第五十二話 規格外
「(サリィって……、アリス姉さんがずっと探していた人の名前ですよね? それって……)」
カミラちゃんの『念話』を聞きながら、頭の中でバラバラに散っていたピースが繋がっていくのを感じる。
私が崖下にいる間に消えたレッドグリズリー、Aランク冒険者である両親を含めた村人全員から記憶を消せるほどの闇魔法。それらはサリィ自身でやった事だったんだ。
今の姿と当時の姿が少し違うのは、『擬態』で子供の姿に化けていたから。そしてそうまでして人間の村に入り込んでいたのは、人間側の情勢を探るため。ーーつまり、サリィはスパイだったんだ。
でも、それだと引っかかるところがある。
ーーどうしてサリィは、私の事を覚えていないんだろう?
スパイなら、私の存在自体を忘れるなんてあり得ない。確かに当時の私は何の力も無かったけど、スパイなら得た情報を忘れるようなヘマはしない筈なんだ。
何かが腑に落ちない。それに、魔族ならどうして勇者の装備が使える?
「知られてしまっていた以上、あなた方を逃すわけには参りません。申し訳ありませんが、一人残らずここで死んでいただきます」
分からないことが多すぎて質問攻めにしたくなる。けれど、サリィはそんな時間を与えてくれる気は無いみたいだ。
さっきは謎のチート技を使ってきたけれど、そもそも勇者の装備は魔法無効に加えて使い手の全ステータスを二倍にするとかいうとんでも性能を秘めている。
サリィ本人の実力は分からないけど、魔王の娘という時点でかなりのポテンシャルを秘めているはず。
私は生唾を飲み込みながら、魔力を惜しみなく流し込んで剣を作り出す。
その次の瞬間、私の身体は宙に浮いていた。
意味が分からず混乱する頭が次に知覚したのは、痛みだった。
鉄バットで腹を思い切りぶん殴られたような鈍い痛みと息が詰まるような苦しさに襲われて、思わず顔が歪む。
何が起きたのかは全く見えていないけど、ギリギリで攻撃を剣で受け止められたって事だけは分かった。
その代わりにあれだけ強い魔力を使って作ったはずの剣が砕けてしまっているのを見るに、今のサリィは私を遥かに凌駕する力を持っているのだろう。
「(アリス姉さん、大丈夫ですか!?)」
「なんとかね……。でも、どうにも出来ない訳じゃなさそうだって分かった」
サリィの今の一撃は、おそらく全力だった。何故なら今のサリィにとって一番大切なのは、魔王の命である私達の殺害だ。
それなら手加減する必要は無いし、むしろ全力の一撃でさっさと葬って次の仕事に向かおうとするだろう。
こうしている今も、伯爵達は崖下で混乱している魔族軍へ向けて兵を送っているのだから、そっちの対処も出来るだけ早くしたいだろうしね。
そして何より重要なのは、今の一撃が空間切断能力を伴っていなかったことだ。
つまり、あのチート能力の発動には条件がある。
「有栖君、使って!!」
眼下でサリィの二撃目を防いだ芹奈ちゃんの叫びと共に、視界に映る情報量が劇的に増えた。これは、"世界眼・拡"か!
「ナイスタイミング! さくら、バックアップお願い!」
私は空中で剣を作りつつ体勢をなんとか整え、風魔法を推進力にしてサリィの元へ突撃する。
眼下に見えるのは芹奈ちゃんと鍔迫り合いをしているサリィと、敵味方問わず攻撃してしまう両面宿儺を召喚すべきか迷っているさくら。
この状況でどうするべきか。その答えは、"世界眼"が教えてくれる。
「了解お兄ちゃん!」
そしてそれは、さくらにも視えている。
……正直言って、私はこの指示に従いたくは無い。
だって、私の旅の目的はサリィと再開することだったんたから。決して、殺し合いをするためなんかじゃない。
けれど、今のサリィは私の話をまともに聞いてくれる状況ではない。
「(アリス姉さん、ここは……)」
「……分かってる。まずは勝たないと、ダメなんだよね」
私は迷いを振り切って、視界に表示されている指示通りに魔法を放つ。
まず、サリィと芹奈ちゃんを囲うように『氷牢』を発動する。その瞬間当然サリィはそちらへ対処しようと試みるけれど、それを芹奈ちゃんが阻止する。
こうして生まれた一瞬の隙。そこに針の穴を通すような正確さでカミラちゃんの『紅炎』が襲いかかる。
当然魔法無効の聖衣を着ているサリィに効果は無いけれど、彼女は身を捻ってそれを避けた。やっぱり、聖衣本来の使い手じゃないサリィは聖衣を信じきれていないんだ。
そこへ、一瞬だけ"霧化"することで『氷牢』をすり抜けた私渾身の一撃を見舞う。芹奈ちゃんに剣を押さえられていたサリィは避けることが出来ず、私の剣をモロに受けることとなった。
「な、何ですかその出鱈目な力は……!?」
そしてその剣を受けた聖衣は一部が裂け、サリィの綺麗な素肌を露出させると共に真っ赤な鮮血が飛び散った。
彼女は顔を苦痛に歪めながらも芹奈ちゃんの剣を弾いて大きく距離を取り……。
「ここだぁあああ!!」
その場所に走ってきたさくら渾身の拳が放たれ、サリィの身体が吹き飛ばされて『氷牢』に激突する。
私はその場所へ『紫炎』を放ち、氷と接触させて水蒸気爆発を引き起こした。
勇者の装備がステータスを二倍にするのなら、私達は四人で完璧な連携を取ることによって実質四倍の力を得ることで対処する。
普通なら不可能な事だけど、"世界眼・拡"がそれを可能にしてくれた。
「……なるほど、一人一人の力では及ばずとも力を合わせる事で脅威に立ち向かう。それが、あなた方の強さなのですね」
けれど、そう簡単に倒せるほど甘くはないみたいだ。
あれだけの攻撃を受けながらも、煙の中から姿を現したサリィは涼しい顔をしていた。
それどころかさっき私が与えた傷は治っていて、こうしている今も破れていた聖衣がまるでビデオの逆再生みたいに直っていく。
「……あれ着てる時の私って、こんな感じの化け物だったのね。正直、あの時の敵さんに同情するわ」
「ウチの全く手加減無しパンチでノーダメって、バランス調整狂ってるわ」
「(流石はアリス姉さんのお友達です。規格外すぎます)」
……本当、規格外だよ。
そして"世界眼・拡"の効果時間は、残り三分。ウルトラ○ンかって言いたくなるくらいの短い制限時間でサリィを止めることができなければ、私達の負けだ。
「さて、どうしたものかな?」