している商人さんが襲われているのかもしれない。
「カミラちゃん!」
「は、はい!」
私はカミラちゃんにアイコンタクトを取り、浮遊魔法の速度をグンと引き上げた。
普段は魔力消費を抑えるために、ある程度速度を落として飛んでいるんだけど、今はそうも言ってられない。
確かに魔物が出てきて欲しいとは思ったけどさ、人が襲われて欲しいだなんてこれっぽっちも思ってなかったんだけどね!
「アリス姉さん、見えてきましたよ!」
カミラちゃんの言う通り、叫び声を上げたと思われる馬車の御者の姿が見えてきた。馬車の周囲には、なんと十体以上のレッドグリズリーが集まっているのが見え、これまでに感じていたよりも遥かに強い獣臭が漂ってくる。
でも、それだけじゃない。この鼻を刺す鉄のような臭いは……。
「キ、キャアアアッ!?」
「……っ! うぇ……っ!」
馬車の周りには、恐らくは五人ほどの人間だったであろう肉塊が転がっていた。
有栖の記憶では、例えばヒグマが人を襲った場合、柔らかくて塩分も豊富で食べやすい内臓から先に食べるのだと聞いたことがある。そして硬い手足や頭などは残して、あとで食べるために置いておくのだと。
今目の前に広がっている光景は、魔物であるレッドグリズリーも同じ習性を持っていることを証明していた。あまりにも、無残な光景だった。
お昼ご飯に食べた物が胃から逆流しそうになるのを必死に堪えながら、私は同時に十体のレッドグリズリーに向けてサンダーボルトを放った。
サンダーボルトは、私が使える中で最高速度を誇る魔法だ。一斉に放たれたそれらは一瞬で着弾し、ヘイトが一斉に私に向く。
「カミラちゃん!」
「は、はい! いっけええええっ!!」
その瞬間、カミラちゃんから鋭い刃の形をした水の塊が幾十も放たれ、レッドグリズリーを切り刻んだ。
これが水属性の中級魔法、『水刃』だ。
まるでウォータージェットのように強力に加圧された薄い水の刃は、レッドグリズリーの堅牢な皮を容易く切り裂き、それで止まらず肉を裂き骨をも両断した。
その結果、全てのレッドグリズリーの頭と胴体が綺麗に分離、その命は一瞬で刈り取られていった。
Bランクの魔物であるレッドグリズリーを、たった一度の魔法行使で全滅させるとは、カミラちゃん強くなりすぎじゃ無い?
しかし、この光景は……。
「うぅ、流石にこれはキツイよ……」
冒険者と思しき亡骸と、レッドグリズリーから吹き出す鮮血が混ざり合った血の池が馬車の周りを満たしている。
そしてこのレッドグリズリーの血、猛烈に臭い。牧場で嗅ぐ獣臭を何倍にも濃縮し、その上血液独特の鉄臭さも混ぜ込んだ実に刺激的な臭いだ。
私は鼻を摘んでいないと正直辛いくらいなんだけど、意外にもカミラちゃんはこの臭いが平気なようで。
「だ、大丈夫でしたか!?」
「お、お嬢ちゃん強いんだね……。お陰で助かったよ。護衛に雇った冒険者達が全員殺されて、もうダメかと思ったよ……」
私より先に御者さんの安否確認をしていた。普段はオロオロしているのに、こういう時に冷静でいられるのは凄いと思う。
「ほ、他に生き残りった方は、いらっしゃいませんか?」
私がなんとか声を振り絞って、生存者の確認をすると、御者さんはチラッと荷台を見た後に力無く首を横に振った。
……まさか、全滅だなんて。
私もカミラちゃんも、息を呑んでただ黙っていることしかできなかった。
私達は別に、この人に護衛を頼まれたわけでもないし、亡くなった冒険者達と知り合いだったわけでもない。完全に無関係な通りすがりの冒険者でしかない。
それでも、心臓が鷲掴みにされたように痛み、全身から嫌な汗が噴き出るのを感じる。
私はただ冒険者ランクを上げるためだけに、魔境の森に挑もうとしている。お父さん達名だたるAランク冒険者達に修行をつけてもらって、どうにかなる自信もあった。
でも、それは彼らだってそうだった筈なんだ。自分らの実力なら遂行できる依頼だと判断して、ギルドもそれを承認した。
それでも、彼らは命を落とした。御者さんに聞いたところ、彼らはC+ランクの冒険者達だそうだ。つまり、この馬車道でレッドグリズリーと遭遇するとは、ギルド職員含めて誰も思わなかったということだ。
でないと、Bランクの魔物であるレッドグリズリーが出るような危険地帯にC+ランクの冒険者を向かわせるわけがない。
だからこれは、不幸な事故に遭ってしまったようなものなんだ。
交通事故と同じように、理不尽に命が失われた。
そしてそれは、今度は私の身に降りかかるかもしれない。そう思うと、ブルリと身体が震える。
もちろん、だからと言って旅を辞めることはない。でも、これからはもっと緊張感を持つことにしよう。
……とりあえず、この御者さんをそのままにしておくわけにはいかないよね。
私は馬車を先導して安全そうな場所まで連れて行き、それから『土要塞』で馬車ごと入れる大きめの拠点を作った。
その間にカミラちゃんが焚き火を起こして、御者さんに温かいお茶を淹れてあげる。
今回のことは冒険者ギルドに報告する必要がある。それに、護衛も無しに御者さんをこのままにしておくわけにもいかない。
まだ昼間だけど、私達はここに野営することに決め、御者さんへの事情聴取を始めるのだった。




