第五十話 エリクサー
「芹奈ちゃん、こんなもの一体どこで……?」
"エリクサー"はゲームとかでは割と簡単に手に入る高性能な回復アイテムって扱いだけど、この世界では全然違う。
考えてもみて欲しい。
"エリクサー"は、どれだけ酷い致命傷を受けていようが、どれだけ膨大な魔力を使い果たしてしまっていようが関係無くその全てを完全回復してしまう最高性能のポーションだ。
人一人を作り上げているエネルギーの全てを元に戻してしまうなんて、そんなのまるで人体の再構成じゃない?
それこそ上手く研究、利用してしまえばホムンクルスのような人造人間を生み出すことすら可能かもしれない。
例えばレオやフランツ侯爵が使っていたような人形に使えば、人形を一つの生命体に変えることだって出来るだろう。
つまり人の身で神様の真似事まで出来てしまうってことで、そんな薬がゴロゴロ存在しているはずもなくて……。
「王宮の宝物庫からちょっとね。わたしってもしかしたら泥棒の才能もあるかもしれないわね」
「やっぱりそうなるよね……」
いくら緊急事態とは言っても、庶民の私に宝物泥棒の共犯になれっていうのは流石に厳しい。
そう思っていたんだけれど。
「ほう、それはエリクサーですか。成る程、"紫の夜"さえ鎮圧したというアリスさんの魔法を連発できるようにするのですね。良い考えだと思います」
まさかのハノーヴァー伯爵がめちゃくちゃ肯定的だった。話、聞いてたんですよね?
「当然聞いていましたよ。けれどねアリスさん。【ノルトハイム王国】存亡の危機にそれを使わずして、いつ使うと言うのですか? それにもし我々が負けてしまえば、そのエリクサーは魔王の手に渡ってしまうのです。それだけは避けなければなりません」
……確かに伯爵の言うことは理解できる。だけど、今は私だって魔族なんだ。
もしこれで罪に問われでもしたら、魔王に剣を向けた私には居場所が無くなってしまう。そしてそれは、私についてきてくれている皆んなも同じだ。
まったく、芹奈ちゃんが普通に王様に頼んで貰ってきていればこんなことには……。
「それはごめんって。当時のわたしは王様含めて誰とも仲良くなかったのよ。不貞腐れてたし」
「せめてレイさん達には伝えておいて欲しかったよ」
「だからごめんって。でも、それならどうするの? 使わない?」
「……いじわる」
私だって、分かってるんだ。あの規模の軍勢を相手にするなら、それが必要だってことくらい。
しかもお貴族様であるハノーヴァー伯爵がその使用を肯定的に捉えてくれている。
「分かったよ、使わせてもらう。だから王様への弁解は頼んだよ」
「了解よ。ま、この窮地を救えればどうにでもなるでしょ」
こうしてエリクサーを使ったド派手な魔法連打による鎮圧作戦を行うことが決定したところで、私達は作戦会議を行った。
まず作戦の決行日は明日。敵さんの武装がどんなものかはっきりしない以上、あまりこの村に敵を近づけたくないから、早めに動くのが得策だって判断だね。
それなら今すぐ行けばいいじゃんって思うけど、実はハノーヴァー伯爵は五千人程度の王国兵を率いているらしい。
姿が見えないのは、巧妙に森の中に潜んでいるからとのこと。敵意が無いとはいえ気配を全然感じ取れなかったから、相当な手練れを率いているんだと思う。
私だけ先に進んでから『転移門』を開くとかも考えたけど、あの小さなゲートで五千人を転移させるのはあまりにも大変だから断念した。
そんな精鋭部隊を、私の攻撃により混乱した敵軍にぶつけるのが今回の作戦。ハノーヴァー伯爵に敵の数を見積もってもらったところ、およそ一万程とのこと。
実に二倍もの戦力差がある上、敵さんもまた少なくともB+ランク以上に相当する手練ればかりらしい。
そもそも人間は質で負ける分を数で補う戦法でこれまで互角に戦っていたと言うのだから、いくら伯爵の率いる部隊が強くても勝ちの目は無い。
つまり勝つためには実に五千人以上の敵兵を私が鎮圧した上で、この状況を作り出した敵の最高戦力をも撃退しなければならない。
いくらこっちには勇者や吸血鬼がいるとは言っても、やはり数の差は大きい。
そして敵は何故か不殺を貫いているという。それならこちらも、敵を一人も殺してはならない。でないと、王国側が一方的に悪となっちゃうからねり
でも、殺さないというのは殺すよりも遥かに難しい。それを簡単にやっちゃう今回の敵はかなり強い力を持っているんだと思う。
私にそれが出来るのか? 例えばスタンピードにはめっぽう強い『ナパーム』や『紫炎』では、不殺は絶対に無理だ。決して少なく無い死者が出ることになると思う。
この問題の難しさ故に、作戦会議は夜遅くまで続いた。
そして日付が変わろうかという頃、漸く一つの結論を導いた。
全属性全部を織り交ぜた複合魔法を作る。
正に全属性適性を持つ私にしか出来ない唯一無二の方法。
この日私は、眠らなくても問題ないという吸血鬼の特性を活かして、徹夜で魔法の開発を行うこととなった。
そして、翌日。
私達パーティーとハノーヴァー伯爵、そしてヒーラー役を買って出たニーナ様を先頭に魔族軍の元へと歩みを進めた。
まさか私がアニメくらいでしか見たことがない行軍の先頭に立つことになるなんて、想像したこともなかったよ。
鎧がガチャガチャとぶつかる音、そんな重たい鎧を着た数千の軍人が大地を踏みしめる轟音が響く。
そうして歩くこと半日。遂に私の魔法の射程圏内まで辿り着いた。
僅か半日でここまで来れたのは、その間ずっとニーナ様が全員に『ヒール』を施し続けていたからに他ならない。
効果を疲労軽減に限定していたとはいえ、五千もの人に、しかも何度も施すなんて尋常ではないよね。
魔力回復ポーションも、僅か二本しか飲んでいなかった。魔力量はAとのことだから、無駄を完璧に省いて超効率的に疲労回復効果のみを抽出していたんだろう。
私やカミラちゃんと違う本物の7歳なのに、とんでもない才能だよ。
そしてそのおかげで、私も体力と魔力を温存できた。
「それではこれから複合魔法『竜殺し』を発動します。反動があるかもしれないので、盾を持っている方は構え、魔法使いの皆さんは魔法障壁と物理障壁を発動しておいてください」
私は兵達が敬礼するのを確認して頷き、今度は愛しい仲間たちへと向き直る。
「カミラちゃんは私が倒れそうになったら魔力補給をお願い。芹奈ちゃんは周辺警戒と、いざというときの障壁魔法展開をお願い。さくらは敵の急襲に備えておいて。もしかしたら、敵の主戦力がすぐに来るかもしれないから」
「分かりました。お任せください」
「了解よ。だから遠慮なくぶちかましちゃっていいわよ」
「近接戦闘ならウチに任せて! 絶対誰も殺させないから」
……本当、頼もしい仲間と出会えたよ。
私は頷きを返してから、外部の情報を全てシャットダウンして魔力、そして加護の流れに集中する。
ぶっつけ本番、けれど失敗は許されない。
王国の存亡をかけた戦いが、今始まる。