第十一話 出立
翌日、私と両親は孤児院に寄ってカミラちゃんを迎えた後、再び冒険者ギルドに向かっていた。
孤児院の人、随分すんなりとカミラちゃんを引き渡してくれたなって思ったけど、なんと昨日のうちに両親がカミラちゃんを養子に迎える手続きをしてくれていたらしい。
つまり、知らない間に私とカミラちゃんは正式に姉妹となっていたのだ。これには本当に驚かされたよ。
確かに、そうでもしないと孤児とパーティーを組んで旅に出るのは難しかったと思うけど、手際がいいというか何というか、両親には昨日から驚かされてばっかりだ。
「……というか、それじゃあカミラちゃんにマジックバッグを買ってあげたのも、普通に自分達の娘だからだって言えばよかったのに」
「いや、その時はまだ養子にするつもりは無かったんだ。というより、その発想すらなかった。でもよ、その、なんだ」
私がジト目でお父さんを睨みつけると、なんとも居心地の悪そうな感じで明後日の方向を向いて頬をかいた。
「昨日お父さんに撫でられているカミラちゃん、とっっっても可愛いかったじゃない!? それで思ったの。カミラちゃんを養子にしちゃえばいいじゃないって! そうすればいつでも可愛がってあげられゲフンゲフン、アリスと旅するのに支障もなくなるんじゃないかって!」
お母さーん、本音ダダ漏れですよー? カミラちゃん少ーし引いてますよー?
まあでも、確かにカミラちゃんが可愛いのは認める。もし妹(同い年だけど)になってくれるなら、それはもう嬉しいし可愛がってあげたいと思うけど。
「ま、まあそういうわけだ。だから二人は今日から姉妹として、より一層仲良くするんだぞ」
お父さんはそう言って、誤魔化すように私とカミラちゃんの頭を撫でくりまわした。この感じ、お母さんがゴリ押したんだね。お父さんの顔、ちょっとヒクついてるし。
まあでも、カミラちゃんは嬉しそうにふやけた顔をしてるから問題ないか。
「カミラちゃん、これからもよろしくね!」
「はい、アリス姉さん!」
「ぐはっ……!」
そ、その笑顔は破壊力が強すぎる……っ!
というか、アリス姉さんって呼び方も何というか、こう、良いっ!
私がカミラちゃんの"かいしんのいちげき"を喰らって悶えている間に、気付いたら冒険者ギルドに到着していた。
私達は相変わらずお酒臭いフロアをなんとか進み、カウンターにいる受付嬢さんに声をかけた。
「すみません、フリークエストの受注をしたいんですけど、よろしいでしょうか?」
その瞬間、フロア全体がどよめいた。
「おいマジかよ、あの娘まだ適正検査受けたばかりの子供じゃないか」
「いくらサイガさんの娘だからって、危険すぎるぞ!」
「そもそも冒険者ランクはいくつなんだ? あんな子供なのにCランク以上なのか? あり得るのかそんなこと」
「無謀すぎる、止めた方がいいんじゃないかあれは」
「つーか、なんでフリークエストなんて受けるんだ?」
などとまあ、大騒ぎだ。受付嬢さんも、困惑しているようで手続きが全然進まない。正直、普通に考えたらその反応が正解なので何も文句は言えないです。
「静まれお前ラァ! アリスの門出に口を出すんじゃねぇ! 泣きたいのは俺なんだぞこのヤロー!」
そんな騒つく冒険者達に、お父さんは堂々とそんなことを言い放った。
お父さん、さっきまでずっと笑ってたけど、本当は泣きたかったんだ……。
「それと正直に言う。アリスは俺よりも強い! 百戦やり合えば百戦俺が負けるだろう! アリスは冒険者になるため、血の滲むような努力を重ねて、そこまでの高みに上り詰めた! 誰にも文句は言わせねぇ!!」
ちょっとそれは盛りすぎじゃないですかねお父さん!?
「というか私まだ一回もお父さんと剣を交えて勝ったことないんですけど!?」
「それは純粋な剣術だけでの話だろうが。俺とある程度は渡り合える剣術の腕がありながら、それでもお前の本職は魔法使いだ。更にアベルの体術、槍術、短剣術、弓術まで会得している。条件取っ払って本気のぶつかり合いをしたら、剣しか取り柄のない俺が勝てるわけねーだろ」
お父さんはさも当然かのように、スラスラと自分が負ける理由を並び立てた。確かにそういう戦い方は、最初に私が我が儘を言った日にしかしたことなかったけど……。
「そうよ、アリスがお父さんに負けるなんてあり得ないわ。この娘は魔法の天才なんだから。五属性の魔法を全て無詠唱で使えて、しかもSランクの魔力量を持つ天才なんだから」
お母さんが鼻高々にそんなことを宣うと、どよめきは一層大きなものとなった。なんかもう、私のプライバシーってないのかな?
お父さんとお母さんは、自分の娘の凄さを披露できてとっても嬉しそうというか誇らしげというか、もうちょっと自重してもらいたいものだよ。
とはいえ、あまりにも突拍子のない話だったが故に、ザワザワと聞こえてくるのは懐疑的な声ばかりだ。
とにかくこのままじゃいつまで経っても手続きが終わらない。仕方がないから、ここは魔法で解決するしかないね。
私はカウンター付近を除いた部屋全体に均等に魔力を広げ、それから指をパチンと弾いた。
その瞬間、フロアに静寂が訪れた。さっきまで騒いでいた人達は、未だに口を閉じてはいない。必死に何かを喋ろうとして、しかし声が出ていないことに困惑して慌て始める。
私が発動したのは、風魔法の『雑音相殺』だ。
有栖が使っていたノイズキャンセリングイヤホンから着想を得て作った独自魔法で、その原理は実に単純。ガヤガヤとした騒音と逆相になる音波を継続的に作り出すことで、騒音の原因となる音波を打ち消すのだ。
音っていうのは、空気が振動することで伝わるからね。そしてこれまた有栖の記憶では、地球で知られている四大元素の内、風は"空気"とも呼ばれていた。
つまり、風属性の魔法が扱えるということは、空気を操る魔法も使えるんじゃないかなって思ったんだよね。
「こ、これはどういうことなんですか? 急に静かに……」
「あ、アリス姉さん、何が起きたんですか?」
受付嬢さんとカミラちゃんが、あまりに非現実的なこの現象に、困惑どころかちょっと怖がっている。よく見ると、自分の声が全く出なくなっていることに気付いた冒険者達も恐慌状態に陥っている。
ちょっとやり過ぎたかな?
「ちょっと魔法で音を相殺しているだけなので、大丈夫ですよ。それより静かなうちに、手続き済ましちゃいましょう」
私がそう言うと、受付嬢さんはコクコクと何度も頷きもの凄い早さで書類を書き上げていく。そんなに怖がらなくてもいいのに。
「カミラちゃんにも今度教えてあげるからね」
「いや、これはいいです……」
フラれてしまった。寝る時とか快眠できていいんだけどなぁ。流石に野営する時には使わないけど。
前からこの魔法を知っていた両親以外、全員が恐怖に慌てふためくカオス空間が出来てしまったけど、何とかフリークエスト受注手続きを済ますことができた。
とはいえこのまま帰るわけにはいかないので、この騒ぎを収めないとね。
「えーと、今の皆さんは声を失っているのではなくて、この空間そのものが音を発せなくなっているんです。今から解除するので、静かにしていてくださいね。……もし、解除した時に静かじゃなかったら、分かってますね?」
私がニッコリ笑ってそう言うと、騒いでいた冒険者達はピタリと動かなくなり、皆一様にヘドバンしてるんじゃないかってくらい激しく頷いた。
私はそれを満足気に眺めてからもう一度パチンと指を鳴らし、『雑音相殺』を解除した。冒険者達は誰一人と喋っていない。良い心がけだね。
それから私達一行は、来た時とは打って変わって静まり返ってしまった冒険者ギルドを後にし、街の城門にやってきた。
城門を抜けると、そこには人工物なんて何もない広々とした草原が広がっており、馬車が通ることで草が踏みならされて出来た道が一本だけ、城門に向かって伸びている。
この道をまっすぐ行くと、途中で二股に分かれている。そこを右に行けば生まれ故郷に。左に行けば、【要塞都市フォルト】に続いている。
フォルトは危険な魔物が多く生息する【魔境の森】に隣接していて、それ故に非常に大きな城壁と大規模な魔導兵器が設置された強固な要塞都市になったらしい。
危険な魔物が沢山いるとなれば、行くしかないよねってことで、私とカミラちゃんの旅の目的地は一先ずフォルトに行くことと決まったのだ。
そこまで馬車で行ってもよかったんだけど、正直浮遊魔法で飛んでいった方が早いし、何より馬車と御者を守らなければならなくなる。更に食料も追加で必要などデメリットが多かったので、馬車は諦めたのだ。
勿論、普通なら馬車を使わないと疲れちゃって全然進まないから、これは浮遊魔法が使えるからこその強行策だ。
カミラちゃんはまだ魔法が使えないから、私がおぶって飛んで行くことになる。その間はずっと魔法の授業をすることになるだろうね。
「遂に、行っちまうんだな……」
お父さんが、遠い地平の彼方を見つめながら、静かにそう呟いた。
「はい。でも、必ず無事に帰ってきます」
「そうね、お母さんもお父さんも、そう信じているからこうやって送り出せるんだもの。だから、期待を裏切らないでちょうだいね」
お母さんはそう言いながら、私とカミラちゃんをギュッと抱きしめて静かに涙を零した。
そういえば、お母さんは今まで私には涙を見せていなかった気がする。母は強しと言うけれど、お母さんはそういう強くて、娘に安心感を与えられるような母親になろうと、ずっとずっと努力してきたんだと思う。
そう思うと私も鼻の頭がツンと痛くなるけれど、涙は必死に堪えた。最近泣いてばかりだったし、旅立ちの時くらいは私も強さを見せて安心させてあげないと。
「絶対に、無事に帰るよ。無茶だけはしないって約束する。それに、私が死んじゃったらサリィも悲しむだろうからね」
私はそう言って、必死に笑顔を作った。ちゃんと笑えていたかはわからないけど、それを見たお母さんとお父さんは笑ってくれた。
「それじゃあ、お父さん、お母さん。行ってきます」
「わ、私も少しでもアリス姉さんに近付けるように頑張りますので! ど、どうかお元気で!」
「おう、いってらっしゃい!」
「偶には、家に帰るのよ!」
私は大きく頷いてからカミラちゃんをおぶり、浮遊魔法を発動させる。昔と違って、改良を重ねた今の魔法は強風を発生させないのでとても静かだ。
私はそのままグングンと高度を上げていき、20メートルくらい上昇したところで振り向いて、手を振った。
両親が手を振り返してくれているのが見えてまた涙腺が緩みそうになるけど、なんとか堪えてクルリと背を向ける。
でも大丈夫、私は一人じゃないから。
「カミラちゃん、飛ばすから掴まっててね?」
「分かった、落とさないでねアリス姉さん」
私とカミラちゃんは微笑み合い、そして魔力を推進力に変えて飛び去った。
もう、振り返らない。私は今から、自分の決めた道を進み始める。
暖かくて優しい最高の居場所を自ら放棄して、険しい茨の道を歩いて行く。
まだ見ぬ未来への期待と不安に胸躍らせながら……。




