第五十四話 あの日の真実
混乱する頭で状況を整理しようとしてみたけれど、やっぱり無理。意味がわからない。
ただ一つ気になったのは、サリィが今着ている服が勇者の聖衣ではないことだ。黒をベースにした歩きにくそうなワンピースで、さっきまでの鎧とは対照的に付与魔法すら施されていないただ可愛いだけのものだった。
そもそも何で私は生きているんだろう? あの時の空間切断は絶対不可避の一撃だったし、あんなものを受けたら胸の魔石ごと両断されていたはずなのに。
まさか夢? いや、夢ならこの周囲一帯の森がボロボロになっているのはおかしいし、芹奈ちゃんやさくらが未だ臨戦体制なのも、カミラちゃんが影から魔法を放とうとしているのも辻褄が合わない。
「サリィ……、これは一体どういうことなの……?」
「いいよ、教えてあげる。代わりにもっとギュッてさせて」
サリィはそう言って、止める間も無く私の胸に顔を埋めて幸せそうに頬を緩めてしまった。
その殺意も敵意も全く感じられないほんわかした柔らかな表情に、皆んな困惑しつつも武器を収めた。
それから暫く私に抱きついていたサリィだけど、ある程度したら満足したのか漸く何が起きたのかを話し始めた。……私に抱きついたまま。
◇
まず最初に言っておくと、私はサリィであってサリィではない。言ってしまえば分身みたいなものなの。精神って言った方がいいのかな?
もうアリスも分かってる通り、サリィは魔王の娘。あの村で暮らしていたのは、お父様の指示によるものだったの。
目的は人間の生態観察と、私の教育。人間の娘として暮らすことで人間の弱点を見極めるスパイみたいなものを、実践訓練としてすることになったんだ。
村人全員の記憶を操作して、私はAランク冒険のアベルさんとマリアさんの娘になった。
当時10歳だった私は子供の姿に『擬態』して、毎年記憶操作をすることで成長しないことに疑問を抱かせないようにしていたの。
正に偽りの人生。
あの頃の私にとってお父様の命令は絶対で、私は毎日気を張って任務を続けていた。
だから正直、疲れちゃったの。そんな生活を何年も続けていたんだもん。仕方ないよね?
そんな時生まれたのがアリスだった。
当時私が一番注視していたAランク冒険者の家に赤ん坊が生まれたと聞いて、私はすぐ友達になろうと決めたの。
それから私は毎日アリスに会いに行った。さうすることで、村のAランク冒険者全ての動向を探れると思ったから。
実際、アリスの家に無警戒で侵入できるようになって、得られた情報も多かった。
だけど、アリスが成長していくと同時に私も変わっていってしまったの。
それまでの疲れもあって擦り切れていた私の心を、アリスが救ってくれた。毎日一緒に遊ぶようになって、それまでお父様の命令に雁字搦めにされていた私がただの女の子に変わっていくような気がした。
覚えてる? 一緒に栗拾いに行った時、拾って帰った栗全部が虫に食べられちゃってたの。
アリス、あの時泣きながら私に謝ってたよね。
「ごめんね、一緒に美味しい栗食べようって約束したのにごめんね」
私にとって、ううん、多分殆どの人にとってはどうでもいい些細なことなのに、あなたは必死になって謝っていたの。
その時、私は自分を縛っているものが全部どうでもいいものに思えちゃった。
それからは、本当のお友達としてアリスと遊ぶようになった。そして、そんな日がずっと続けばいいのにって無理な願いを抱くようになっていった。
そんな時、あの事件が起こったの。
アリスと一緒に森の中で遊んでいた時に、レッドグリズリーが襲ってきた。
あり得ないことだった。私はアリスに危険が及ばないように、常に魔物の気配を探っていた。
だから分かる。あれは人為的なものだったんだって。
私が村に紛れ込んでから、その時にはもう七年も経っていた。だから、お父様から帰還命令も来ていたんだ。
だけど私は適当な理由をつけて帰らなかった。それに業を煮やしたお父様が、多分配下に命じてレッドグリズリーを送り込んできたんだ。
「逃げるよサリィ! はやく!」
想定外の事態に思わず固まってしまった私を、アリスが必死に引っ張ってくれた。だけど、5歳の子供の足でレッドグリズリーから逃れられる訳ない。
それでも私は、魔法を使う事が出来なかった。そこで魔法を使ってレッドグリズリーを倒してしまったら、私はもうアリスのお友達でいられなくなっちゃう。
記憶操作すればいいのにって思うかもしれないけど、私はアリスの記憶を操作するのが嫌だった。
そうやって迷っている間に、私達は崖に追い詰められちゃったんだよね。
私は大丈夫だよって言いながら、放っておいたらアリスが殺されちゃうって理解してた。だから私は、咄嗟にあなたを崖から突き落としてしまったの。
あなたの身体に、アジ・ダハーカ様の加護を施して。そうすれば、どれだけの大怪我を負っても生き延びられる。そう思って。
それから私はすぐにレッドグリズリーを消滅させて、治療のためにすぐアリスの元へ向かった。
そしたら、あなたは自分で魔法を作って傷を治し始めたの。覚えてる?
私はその時、あなたが転生者だって分かったの。それと同時に、もう、一緒にはいられないって。
アリスが命の危機を脱したのを見届けた私は、すぐにお父様と連絡を取った。その時の私は、癇癪を起こした子供そのものだったと思う。
怒りのままにお父様を殺してやりたいと思ったのは、あの時が始めてだったな……。
「そうか、お前の想いは分かった。では帰ってくるのだな、我が娘サリィよ。お前が素直に城へ戻って来たならば、もう二度とその村へ魔物をけしかけるような真似はしない」
お父様はそう言って、私はそれを承諾した。お父様の言葉は、裏を返せば私が帰らなければまた魔物を送り込むぞって意味が込められていたから。従うしかなかったの。
それから私は村人全員から私の記憶を消して、魔王城に帰った。だけどアリス、あなたからは記憶を奪わなかった。私にとって一番大切なお友達であるあなたには、忘れてほしくなかったから。
それから私は、酷く荒れ狂っちゃった。お父様の顔を見るだけで胸の奥から怒りが噴き出して来て、自分でも何を言ってるのかも分からない程の激情に身を任せて物に当たって。
そんな時、お父様がアリスを殺そうとしていることを知ったの。レオっていう傲慢な男のこと、知ってるよね?
彼が教えてくれたの。
「オレはご主人様の忠実なる僕だ。だから命令があれば嘘だって平気で言うし、人だって殺すぜ。だがな、今回の標的は姫さんの想い人だ。だから伝えておく。オレは本気でアリスを殺しにいく。だがもしそれが失敗した時、姫さんにはもう一度あの娘と会うチャンスが生まれるかもしれねぇ。だから備えておきな。そうやってグズグズしたままじゃ、事態は何も動かねぇんだからな」