第八話 カミラの選択
私とカミラちゃんは、その場ですぐに答えを出すことができず、今日は返事を保留として、また後日改めて伯爵を訪ねることになった。
そしてその際には、ハノーヴァー邸ではなく冒険者ギルドのカルム支部に顔を出すようにと言われた。まあ、体裁的にもお貴族様が何度も平民を屋敷に招くわけにはいかないだろうしね。
その後私達はとても丁重なお見送りを受けてハノーヴァー邸をお暇し、両親が待つ宿屋へと帰った。カミラの街と私の住んでる村は、馬車で片道一週間かかる程離れている。なので当然、私達親子は宿を取っていたのである。冒険者ギルドにも行くつもりだったしね。
因みにカミラちゃんは、途中で一度孤児院に寄って事情を伝えた上で一緒に来てもらっている。勿論、外泊許可も得ているので今夜は一緒の部屋に泊まることになる。
宿に戻った頃には日も暮れていたので、そのまま両親を呼びつけて夕食を取り、そして今に至る。
私とカミラちゃん、そして両親。四人で難しい顔をしながらテーブルを囲んでいる。
「しかし、アイツは相変わらず面倒事ばっかり持って来やがるな」
お父さんは伯爵のことを完全にアイツ呼ばわりしている。いくら付き合いが長いとは言っても、怖いもの知らずというかなんというか……。
「でも、私が飛び級でCランクになれるのは素直に有難いんだよね。出来るだけ早くAランクにならなきゃいけないんだし」
私は自分でそう言ってて、ふと疑問に思った。そういえば、なんで中途半端にCランクなんだろう?
経験が浅いからいきなりAランクになれるとは思っていないけど、Cなのは何か理由があるんだろうか?
その疑問に答えてくれたのは、お母さんだった。
「フェルディナント様がCランクを指定したのは、単独パーティーでの討伐依頼を受けられる最低ランクだからじゃないかしら?」
どうやら、冒険者ギルドではランクに応じて受けられる依頼に制限をかけているらしい。実力不足の人に高難度依頼を任せるわけにはいかないから当然なんだけどね。
FランクからE+ランクまでは討伐依頼そのものが受けられないので、基本は薬草などの採取依頼を受けることになる。DランクとD+ランクは、Cランク以上の冒険者と合同パーティーを組む場合に限って討伐依頼が受けられる。Cランクから先は、討伐対象の魔物の強さに応じて受けられるランクが変動する。
更にCランク以上の冒険者はフリークエストが受けられる。これは通常の依頼と違って依頼主がいないクエストだ。強いて言うなら冒険者ギルド自体が依頼主ってことになるのかな?
やることは単純で、なんでもいいから魔物を討伐すること。この場合、ランク制限による討伐対象の制限は無く、あくまで自己責任で挑むことになる。
魔物の数を減らすことを目的にしているこのクエストには、報酬金がない。依頼主がいないのだから当然なんだけどね。もちろん、倒した魔物の素材を換金することはできるから、完全なボランティアではない。
そしてこのフリークエスト、全く人気がないらしい。まあ、報酬金が出ない上に魔物の素材を換金するにしても、相当沢山の魔物を狩らないと大金は手に入らないから仕方ないんだけどね。
例えば一回、Cランクで受けられるレベルの護衛任務を受けたとすると、その報酬額は大体銀貨五十枚。
この世界の貨幣は銅貨、銀貨、金貨の三種類ある。そして金貨は銀貨百枚、銀貨は銅貨一万枚分の価値がある。
今日泊まっている宿の値段が一泊で銀貨一枚だから、なんと五十連泊出来ちゃうほどの大金が貰えるのだ。
それに対して、フリークエストはどうか。例えばCランクの魔物であるゴブリンを倒したとしよう。売れる素材となるのは、C級の魔石と討伐した証となるゴブリンの耳だけだ。
C級魔石は銅貨五百枚、ゴブリンの耳は銅貨百枚の価値がある。つまりこの宿に一泊するためには、なんとゴブリンを17体倒さなければいけないという鬼畜仕様。もし護衛任務と同じだけ稼ぐとしたら、850体も倒す必要がある。
なので金銭面ではほぼ無価値なクエストだし、圧倒的不人気さもこれが原因だ。
メリットはただ一つ。冒険者ランクを上げやすいってこと。
ギルドの規定には、依頼を達成するか魔物を討伐することで冒険者ポイントが貯まっていくとある。そしてそのポイントが一定値に到達すると昇格試験を受けることができ、それに見事合格すればランクが一つ上がるのだ。
依頼達成ポイントは確かに多いけど、そもそも依頼一つを完遂するのに平均二週間くらいかかる。対してフリークエストで二週間真面目に魔物を討伐していたとしたら、依頼達成ポイントの何倍ものポイントを獲得することができる。
だから私みたいに、お金なんて生活できるだけあればいいから早くランクを上げたいって変わり者だけがフリークエストを受けるのだ。
……こうして改めて制度を見返すと、飛び級の有り難みがよくわかるね。採取依頼だけをコツコツと続けてFからCに上がろうとしたら、一体何年かかることやら。
「単独パーティーでの討伐依頼……。わ、私にはとても出来るとは思えません。やっぱり、私が冒険者になる話は無かったことにして欲しいです……」
確かに、これだけ細かくランク付けまでしている理由は、それだけ危険だからに他ならない。今のカミラちゃんを連れて行っても何もできず、むしろ私の足を引っ張ることになっちゃうのは確実だ。
それは、早くAランクになりたい私の想いとは一見食い違っているように思える。でも、私は伯爵の案を否定的には見ていなかった。
「でも、私は出来ることならカミラちゃんとパーティーを組みたいと思ってるよ。当然、無理強いはできないけどね」
「ど、どうしてですか……? 私、お荷物になっちゃいますよ?」
カミラちゃんは涙目で首を何度も横に振っている。まあ、そう思っちゃうのも仕方ないよね。
「確かに、今のカミラちゃんでは戦力にはならないかもしれないわ。でも、アリスがしっかり魔法を教えればきっと将来立派な魔法使いになる。そうすれば、アリスが魔族領に行くときにはとっても頼もしい仲間になるじゃない?」
「そうだな。たとえアリスがAランク冒険者になったとしても、一緒に着いてきてくれる仲間が強くないと魔族領で生き抜くことはできないだろうしな」
「魔族領……」
私が二年前に両親から聞かされた、魔族領で起きた悲劇。凄腕のAランク冒険者が五人も揃って、なお尊い命が失われてしまった。
この事実を、軽視することはできない。私にとってAランク冒険者になることはゴールではなく、通過点でしかないのだから。
両親は、その悲劇の物語を全てカミラちゃんに話した。そして私の目的が、魔族に攫われたと思われる親友を捜し出すことだってことも伝えた。
……もし私がカミラちゃんの立場で同じことを言われたら、正直怖くて頷けないと思う。だけど、カミラちゃんの答えは意外なものだった。
「……分かりました。そういうことなら私、冒険者になります。そして、アリスさんに鍛えてもらって、一緒に魔族領に行きます」
カミラちゃんは震えながらも、真っ直ぐと私の目を見て力強くそう言った。ついさっきまであれだけ否定的だったのに、どういう心境の変化だろう?
「それは願ってもないことなんだけど、いいの?」
「目的が魔族領に行くことだというのなら、私も着いていきたいんです。……いつかは私も行かないといけないんです。本当はもっともっと、何年も先になると思っていたんですけど……」
どうやらカミラちゃんにも、魔族に何らかの縁があるらしい。
それきりカミラちゃんは黙ってしまい、結局その日はそれ以上のことを聞くことはできなかった。
でも、それは何の問題にもならない。これから一緒にパーティーを組むのなら、ゆっくりと信頼関係を築いて、彼女が自分から話してくれる時を待てばいい。
何があったかは分からないけど、私から傷口に塩を塗り込むようなことはしたくない。魔族に与えられた傷跡は、そう容易く癒えるものではないと知っているから。
それから私とカミラちゃんはお風呂に入り、そして同じベッドで眠りについた。
明日はいよいよ、待ちに待った冒険者になる。
私は遠足前日の小学生みたいに興奮してしまって、全然眠りにつけない長い夜を送ることになるのだった。