第四十八話 ウォルド村
「ここが、【ウォルド村】……」
「な、何にもないわね……。想像以上かも」
「ウチはお兄ちゃんがいれば何処でもいいけどね!」
「あっ、それ私のセリフ……」
私は緊張感のカケラもないカミラちゃんとさくらの頭にチョップを入れつつ、目の前に広がる閑散とした村の様子に思わずこめかみを押さえた。
そこは集落と呼ぶのが正しいんじゃないかというくらい小さな村で、お店なんかも五本の指で数えられる数しかない。
当然宿なんてものは無いから、私達は村に滞在する間もテント生活を余儀なくされることに。まあ、慣れてるからいいんだけどね。
問題なのはその人口の少なさだ。
全員合わせて二百人すらいないであろうこの小さな村では、魔族に襲われたら壊滅するまで一分もかからないと思う。
数が多ければ多少の抵抗……、例えば大人が耐えている間に子供だけでも逃すくらいのことは出来るかもしれない。
だけどこの人数ではまず無理だ。もし私達の到着が遅れて魔族軍の襲撃を受けてしまっていたら、誰一人救う事は出来なかったと思う。
「とりあえず、わたしは村長さんに話を通しに行ってくるわ。有栖君達は周囲の警戒をお願い!」
芹奈ちゃんはそれだけ言うと、足早に何処かへ去って行ってしまった。初めて来た村のはずなのに何処へ行けばいいか分かるのは、"世界眼"の能力によるものなのかな?
「"世界眼"といえば凄かったね、さっきの」
「凄いというよりも、ズルいですよ。アリス姉さんの『転移門』と違って、魔力消費が無いのにこの距離を転移出来てしまうなんて」
「その代わり、"王国の人間に危機が及びそうになった時に指定された場所へ転移できる"っていう、凄く限定的なものでもあるらしいけどね。勇者らしい能力だよ」
これまで何度も戦場に出ていたという芹奈ちゃん。彼女はその力で救援に向かっていたのだろう。
……そして、魔族を大勢斬った。
それが戦争だし、人殺しだ何だと言うのは間違っていることは理解している。戦争とは、命を奪い、奪われる覚悟をした者達の殺し合いなのだから。
だから当然私も責める気なんて一切無い。それを言ったら、私達だって"猟犬"を何人か殺めているんだし。
けれど、芹奈ちゃん自身はどうなんだろうか?
最初は私を探す為、色覚さえも失った状態だった芹奈ちゃんはただ無心に剣を振るっていたと聞いた。
でも、今は違う。私と再開して恋人同士になり、仲間も出来て幸せな旅の中にいる。オイゲンさんやマリーさん、ピグロら魔族との関わりも出来、人間と何ら変わらない存在なのだと認識した。
そんな彼女が戦場に戻ったらと考えると、不安を覚えずにはいられない。
きっと優しい芹奈ちゃんは、もう魔族を斬る事は出来ないだろう。思えば"猟犬"と戦った時も芹奈ちゃんは誰一人として殺さなかった。
「大丈夫ですよ、アリス姉さん。確かに芹奈さんはもう人を殺める事は出来ないかもしれませんけど、だからってみすみす倒されることはないはずです」
私がうじうじ悩んでいると、カミラちゃんはまるで私の心を読んだかのように的確な言葉を投げかけてくれた。
本当、私って考えている事が顔に出やすいんだなぁ。
「ありがとう、カミラちゃん。……そうだね、戦う事が嫌になった訳じゃないんだもんね。きっと大丈夫」
「お兄ちゃんは心配性過ぎるのよ。あ、そうそう聞いてよカミラさん! ウチが再入院した時なんだけど、お兄ちゃんったらーー」
「ストーーップ!! それ以上はダメ! そらよりほら、芹奈ちゃんに頼まれたんだし偵察に行こう、そうしよう!!」
「誤魔化した」
「誤魔化しましたね」
私は黒歴史の追求から逃れるべく、スタコラサッサと偵察任務へ向かうことにした。
後ろでコソコソさくらがカミラちゃんに囁いていたみたいで、カミラちゃんが悶絶しているけど気にしないことにしておく。
まったく、こっちの二人は緊張感がなさ過ぎるよ……。
私は溜息を吐きつつ浮遊魔法で空高くへと飛び上がり、身体強化で視力を極限まで高めて国境側……、つまり西側の様子を探る。
「西から南西にかけては今のところ敵影無し、かな」
流石に国境全てでドンパチ戦っている訳じゃないし、当然と言えば当然なんだけどね。
問題は敵が迫っている北西側だ。既にハノーヴァー伯爵領まで侵攻しているって言ってたけど……。
「……っ!? そ、そんなことってある!?」
予想に反して、特に戦闘が行われているような形跡は一切無い。だけど、これは……。
この辺りは辺境というだけあって、深い森に囲まれている。それこそ、魔境の森よりも深い森に。
そして所々に平原があって、そこには野生のヤギや鹿の姿も見える。正に人の手が入っていない、この国の原風景だ。
そんな景色が、とある場所を境に一変している。
そこに広がるのは、まるで巨大なハリケーンか何かが通り過ぎた後のような悲惨な光景だった。
「もはや映画の世界だね……」
北の先からこちらへ向かって一直線に、森が薙ぎ倒されて出来た道が伸びている。その道の先端付近にはここから見ても眩しい光る点があって、その後ろにはゾロゾロと悍ましい数の魔族が続いている。
でも戦闘が起きている気配は無いから、おそらく王国軍側は降伏しちゃってるんだろうね。まあ、蛮勇を振り絞って命を捨てるよりも正しい選択だと私は思うけど。
「距離と移動速度からここに到達するまでの日数を考えると……、えーっと、多分三日くらいかな」
自分で言ってて嫌になってくるな……。
あと三日で、この状況を作り出したと思われる光と数千の魔族兵がこの村にやってくる。
あの破壊力を考えると、多分この村なんて存在すら本気で気付くことなく消滅させちゃうんだろうな……。
そんな百鬼夜行のような恐怖の軍団がやってくるまで、たったの三日。もはや私達から打って出る他に、【ウォルド村】を守る方法は無さそうだ。
私は頭が痛くなる思いをしながらゆっくりと地面に降りて、かみらちやとさくらに状況を説明した。
二人とも流石に状況の厳しさを思い知ったみたいで、顔が強張るのが分かった。
「状況は最悪、ですかね。普通に考えればですけど」
「そうね。ウチらにはお兄ちゃんがいるんだもんね。それに勇者も、両面宿儺だっているし」
それでも勝算有りと考えられるメンタルを持っているのは心強い。ここで自信を無くしてしまうのは、それはそれで勝ちの目を潰すことになってしまうからね。
まあその自信の源が他人なのは問題だけど。
「とりあえず、この状況を芹奈ちゃんに報告しないとね」
「そうですね、と言いたいところですが……。芹奈さんは何処へ行ってしまったんでしょう?」
「あっ」
ミスった……。
村長さんの家が何処かなんて私達に知る由もないし、その状況で集合場所すら決めて無いとか馬鹿すぎた……。
ま、まあその内話を終えた芹奈ちゃんが"世界眼"を使って帰ってくるだろうし、それまでは待つしかないかな。
さて、どうやって暇つぶししたものか。そんな事を考えていた、その時だった。
「おや、君達はもしかしてアリスさんとカミラさんですか? 国王陛下から話は聞いていましたが、見違えましたね」
「あら、あの時はわたくしと同じくらいの背丈でしたのに……。少し妬けてしまいますわ」
突然背後から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
それは、私とカミラちゃんが仲良くなるきっかけをくれた人達の声で……。
「ご、ご無沙汰しておりますハノーヴァー伯爵、ニーナ様……」
振り返るとそこには、ここハノーヴァー伯爵領の領主様であるフェルディナント・フォン・ハノーヴァー伯爵とその娘、ニーナ・フォン・ハノーヴァー様の姿があった。
ど、どうしてこんなところに……?