第五十六話 世界樹の森
サリィの隠れ家は魔王城と【ウォルド村】を結んだ直線上にある、"世界樹の森"にあるらしい。
精霊の加護を持たない者が入ると出口の無い森を永遠に彷徨い続け、挙げ句の果てには魔物と化してしまう呪いのかけられる天災級、つまり最上位のダンジョンとのこと。
ただし、加護さえ持ち合わせていれば完璧に無害なので天災級と言っても比較的安全な場所らしい。
……まあ、聞く限りその精霊の加護を持つ人自体がサリィを含めて両手の指で数えられる程しかいないらしいけど。
つまりその僅か十人にも満たない加護持ち以外にとっては、正に天災と言えるレベルの凶悪なダンジョンなのだ。
それと言うのも、この世界の精霊はヒト種の事を極端に嫌っているらしいのだ。
だからもう一人のサリィが率いていた魔王軍は"世界樹の森"を避ける為、ここまで直進せず国境まで侵攻してから南下してきたらしい。
ここまでの話で一番厄介なのは、その精霊の加護を私達全員が受けないことには隠れ家まで辿り着けないってことだ。
サリィは大丈夫だって言うけど、ヒト嫌いな精霊達がそんな簡単に私達に心を許してくれるのかな?
兎も角、行く他無い私達はすぐに"世界樹の森"を目指したかったのだが……。
「その前に、あちらさんの処理が先になるかな?」
私達のいる崖の下では、既に伯爵達王国軍が魔王軍と衝突していた。
もう一人のサリィとあれだけ派手にやり合ったにも関わらずあの場所にいるってことは、この場は私達を完全に信頼して任せてくれてたってことだよね。
サリィがいなければ負けてたのを考えると申し訳ないけど、その分はきっちりここで汚名返上といきましょうか。
「サリィごめん、先にあっちの手伝いしてからでもいいかな?」
「うん、分かってるよ。遠慮しないでバーッとやっちゃって」
私は頷いてから再び魔力を練り上げ、『竜殺し』を発動した。
今回はさっきの二発よりも威力は控え目にして、指向性を重視した。それにより、轟と唸る風は伯爵達を巻き込む事なく魔王軍の後方へと直撃した。
後方部隊千人程度の意識を一瞬にして刈り取った今回の『竜殺し』は、魔法としての規模こそ大きくなかったもののその効果は絶大だった。
主に魔法攻撃を行っていた部隊が倒れたのだから、当然だ。この世界の戦争では、近接戦闘よりも魔法攻撃の方が脅威となるのだから。
伯爵達王国軍は魔法攻撃に対する防御を考えなくても良くなり、攻撃に専念できるようになったことであっという間に魔王軍を下していった。
しかも今度はもう一人のサリィみたいな脅威も無い。
結果、魔王軍は僅か三十分程で降伏するに至った。
最早『竜殺し』を使うことのできる私は、魔族にとって最凶最悪の存在になってしまったんだろうなと実感する。
今なら魔王に命を狙われるのも納得だ。
私はその結果を見届けてから『念話』で"世界樹の森"へ向かう事を伯爵とニーナ様に一方的に伝えてから、サリィと共にその場を後にした。
『念話』は魔族と規格外の勇者である芹奈ちゃんにしか使えないし、戦場の中からあの二人を見つけ出すのは骨が折れそうだったからね。仕方ないね。
「さくらちゃん、有栖君のアレどう思う?」
「アレはそうですね、何も言わずに助けてクールに去るのがカッコいいと思ってる年頃の男の子の性ってやつだと思いますよ」
「聞こえてるからね、二人とも?」
すっかり言いたい放題な二人に思わず溜息を吐くと、少しムスッとした顔でサリィが袖を摘んできた。
「どしたの?」
「なんかズルい」
いや、なんかって言われましても……。
私達はそれから、ちょっぴり不機嫌モードのサリィに連れられて"世界樹の森"を目指すのだった。
◇
"世界樹の森"を見つけるまでには、そう時間はかからなかった。浮遊魔法の速度はもはや新幹線並みの速さになっていたし、サリィによる的確な道案内もあった。
けれど何より場所を見間違えようが無かったんだ。
飛び始めてから四時間くらい経った頃、遠くに見えて来たんだ。富士山にも匹敵するかのような大きさの木が。
どこか神秘的な輝きを放つその大木は、眺めているだけで吸い込まれそうになる程美しい。
「なんて綺麗なんだろう……。胸の奥から、なんだか熱いものが込み上げてくるような気がするよ」
私がそう言うと、サリィを除いた三人が不思議そうに首を傾げる。
「すみませんアリス姉さん、私には何も見えていないんですけど……」
「え……?」
小首を傾げて芹奈ちゃんとさくらと順に顔を見合わせると、二人揃って頷いた。どうやら、あの木が見えているのは私だけみたい。
なんで?
「やっぱりそうなんだね。私の思っていた通りなの」
「思っていた通りって、どういうことサリィ?」
「自覚はないんだね。それなら、実際に見てもらった方が早いかな? ちょっとその辺……、あっ、あの湖の辺りに降りてくれる?」
私は頷いて、サリィを抱えたまま綺麗な湖の畔に降り立った。
「……うん、ここなら大丈夫かな。アリス、私の手を握って」
何が何やら分からない私は、おずおずと頷いてから言われた通りにサリィの手を握る。
「うわっ!? な、なに!?」
すると突然、私とサリィの身体が目を開けていられないくらいの眩い光を放ち始めた。
「あ、アリス姉さん大丈夫ですか!?」
「有栖君が天使みたいに光ってる……。もしかして、本当に天使だったの?」
「いやいや何を言ってるんですか。お兄ちゃんは元から天使ですよ」
相変わらず言いたい言いたい放題なのはいいけどさ、私結構ビックリしてるというか寧ろちょっと怖いんだけど助けてくれない?
「心配ないよアリス。私がアリスに危害を加えるわけないでしょう?」
いや、それは分かってるんだけどね。でもこんなの経験ないし、というか自分の身体がまるで私のものじゃないみうな感覚がして気味が悪いんだよ。
「うん、それなら大丈夫だね」
何が大丈夫なのかは全く分からないけど、身体の感覚はこうしている間にもどんどん無くなっていく。
やがて完全に力が抜けて、思わず膝をついたその時だった。
私とサリィの身体を包み込んでいた光が私達から離れて、二つの小さな人型を形作り始めたのだ。
「なっ、何これ? ……いや、まさか!?」
やがて光が収まると、そこには目を瞑った掌サイズの小さな女の子が二人いた。一人は私に似た綺麗なブロンドの髪が、もう一人はサリィに似た艶やかな黒色の髪が特徴的だ。
その背には透明でありながら僅かに美しい虹色の光を放つ羽があり、私は直感的に二人は精霊なのだと確信した。
「成功だね。アリス、初めての精霊召喚おめでとう」
そうニッコリ笑うサリィだけれど、私の頭は相変わらず混乱したままだ。精霊召喚って、どういうこと?
私は一体今何をしたの?
意味がわからなすぎて目を回していると、ブロンド髪の精霊がゆっくりと目を開き、そして私を見て柔らかな笑みを浮かべてこんなことを宣った。
「ふふっ、お久しぶりですね星川有栖さん。またこうして相見えることができたこと、大変嬉しく思います」