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転生少女は異世界で旅に出ます  作者: 沢口 一
第一章 転生編
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第二話 アリスと有栖の魔法創作

 星川有栖。


 その名前を思い出した瞬間、頭が割れたんじゃないかと思う程の猛烈な頭痛と共に記憶が流れ込んでくる。濁流のように激しいそれは、ある衝撃的な事実を突きつけてきた。


 私は17歳の()()高校生だった。人並みに漫画を読み、人並みにゲームを楽しむ。成績も平均的で、運動神経抜群でもなければ運動音痴でもない。


 正に、普通を体現したような人間だった。


 でも名前だけは、ちょっと女の子っぽくてコンプレックスだったのを覚えている。それでよく弄られていたから。


 そんな私にも、好きな人がいた。


 だから高校卒業を間近に控え、意を決して告白。柄にもなくラブレターまで書いて、テンプレだけど校舎裏に呼び出して。しかし結果は撃沈。


 初失恋の痛みはナイフのように鋭く私の心を突き刺した。少しでもこの痛みを波がさらっていってくれればいい。そんなことを思い、私は海へ向かった。


 その結果、まさか自分自身が流されてしまうなんて思ってもみなかったけれど。


 こうして平凡な高校生星川有栖の人生は、呆気なく終わった。……筈だった。


 それがまさか、女の子に転生してしまうなんてね。しかも名前まで同じなんて、偶然にしては出来すぎている。


 女の子である私、アリスとして過ごしてきた直近5年間を思い出すだけで、男だった記憶の中の私が恥ずかしさに悶えてしまいそうだけど、何にしても身体が動かない。


 このまま、私は死んでしまうんだろうか。有栖としての記憶が戻ったばっかりなのに、こんなのあんまりだよ。


 死ぬなんて、苦しい思いなんて、もう二度とゴメンだ。


 こういう時は、一旦落ち着かないと。深呼吸、はできない。肺が潰れているのかな。いや、それならとっくに死んじゃっている。冷静になってみると、呼吸の音にゴロゴロした異音が混じっている。肺に血が溜まっているんだ。すぐにでも処置しないと危険すぎる。


 全身の筋肉が麻痺していて咳もできないから溜まっていく一方だ。益々絶望的な状況だ。


 こうなったら、魔法しか助かる方法はない。でも使い方が全く分からない。


 ……こうなったら、我流でやってみるしかない。


 出血からして、持って10分といったところかな。重傷すぎて痛みを感じないのは僥倖だ。失血で頭がぼんやりしてきたけど、痛いよりはマシ。


 私の記憶では、魔法は"適正検査"の後に習うものだからということで何も教わっていないし、仕組みもちんぷんかんぷんだ。


 そして有栖の記憶では魔法は空想のもの。その中でよく出て来たのは、魔力を込めながら明確なイメージを思い描くという方法だ。ライトノベルでよく目にした方法だけど、果たして上手くいくのか。


 魔力は私、というよりこの世界の人々にとっては当たり前に存在するもの。当然私も、自分の中に魔力を感じることができている。


 まずはその魔力を、裂けてしまったお腹に集中させる。自分の血で温かくなっていた傷口がより熱くなるのを感じたところで、次はイメージを固める。


 溢れてしまった臓器を適切な配置に戻し、傷口を縫い止めていくイメージ。いつしか目にした医療ドラマの手術シーンを参考に、慎重にイメージしていく。


 すると、お腹にずっと感じていた流血感がすっと引き、お腹の筋肉に力が入るようになってきた。身体を動かせないからどうなったのか見ることは出来ないけど、多分成功した、と思う。見えないっていうのがこんなに怖いだなんて思わなかった。


 失血で身体が冷えていく感覚も、ゆっくりだけど引いている。だから大丈夫だ、成功したんだきっと。


 そう思った次の瞬間。

 

「ッア、アアアァァァァアッ!!!


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたい!!


 死んでいた神経が復活したことで突然襲って来た激痛に、私はあっさりと意識を手放してしまうのだった。



 目が覚めた時にはすっかり日が沈み、月光だけが淡く辺りを照らしていた。


 これが魔物の出る森の中だったら、血の匂いを嗅ぎつけた魔物によって私はとっくに食べられていたと思う。


 それが無事ってことは、やっぱりあのレッドグリズリーだけが特殊だったということなんだろう。


 そんなことを考えられるくらいには、お腹の痛みは引いていた。勿論、まだナイフが刺さっているんじゃないかというくらいには痛いけど、気絶する前のあの激痛に比べたら、蚊に刺されたくらいのものだ。


 でもやっぱり身体は動かない。さっき叫んだ時に吐血したのか、肺の中の血は殆どなくなっていて、呼吸は穏やかになっている。でもまだ手足は折れているし、何より失った血が多すぎた。


 すぐに死んじゃうってことはなくなったけど、水も飲めないこの状況では時間の問題だ。


 ここはやっぱり、魔法に頼るしかない。お腹の治癒は上手くいったんだし、とりあえずは折れてしまっている手足を治しちゃおう。


 私はさっきと同じように、患部に魔力を集中させてからイメージを膨らませる。今回は折れてしまった骨が元の形に戻るように。


 思い浮かべるのは白骨の人体模型。折れてしまったのは右の脛骨と右肘、左の前腕骨、そして肋骨が6本。これを元の形に戻すようにイメージする。正確に元の形を想像しないといけないから、結構大変だ。


 肋骨は一回のチャレンジで治せたけど、腕と脚の骨は何度も何度もリトライして、治せた頃には一時間くらい経っていたんじゃないかと思う。


 それでも、なんとか全身の治療を終えることはできた。あとは血液だけど、これは何度やってもダメっぽい。


 普段自分の血がどうなっているかなんて意識したことないし、イメージが全く固まらない。


 これは大人しく諦めるしかなさそうだね。その代わりに、水を飲んで体力を回復させるとしよう。


 身体が動かないから、自分の顔の上に水を作り出そう。さっきまでの治癒魔法とは違う、水属性の魔法。私は偶々光属性の適正があったみたいだけど、水属性はどうかな?


 さっきと同じく魔力を集中させる。でも今回は、体外に作るから、操作が結構難しい。どうしても自分の顔の辺りに集まっちゃって、外に出ていかない。


「どうしよう……」


 声が出るようになったのはいいけど、喉が渇いて仕方がない。諦めちゃダメだ、ここで諦めたらまた……。


 ええい、まだまだ!


 何度も何度も、無理をしたせいでズキズキと痛む頭で集中力が削がれながらも、数百にも及ぶ魔力操作を試した。そして、遂に……。


「で、できた……!」


 私は、目の前に浮かぶ水球を見て目の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。涙は枯れてしまっていたけど、普通ならボロボロ泣いていたと思う。


 出来上がった水球をゆっくりと口元に持っていき、こくこくとゆっくり飲んでいく。それだけで生き返ったような気持ちになる。


 有栖的には、本当に生き返ったようなものだけど。


 これで一晩ゆっくり休めば、明日には動けるようになってると思う。壁も屋根もない森の中で眠るのは怖いけど、これまで大丈夫だったんだし、なんとかなると思うしかない。


 ……そういえば、サリィは大丈夫なのかな。


 私は色んな不安に駆られながら、それでも溜まっていた疲労には抗えず、私の意識は深い眠りへと落ちていった。

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