第十話 旅の支度
ギルドカードを受け取った後、私達は小一時間くらい伯爵と談笑してからギルドを後にした。一階に戻った時には質問攻めにされて大変だったよ。
なんでも二階に上がるのを許されるのはAランク以上の冒険者か、お貴族様だけらしい。なので両親はともかく、私とカミラちゃんが二階に呼ばれたことが不思議でならなかったそうだ。
とりあえず、"適正検査"でハノーヴァー伯爵に目をつけられて呼びつけられたとだけ答えておいた。変に飛び級したとか言ったら面倒なことになりそうだったしね。
私だって、早くAランクになりたいって思いながら必死にランク上げしている最中に飛び級の話なんて聞いたら、妬ましくて仕方なくなっちゃうし。
そんなわけで無事にギルドから出られた私達はというと、お母さん一押しのお店でランチを食べた後、そのまま買い物に来ていた。
買うものは勿論、防具や旅に必要な道具達。昨日お父さんからフリークエストの話を聞いた時、私は旅に出ると決めた。
高ポイントを得られる高ランクの魔物は、基本的に街からは遠く離れた奥地に生息している。偶に人里の近くに現れることがあり、そういう時に討伐依頼が出される。
なので街の近くでチマチマと狩りをしていても、基本的には弱い魔物としか遭遇できない。強い魔物と戦うためには、相応に危険な場所へと出向く必要があるのだ。それも、二日三日で行けるような場所ではなく、何週間もかかるような場所に。
幸い、ギルドのポイントは繰越しできる。つまり、昇格試験に必要なポイント以上のポイントを入手していたとしても、消滅せず次の試験のために使うことができるシステムなのだ。
つまり、旅に出て魔物を大量に狩ってから帰れば、その日のうちに何度も昇格試験が受けられるってわけ。
問題は、フリークエストを受ける条件にある。それは、同ランクの冒険者とのパーティーのみを認めるってことだ。
何でそんなシステムになっているかというと、例えばAランク冒険者とCランク冒険者がパーティーを組んだとしよう。
当然、Aランク冒険者は大量の魔物を狩れるだろうし、対してCランク冒険者は弱い魔物しか倒せないうえに、そもそもそんなに沢山の魔物は狩れないだろう。
でも、成果は合算されてしまう。ギルドは誰がどれくらい倒したのかなんて、現場を見ていないんだから分かるはずがない。なので成果を等分する仕組みになっている。
つまり、不正に大した実力のない冒険者にポイントを献上してあげられるのだ。それで運良く昇格試験に受かってしまえば、分不相応なランクを与えられてしまい、その冒険者はその後かなり危険な目に逢うだろう。
それを防ぐための措置が、パーティーのランク制限。この規定のせいで、私は両親とパーティーを組むことができない。
更に、前に言ったようにフリークエストは人気がない。なのでパーティーに誘ったところで誰も来てくれず、私とカミラちゃん二人で旅をしなくちゃいけない状況なのだ。
旅慣れていない7歳児二人、当然必要な道具なんて知らないし持ってもいない。それでこうして、旅慣れた両親に連れられて買い物に来たのだ。
「まず絶対に必要なのがマジックバッグだな。これが無ければモンスターの素材も魔石も、とてもじゃないが持ち歩けない」
「食材やテントもそう。手で持っていくわけにはいかないでしょう?」
そして今、私達はマジックバッグの専門店とやらに来ている。
マジックバッグは、ドラ◯もんの四次元ポケットのように、見た目に対して容量が異常に大きな魔法の鞄らしい。見た目はコンパクトなウェストポーチだね。
そしてそのお値段はSサイズで金貨一枚。Mサイズは金貨三枚、Lサイズは金貨五枚。……って何これ高すぎるよ!?
Lサイズに至っては家すら買える金額なんだけど、これ……。
因みに、サイズの違いは中に収納できる物の重さを表しているので、見た目に違いはない。
Sサイズでは食料を運ぶには十分だけど、野営道具が入る程の容量はない。Mサイズならそれも入るんだけど、それで限界。
LサイズはなんとMサイズの倍の容量があるらしくて、小さいCランクの魔石なら千個は追加で入るだろうとのことだ。それにしたって、これは……。
「お、お父さんこれ高すぎない!?」
「まあ、使ってる素材がAランクの魔物の物だしな。魔物自体との遭遇率も低ければ、倒せる冒険者はもっと少ないし、高くなるのも当然だな」
Aランクの魔物って、そういう扱いなんだね……。ちょっと自信無くなってきたよ。
私がポーッと高級すぎるバッグを眺めていると、お母さんが徐にその内二つを手に取って店員さんのところに持っていった。
「これとこれをくださらない? それからサイズ調整もしていただけますか?」
「おやおや、エレナさんじゃないですか。ご無沙汰しております。Lサイズがお二つ、ですね」
って何しれっと買ってるの!? しかもLサイズ二つって、金額十枚!?
私の家って、そんなにお金持ちだったの? それなら何であの名前すらない村に住んでいるんだろうか。金額十枚をポンっと出せるくらいなら、それこそ王都にも住めただろうに。
あまりの事に呆然と突っ立ったままの私と、私と同じくポカンと口を開けたまま固まっているカミラちゃんをほったらかしにして、両親はアッサリと最高級のマジックバッグを二つも買ってきてしまった。
「あ、あの〜お父さん、お母さん? こんなに高級なものじゃなくても、Sサイズでもよかったんじゃ……」
「わ、私はその、ただの孤児なのにこんな高いものいただくのは無理といいますか、その、あわわわわ」
私とカミラちゃんはもう大慌てである。特にカミラちゃんの慌てようは凄い。まあ、実子でも養子でもない身で金貨五枚もする恐ろしい高級品を買ってもらったら、そりゃびっくりするよね……。
「勿論、タダでとは言わないさ。アリス、お前にこれをやる条件はただ一つ。……絶対に友達を見つけ出せ。その為にあれだけ辛い修行を乗り越えてきたんだ。だから必ず見つけ出すんだ」
お父さんは私の頭をそっと撫でて、そんな条件を突きつけてくる。……まったく、そんなの条件にすらならないってのに。私は絶対サリィを見つけ出す。既にそう誓っているのだから。
「わかった。絶対、絶対に見つけ出して見せるから。……ありがとう、お父さん、お母さん」
私は溢れる涙を隠す事もせずに、二人に力いっぱい抱きついた。鼻水も出ている気がするけど、そんなものはお父さんの服で拭いてやる。この親バカめ、どれだけ私を泣かせれば気が済むんだ。
「そしてカミラちゃんへのお願いはね、アリスを守って欲しいの。それは貴女が強くなって助けてあげて欲しいというのもあるけれど、何よりアリスの心の支えになって欲しいのよ。この子、ちょっとサリィちゃんのことになると前が見えなくなることがあるから」
うっ……、それを言われると何も言えないです。正直、自覚はあるし。
カミラちゃんはそんな簡単な条件でこんな高級品を貰っていいのかと、まだソワソワしている。まあ、孤児として育った身だし、お金に敏感になるのも当然だ。
「そうだな。だからもしお前がこれを受け取るのを拒んだら、その意思がないってことになるな」
「そ、それは……、狡いですよ」
カミラちゃんはプイッと視線を逸らしながら拗ねたように口を尖らせた。本当に、お父さんは狡いなぁ。そんなこと言われたら、断れないでしょうに。
「分かりました。それでは使わせていただきます。私のためではなく、アリスさんのために」
「自分のためにも使ってもいいんだがな。……まあお前がそれで納得するならいいさ。アリスを、頼んだぞ」
お父さんはそう言って、カミラちゃんの頭を撫でた。するとカミラちゃんの表情がフニャッと柔らかくなる。何それ可愛い。
私達はそれから色んなものを買った。子供二人でも簡単に設営できるテントや寝袋、燃やすと魔物の嫌がる臭いを放つ粉末や、様々な効果のあるポーションなどなど。
そして替えの服や、見た目は普通の服に見えるけど物理耐性や魔法耐性が魔法付与された防具、そして護身用のナイフを数十本。
更には大量の食材。マジックバッグの中は時が止まっているらしく、食材を詰めておけば腐らずに持ち運ぶことができる。なので、とりあえず一ヶ月は食べていけるだけの量を買い込んだ。
ここまでしても金貨一枚すら使わなかったんだから、マジックバッグの高級さがよく分かるという物だよ……。
買った物はすべてカミラちゃんのマジックバッグに収納した。流石に容量限界ギリギリになったけど、代わりに私のバッグは空っぽだ。これで素材をかなり沢山持ち運べるね。
こうして私達は、今日一日で旅に必要な道具を全て買い揃えた。正式に冒険者にもなったし、あとは行動に移すのみ。
サリィが攫われてからもう二年が経ってしまっている。今は一分一秒でも時間が惜しい。
カミラちゃんを孤児院に帰して宿に戻った後、私は明日にでも旅に出たいと両親に伝えた。すると二人とも、快くそれを許してくれた。あれだけ旅に必要な買い物をしてくれたんだし、分かってはいたのだろう。
今日が、家族で過ごす最後の夜になるかもしれない。旅は危険で、何が起こるか分からないのだから。
だから今日くらいは、素直に甘えてもいいよね?