第一話 窮地
草原を飛んでいる魔法使いがいます。魔法使いはどこかアワアワと慌てているように見えます。
次にするべきことはなんでしょう。次に行くべき場所はどこなんでしょう。と、自問自答しているのです。
その旅人は一体誰か。
そう、私です!
「じゃなーっい! ヤバイヤバイヤバイ!!」
何とかの旅々ってアニメで聞いたフレーズが無意識に出てきてしまうほど、今の私はめちゃくちゃ焦っていた。
【カルムの街】を出発してから早三日、テントの設営や焚き火を使った料理にも慣れ始めていた私達は、どこまでも続く広大な草原をさっさと抜けるべく、昨日までより長い時間飛び続けていた。
目的地であるフォルトまでは馬車で一ヶ月の距離がある。私の浮遊魔法なら馬車の倍のスピードで進むことができるから、二週間もあれば辿り着くことができる計算だ。
とはいえ、二週間ってやっぱり長いし、出来るだけ早く辿り着きたいと思うのは当然のこと。
なので今日は日も沈み、辺りを照らすのは地平線の影に隠れた太陽による僅かな残り日だけという限界ギリギリの時間まで飛び続けた。
もうすぐ完全に真っ暗になる。それだけなら、光魔法で灯りを作ればいいだけなので問題はない。
じゃあ何がまずいのかというと、中にラピ◯タが入っていますと言われても疑わないくらい大きな竜の巣もとい巨大積乱雲が、私の目の前に聳え立っているのがまずいのだ。
「あ、あんなのがこっちに来ちゃったら、テントとか吹き飛ばされちゃうんじゃないでしょうか……?」
「だ、だよね〜。でも周りは草原ばっかりだし、どうしよう……」
私が魔法を使えばある程度の被害は抑えられるけど、あの大きさの雲だと一晩中嵐になるのは間違いない。そうなったら、私は一睡もせずに魔法を使い続けなくちゃならないし、そもそも今日無理して長時間飛行したせいで魔力が持つかも心配だし、とにかく窮地であると言わざるをえない。
「と、とにかく隠れられる場所を見つけないと」
「でも、こんな広い草原に隠れられる場所なんてあるんでしょうか?」
東西南北見渡す限りの草原。森すら見えないし、洞窟なんてもっての外に見える。
こうなったら土魔法で穴を掘る?
いやいや、上から水が流れ込んできたら溺死しちゃうし、だからって蓋をしたら窒息死しちゃう。
シェルターを作ってそこに引き篭もる?
いやいや、こんな高低差のない地面に建物なんて作ったら雷の集中砲火を喰らっちゃう。いくら土でも、雨水で濡れていればある程度電気を通しちゃうだろうし、そうなれば感電死まっしぐらだ。
更に真っ暗になってしまったら方向感覚も失って、進むべき方角も分からなくなっちゃうかもしれない。……いや、これは明日太陽の方向を見れば分かるから問題ないか。
って、そういう問題じゃない!
こうしている間にも辺りは暗くなり、積乱雲は近づいてくる。……というかなんで見事にこっち来るの!? ちょっとは空気読んで違う方角に進んでくれてもよくない?
慌てたり怒ったりと色んな感情が頭をぐるぐると回っている。もう、徹夜コースしかないのだろうか。私がそう諦めかけたとき。
「あ、アリス姉さん! あそこ、よく見たら渓谷がありますよ!」
カミラちゃんが何ら変わらない草原の一角を指さした。私には何も見えないけど、ここはカミラちゃんを信じてみよう。
私はそう思い、その方向へと向かった。するとそこには、なんと何十、いや何百メートルと続く巨大な地割れ跡があった。
しかもかなり深く、おそらく深さ40メートルはあるだろう。幅は大体6メートルくらいだろうか? こんなものが、草原のど真ん中にあるなんて思いもしなかった。
「凄いねカミラちゃん、よく気付いたね」
「えへへ、私はおんぶされてますからね。ちょっとアリス姉さんよりも視線が高いんですよ」
「な、成る程……?」
正直そんなに変わらないと思うんだけど……。これからは斥候の役目はカミラちゃんにやってもらった方がいいかもしれないな。私、向いてないみたい。そんなことを考えながら、私は渓谷の中へと入っていった。
谷底には川が流れていて、水には困らなそうだ。いざとなれば自分で作れるけど、魔力を温存できるので水があるのはありがたい。洞窟のような横穴があれば尚よかったんだけど、そんなのは見当たらなかった。
なので土魔法で作ることにした。増水したら嫌なので、底から20メートルくらいの高さがいいかな。
深さは大体6メートル、横幅も6メートル、高さは4メートルくらいで、壁は一面コンクリートのように硬くしっかりしたものにする。
イメージが固め終わったら、目の前の岸壁に魔力を流し込んで改変を行う。それだけで、あっという間に即席の我が家が完成した。
これが中級土魔法、『土要塞』だ。土を操り、自分の思い描いた通りの要塞を築き上げる超便利な魔法。土属性に適性がある人が、真っ先に覚えるべき魔法と言われているのも頷ける。
私とカミラちゃんがこの即席拠点に入ってすぐ、外では大粒の雨が降り出した。更にはゴロゴロとすぐ近くで雷も鳴っている。光と音のラグが全然無いから、めちゃくちゃ近いんだろうな……。
でもこの拠点は崖の途中に作ったから浸水の心配もないし、雷に怯える必要もなくなった。これでなんとか、安全に夜を過ごすことができそうだよ。
でも拠点の中を音が反響してやたらと五月蝿い。なので『雑音相殺』を使って雨音と雷の音を相殺した。これでかなり静かになったから、今夜は快眠できそうだ。
「ありがとう、カミラちゃんは私の命の恩人だよ!」
「いえいえ、アリス姉さんこそこんな立派なお家を作ってくれてありがとうございます。私には適性がないので、どうやっても作れませんし」
そもそも、未だに魔法は全然使えてないですけどねと頬をかくカミラちゃん。
確かにこの三日間で、カミラちゃんはまだ魔法が使えるようになってはいない。
それは当然のことで、私が魔法をすぐに使えたのは有栖の知識があったからだ。日本で10年以上も受けてきた教育内容は、この世界では全てが最先端、というより未知の学問なんだ。
例えばこの世界では、誰一人物が燃える原理を知らない。Aランク冒険者であるお母さんでさえ、あくまで魔法の発動は他者の模倣で行なっている。威力の操作は、そのとき使用する魔力の量や密度を調整することで行なっていた。
これだと、魔力消費が半端じゃないんだよね。だからやっぱり、原理を知ることは大事だと思う。
そうだ、カミラちゃんは火属性に適性があるし、今日の講義内容はこれにしようかな。
「それじゃあカミラちゃんも魔法が使えるようになるために、今日もお勉強タイムといきましょう!」
「え、もうですか? お腹空いたので食後がいいんですけど……」
そうやって年相応の我が儘を言ってくれるくらい気を許してくれてるのは嬉しいけど、そういうわけにはいかないよ。
「まあまあ、今日の授業はご飯を作るために必要なことだからね。授業をしつつ、その結果料理も出来ちゃう。ね、一石二鳥でしょ?」
「いっせき、にちょう?」
だぁーっ、もうその子首を傾げる仕草可愛いなこんちくしょう! というか一石二鳥なんて言葉、ここは日本じゃないし知ってるわけなかったね。
っと、それは置いておいて。
「今日は火属性魔法のお勉強です。カミラちゃんが火を起こせたら、その焚き火でご飯を作ります。起こせなかったら……、私が作ります」
私が「起こせなかったら」と言ったタイミングで、カミラちゃんが物凄く潤んだ目で見てくるものだから思わず甘やかしてしまった。
私、しっかりあの両親の血を引いているんだなぁ。絶対親バカの素質あるよ……。
「わ、分かりました。頑張って、やれるだけやってみます。今日もよろしくお願いします」
カミラちゃんは観念したようにそう言って、頭を下げた。
まだ三日目だというのに、カミラちゃんの私を見る目が完全に鬼教師を見るそれなんだけど、私の教え方変なのかな?
そんなことを考えながらも改善案は浮かばず、結局いつもと変わらないスタイルで授業を始める私なのだった。




