第七話 伯爵の意図
模擬戦の後、私はハノーヴァー伯爵に何度も何度も頭を下げた。伯爵は元から全く気にしていないようだったけど、小心者の私にはとても耐えられる状況ではなかったんだよ。
その後、私は汚れてしまった服をメイドさんに預けて着替えをした。その間借りたのは、なんとニーナ様の私服で、シルク百パーセントのサラッサラな白のワンピース。フリルなどの飾りは最小限で、着ている人の魅力をグッと引き上げることに全力を注いだ衣装だ。
当たり前のように置いてあった鏡で見た私の姿は、贔屓目なしに最高の美少女になっていた。服の力って凄い……。
というか、今更ながらドレスで模擬戦してたの意味分からないよね。後で伯爵に聞いたところ、どんな状況でも全力を出せるのが真の強者だとか言っていた。意味がわからないよ。
着替えが終わった私はメイドさんに案内されて、客間に向かった。扉を開けると、そこには既に伯爵、ニーナ様、カミラちゃんが揃って座っていた。
「お待たせしてしまったようで申し訳ありません。アリス、只今戻りました」
「そんなに畏まらなくてもいいですよ。どうぞ、座ってください」
先程模擬戦で見せた獰猛な笑みとは違う、爽やかなイケメンスマイルを浮かべる伯爵。この人、もしかしなくても戦闘狂でしょ。絶対そうだ。
私が席につくと、メイドさんが横から紅茶を差し出してくれる。今度はお菓子がない分、それ単体で甘く美味しいミルクティーだ。
正直ミルクティーって、ミルクの味が強いから茶葉による違いなんてないと思ってたけど、全くそんなことはなかった。むしろ茶葉の違いだけでこんなに風味が変わるのかと驚かされて、猫舌なのに飲むのをやめられない。
「美味しい……」
「気に入っていただけたようでなによりですわ」
ニーナ様がとても嬉しそうにニッコリと笑った。このお茶、ニーナ様がチョイスしたのかな?
あっという間に飲み干し、そういえば一気飲みは端ないと言われていたのを思い出し、慌てて姿勢を正す。もう手遅れではあるんだけど。
しかし伯爵は気にした風でもなく微笑み、それからこう切り出した。
「さて、それでは本題に戻りましょうか。アリスさん、貴女は何故あのような模擬戦を私が仕掛けたのかお分かりですか?」
「いえ、正直に申しますと全くわかりません」
「それではカミラさんは分かりますか?」
「わ、分からないです……」
私もカミラちゃんも、全く理由が分からずに首を横に振った。というか是非とも教えてください。壮絶なメンタルブレイクをされた以上、まともな理由が欲しいです。
私がそう言うと、伯爵は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。表情豊かだなぁこのお方は。
「実はですね、私フェルディナント・フォン・ハノーヴァーは、冒険者ギルドのハノーヴァー地区で理事長をしているのですよ。まあ、貴族の中で冒険者ギルドに所属している物好きは私くらいのものですがね」
……ちょっと脳みその処理が追いつかない。お貴族様で、領主様のハノーヴァー伯爵が、ギルドの理事長??
一部を除いて殆どが粗野なごろつきや戦闘狂、或いは何かしらの事情で定職に就けない人ばかりが所属する冒険者ギルドの、理事長をお貴族様がやっているなんて意味がわからないんですけど?
私の脳内回路がショートを起こしたせいで目を白黒させていると、伯爵は更に追い討ちをかけてきた。
「当然、アリスさんのご両親であるサイガさんとエレナさんとも面識がありますよ。それどころか、サイガさんとは同じ師匠を持つ兄弟弟子でもありますので。因みに私が弟弟子です」
とんでもない爆弾発言だった。確かにヒントはあった。両親が妙にお貴族様との接し方に詳しいことや、模擬戦中の伯爵の発言、更には戦いのスタイルがお父さんに似ていたこと。
でも、まさかそんなにお貴族様と両親に深い繋がりがあるなんて想像できるほど、この世界のお貴族様は軽い存在ではない。
「お父様は、少なくともAランク未満の冒険者とは顔を合わせることはありませんわ。アリスさんのお父様は特別ですの」
……なるほど、あくまで兄弟弟子だったから面識があったと、そういうことなんだね。でも後にお父さんはAランク冒険者になったんだし、いずれは対面していたんだろうけど。
「そしてそのサイガさんの娘さんが、五属性適正持ちでしかも魔力量Sとなれば戦いたくなるのも当然でしょう。……まさかあれ程まで強いとは思いませんでしたけどね。まったく、あの人は幼い娘にどれだけ厳しい特訓を強いたのか」
「あ、あははは……」
私が望んだこととはいえ、確かに地獄の二年間でした。怪我をしたらヒールで治せるし、一日でも休めば身体が型を忘れるとか言われるしで休日すらなかったからね……。
私が少し遠い目をして壁の方を見ていると、伯爵はやれやれと溜息を吐いた。察してくれたのだろう。
「それでですね、アリスさん。貴女の腕を見込んで、ここは率直に言わせてもらいます。……貴女には、冒険者ギルドに入っていただきたい。当然、無償でとはいいません。入っていただけるのなら、通常Fランクよりスタートするところを、Cランクにする特別措置を取らせていただきます」
伯爵はそう言って、私の目を真っ直ぐに見据えた。頭を下げないのは、あくまでお貴族様と平民の立場の違いがあるので当然のことだけど、その目を見ているとまるで頭を下げられているかのように錯覚する。それ程までに、強い想いを感じた。
私にとって、それは願ってもない話だった。サリィを探しに魔族領へ行くためにはAランク冒険者になる必要がある。飛び級ができるというなら、むしろ私から是が非でもお願いしたい。
「私は元より冒険者になるつもりでした。そして目的のためには、まずAランクにならなければなりません。そのため、その特別措置はとてもありがたく思います。ですが何故、伯爵はそのようなお願いを?」
一番の疑問はこれだ。通常、検査結果で魔力量が多いと判断された人は魔法学校に進学することになる。そして六年間で知識と技術を身につけ、魔導士団や宮廷魔導士を目指す。
冒険者になるのはさっきも言ったように訳ありか、若い内からお金を稼ぐ必要がある人や、両親が冒険者等で継ぐべき店がない人、尚且つ魔力量があっても敢えて名誉である魔導士団や宮廷魔導士を目指さない変わり者くらいなものだ。
だからあの模擬戦で私の戦力を評価してくれたなら、魔法学校への入校を進めるものとばかり思っていたのだ。
「簡単なことですよ。貴女の魔法は他の人とは違う。普通は無詠唱であれだけ高威力かつ正確な魔法を発動させることはできません。もはや貴女が魔法学校で学ぶことなど何もありませんよ」
伯爵は、そこで一旦言葉を区切り、私の目を見据えた。
「……それに、こんなに強大な戦力をみすみす手放す訳にはいきませんのでね。魔法学校に進学して宮廷魔導士などになってしまえば、冒険者のように気軽に遠征を行うことなどできません。陛下を守ることこそが使命なのですから、王都から離れることができないのです。しかしそれでは、宝の持ち腐れにしかなりません」
うわぁこのお方、陛下を守る最高位の魔導士になることを宝の持ち腐れ呼ばわりしてるよ。いくら伯爵とはいえ、国王陛下に聞かれたら即刻不敬罪で処されそうな爆弾発言だ。
「なるほど、伯爵の想いは確かに受け取りました。また、このことについては口外しないと約束します」
私がそう答えると、伯爵はとても満足気な笑みを浮かべた。そして今度はカミラちゃんに向き直る。
「そしてカミラさん。貴女にも、冒険者ギルドに入っていただきたい。アリスさんと同じく、Cランクの冒険者として」
「「「えぇっ!?」」」
これには私とカミラちゃんだけでなく、ニーナ様までもが驚愕の叫び声をあげてしまった。確かにカミラちゃんは魔力量も多いし貴重な三属性適正持ちだけど、まだ一度も魔法を使ったことないんだよ!?
「む、むむむ無理ですハノーヴァー伯爵っ! わた、私はアリスさんと違って戦いの経験もないですし、た、ただの孤児ですしっ!」
「確かにカミラさんは魔力、適正共に天賦の才をお持ちですわ。しかし、経験が全く足りていないのですわよ? 今は時期尚早だと思いますが……」
カミラちゃんが涙目で訴え、ニーナ様にジトーっと睨まれながら、しかし伯爵はいつもの爽やかスマイルを崩さずにこう言った。
「当然、それは分かっています。しかし、だからこそのCランクなのです」
私達は皆意味がわからないと言う風に訝しげな顔を浮かべて首を傾げる。伯爵はそんな三人の顔を順に見回してから、更なる爆弾を投下した。
「アリスさん、もう一つお願いがあります。カミラさんとパーティーを組んでくださいませんか? そして貴女の魔法を、剣技を、その全てを彼女に指南してください。つまり、貴女にカミラさんの師匠となっていただきたいのです」