第六十二話 どうしてこうなるのかな?
「という訳で、サリィが仲間になりました!」
結論から言うと、私が他意無く本心からサリィを救おうとしていること、更には戦争を終わらせることが出来る可能性を見出せたことから、もう一人のサリィは私の案を承諾してくれた。
勿論、勇者の装備を彼女が身に付けるという条件付きでね。
当然最初は『取り寄せ』がある以上勇者の装備を返すだけなんだという話は茶番だろうって言われたけど、全然そんなことはない。
『取り寄せ』は、対象の全身にアジ・ダハーカの加護を薄く纏わせてから発動する。
だから動き回っている相手には凄く使いにくい、というより不可能と言っても差し支えない。
つまりさっき成功したのは、もう一人のサリィが束縛されていたからに過ぎないんだよね。
まあ、勇者の装備が特殊なだけで加護を絡める必要のないものは盗める。例えばどっかの異世界ギャグアニメみたいに、パンツを盗んだりするのは実に簡単だ。やらないけど。
「仲間になったのではありません。敵意がない事が分かり、かつ一部の利害が一致したから共に行動しているに過ぎません」
「まあまあ、硬い事言わずにさ、仲良くしようよ?」
「……馴れ馴れしい人ですね。斬りますよ?」
と、こんな感じでもう一人のサリィは完全に心を開いてくれた訳ではないみたいだけど、本当に剣を抜いたりしないところを見ると、ある程度は信用してもらえたみたいだね。
「交渉は任せて欲しい、勇者本人が目の前にいない方がいい。……とか言って部屋に入って行ったかと思えば、わたしの武器も鎧も取り返してないだなんて、恐れ入ったわよ」
「一度は取り返したんだよ? 返しただけで」
「アリス姉さん、それじゃあ意味ないです」
「お兄ちゃんって変なところポンコツだよね。知ってたけど」
……一応穏便に目的を達成出来たはずなんだけど、仲間達の言葉にすごく棘がある。
むしろ褒めて欲しいかな〜なんて言ってみたら、三人口を揃えて無理と仰った。御無体な。
「それにしても、あなたまで関わっているとは思いませんでしたよ、シェディー」
極寒の北極圏で吹き荒れる吹雪の如く冷たく、放たれたその言葉は、精神体のサリィのポケットに隠れていた黒い精霊を的確に突き刺し、プギャっという情けない悲鳴を上げさせた。
そうか、どちらも同じサリィなのだから、シェディーの加護を受けてるんだ。それに当然、もう一人のサリィにもシェディーの記憶はあるわけで。
「だ、だってしょーがないじゃん! あたしはずっとこの子のこと見てきたんだから、贔屓しちゃうのはしょーがないでしょ?」
「シェディー……。ふふっ、ありがと」
本当に心から嬉しそうな、そして自然な笑顔を浮かべてシェディーの頭を指でそっと撫でるサリィ。
そしてそれをつまらなそうに見るもう一人のサリィ。
あ、これ嫉妬してるやつだ。私、分かっちゃった!
ーーっていうか、今更だけど"もう一人のサリィ"とか"精神体のサリィ"とか長ったらしくて嫌だな。
いっそ私のことを知っているサリィはそのまま"サリィ"って呼んで、もう一人のサリィのことは闇サリィって呼ぼうかな。某ファラオの王さんに因んで。
それともサリィ・ザ・セカンドとか?
「って痛たたた!? サ、サリィなんで抓るの!?」
「だって、今アリス絶対悪いこと考えてた。あなたすぐ顔に出るから、誤魔化しても無駄だよ?」
「ま、まあ否定はしないけどさ……」
「それで、何を考えていたの? 白状しないとこの綺麗な真っ白い肌を全部私のキスマークで真っ赤に染めちゃうよ?」
何その脅迫、人によってはご褒美なんだけど。私には……、ちょっとノーコメントで。
「有栖君、それはちょっと……」
「お兄ちゃん、流石にそれはドン引きだよ」
「アリス姉さん、その役なら私がいつでも買って出ますよ」
……邪な考えをするのはやめておかないと、一瞬でバレて好感度が大暴落しそうだ。
ただカミラちゃん、君はちょっと黙ろうか? そしてキスしようとするのもやめようか!?
「……ハァ。それで? あなたは結局何を考えていたんですか?」
「あ、そうそう。サリィが二人になっちゃったからさ、どう呼んだらいいかなって考えてたんだよ」
「確かに、呼び分けられないのは不便よね。有栖君のことだから、どうせ禄でもない渾名でも考えてたんでしょ?」
……図星です、はい。というか私、名付けみたいなのは昔から苦手なんだよね。
だから有名な小説に出てくる、あのスライムな主人公の名付けセンスには惚れ惚れしたものだよ。
「それなら私のことはコリンナと呼んでください。元々親しい仲では無いのですし、ファミリーネームで結構です」
そ、その発想は無かった……! というか最近までサリィにファミリーネームがあるなんて知らなかったし。
しかしなんだろう、サリィと同じ顔、声で親しくないって言われると心にくるものがあるな……。
「兎も角、行動するなら迅速にお願いします。私も兵を任されている身ですので」
「あ、すっかり忘れてた」
そういえばコリンナは、魔族の兵達を率いてたんだった。今は多分ハノーヴァー伯爵達が拘束していると思うけど、コリンナと協力関係を結んだ以上、彼らの扱いには注意が必要だ。
ということで私達はすぐに廃ビルから出て、伯爵達の元に向かおうとしたんだけれど……。
「お兄ちゃんってさ、SF系のラノベとか読んだことある? マンガでもいいけど」
「勿論あるよ。結構好きなジャンルだったから、結構な数読んだと思う」
「ふーん……。それならさ、こういう状況の対処法も分かったりするのかな?」
「……それとこれとは、話が違うかも、しれないね」
廃ビルを出た瞬間私達の目に飛び込んできたその光景は、思わず現実逃避したくなってしまう程の異様さで。
『敵性反応を検知。緊急要請Code: purple violet発令。直ちに侵入者を排除せよ。繰り返す。敵性反応を検知ーー』
そしてそれらは、まるで人間味を感じられない機械的な言葉を大きなサイレント共に響かせた。
ーーそこにいたのは、巨大なロボットだった。あるものは二足歩行型で、あるものは四足歩行型。更には軽自動車くらいのサイズのミニ戦車まで、多種多様なロボットがそこにいた。
しかもそれらは例外なく、私にとっては見慣れた武器……、銃火器を装備していたりして。
「有栖君、地下で何か悪いことした?」
「そんな人聞きの悪い。私がしたことなんて、コリンナに魔王のところへ連れて行って欲しいってお願いしただけで」
本当に思い当たる節が無いんだよなぁとか思っていると、すぐ側でべったりくっついていたカミラちゃんが大きな溜息を吐いた。
「……アリス姉さん、そのために魔法使いましたよね? それも、加護に干渉するような、派手な魔法を」
「あっ、もしかして『取り寄せ』……」
その瞬間、皆んな全てを察したように溜息を吐き、同時に集まってきた数十ものロボット達から銃口を向けられた。
「どうして毎回、こうなっちゃうんだろうな……」
私の魂の嘆きが虚しく響いた次の瞬間、轟音と共に鉛玉の雨が私達へと襲い掛かったのだった。