第五十三話 空間切断
微笑みながらゆっくりと私達の元へ向かってくるサリィ。その表情には一点の焦りも見えず、それが私を不安にさせる。
と、その時。
視界が真っ赤に染まり、視界の上部に"Emergency"の文字が浮かび上がった。
「……っ!?」
私が咄嗟に無理矢理身を捻って地面に転がると、私の動体視力を遥かに上回る速度の斬撃がさっきまで私が立っていた場所へ襲い掛かっていた。
そしてまるで風景画を切り裂いたかのように景色の一部が剥がれ落ち、漆黒の闇が顔を覗かせる。
空間が、斬られた……!?
ほんのコンマ数秒でも判断が遅れていたら、私は空間切断の餌食になっていただろう。
「(だ、大丈夫ですかアリス姉さん!?)」
大丈夫と言いたいところだけど、あんまり大丈夫ではないかも?
芹奈ちゃんから"世界眼"を借りているにも関わらず、やっぱりあの攻撃の正体が掴めない。
そして"世界眼"が使えなくなったら、あれを攻略しない限り私に勝ち目は無い。
つまり、勝つためには残された三分間であの攻撃の正体を見極める必要がある。
「芹奈ちゃん、さくら! 出来るだけ時間を稼いで!」
私は"世界眼"で指定された通りに短刀を投擲して後退し、身体強化による視力強化と"世界眼"の組み合わせでサリィの一挙手一投足に注目する。
「了解よ! と言っても、あんまり期待しないでねッ!!」
「お兄ちゃんの無茶振りは相変わらずだね!」
鍔迫り合いになっていた状態の芹奈ちゃんが思い切り剣を振り抜いて距離を取り、そこへさくらが追撃を放つ。
この間は芹奈ちゃんとさくらの二人と、カミラちゃんの支援攻撃だけになっちゃうけれど、そこは流石の三人。
私へ向かう攻撃を防ぎつつ、正確に攻撃を叩き込んでいく。それに対してサリィも単身で互角に渡り合っている。
剣と剣が、時に拳が弾き合い火花を散らす。けれど、やはりサリィは空間切断を使う様子は無い。
ーーもしかしたら、あの技にはリキャストタイムがあるのかもしれない。
どれだけ見ていても、特にトリガーとなる動きは無いように思える。目にも止まらぬ速さで繰り出せる攻撃なのに、今の打ち合いで時々生じている隙で発動させる気配がない。
もしいつでも発動可能なら、もうとっくに使っているはずなんだ。
この場合、リキャストタイムは……三分だ。これは"世界眼"の情報なので間違いない。
だとすると、あと一分後に空間切断が可能になる。
「(皆んな、一分後に次の空間切断が来る! それまでに決着、無理だったらそのタイミングで全力退避!!)」
私は『念話』を飛ばしつつ即座にナイフを投擲し、サリィがそれを弾いた隙に懐に潜り込む。それをサリィは異常な反応速度で受け流し、追撃を放ってくる。
それを芹奈ちゃんが弾き、さくらの拳が襲いかかる。
でもワンパターン化しているこの攻撃は既に見切られていて、全て避けられてしまっている。
ーーこれが、"世界眼"を使っている弊害なのかも。
"世界眼"は完璧な正確さで、確実な有効打を与えるように指示を出してくる。けれど、単純に私達の力が通用しないんだ。魔法も無効化されちゃうしね。
だとしたら、テンプレに沿って戦っているんじゃ勝ち目は無いんだ。
残り三十秒、私はこの策に賭ける!
「なっ、急に動きが……!?」
私は"世界眼"の指示に従うかのように剣を振り下ろし、その途中で剣を消滅させた。
当然剣を受けることになると思っていたサリィの体勢が少し崩れる。私はその瞬間に『物質創造』で巨大な鉛玉を彼女の頭上に作り出し、それと同時に双剣を作り出して逆手に持つ。
策を伝える間も無かったから芹奈ちゃんやさくらも目を見開いたけれど、私を信じて攻撃を仕掛ける。
当然サリィは鉄球から逃れる為に後ろへ跳び退こうとするけれど……。
「なっ……!? 足が!?」
「隙ありぃぃいいい!!」
バランスを大きく崩した彼女に向かって、さくら渾身の拳が炸裂した。
今度は完璧にノーガードの鳩尾にクリーンヒットし、サリィは身体をくの字に折り曲げて吹き飛ばされる。
私がしたことは単純、『地獄沼』を使ってサリィの足元の地面を底なし沼に変えたのだ。
普通に使ったのでは簡単に察知されて避けられていたであろうこの魔法は、頭上に作り出した鉄球に気を取られたことで気付かれなかったんだ。
吹き飛ばされたサリィは大岩にぶつかり土煙りを上げさせ、完全に姿が見えなくなる。
その瞬間、空間切断のリキャストタイムが上がると予想した時間になり……。
気付いたら、私の目の前に剣があった。
油断していたつもりは無い。けれど、さっきのさくらの一撃は完璧に決まっていた。だからすぐには立ち上がれないだろうとは思っていた。
それがまさか、一秒も待たずに攻撃に転じられるなんてね。
ーー時の流れが遅くなる。私に襲いくる剣が、絶望的な表情で私を見る芹奈ちゃんやさくらの動きが、全て止まっているように見える。
ああそうか、やっぱり"世界眼"って正しかったんだなぁ。
ナビ通りに進めばいいものを、自己流の近道を見出して進んだ結果到着が遅くなるような、当たり前のこと。
結局、余計なことをした結果私は死ぬ訳だ。これまで必死に追い求めてきた、友達の手によって。
ーーああでも、友達だと思っていたのは私だけだったんだよね。
それでも……、それでも私は、あなたの事が……。
そして無常にも止まっていた時が動き出し、剣が振り抜かれるのと同時に私は深い闇の中に放り込まれた。
身体中から感覚が無くなり、まるで"霧化"したかのような錯覚に襲われる。
目を開けても瞑っても違いの無い完全なる闇の中、しかし意識だけはハッキリとしている。
……なんなんだ、これは?
一度死んだことのある私には分かる。これは、死んだ時の感覚じゃない。
空間の狭間みたいなものに放り込まれたから? それとも空間切断による死というのは、普通の死とは違うのか?
「なに、これ……?」
絞り出すように出された私の声が、謎の暗黒空間で木霊する。それを知覚するのと同時に、身体の感覚がゆっくりと戻ってくる。
「うわっ……!?」
そして困惑する私に向かって見えない何かが飛びついてきて、私は受け身も取れずに頭を思い切り地面に打ち付けた。……痛い。
「間に合った……、間に合ったよアリス……!!」
そして聞き覚えのある大切な人の声が聞こえると同時に、世界が色を取り戻す。そして私を押し倒している、綺麗な漆黒の髪と瞳を持つ美しい少女と目が合った。
ーーその少女はついさっきまで剣をぶつけ合っていた相手だった。
「サリィ……?」
「うん……、うん! 私はサリィ、あなたはアリス。ああやっと、やっと会えたんだ……!」