閑話 永遠に
どうしてこうなった?
とりあえず、状況を整理しよう。
私は今、妹とデートしている。具体的には金槌の音が響く要塞都市にある、小さくともお洒落な喫茶店でお茶を飲んでいる。
それだけならまだいいんだけど、直前にさくらが恥も外聞もなく叫んだ言葉によって店内のお客さん並びに店員さん全ての注目を集めてしまっているこの状況に問題がある。
詳しい会話の内容は割愛するとして、問題になった発言はこれだ。
「違うの! ウチの言う好きは兄妹としてのじゃなくて……、こ、恋人になりたいって、そういう意味の好きなの! 勘違いしないでよね!」
何その逆ツンデレはって思ったりもしたけれど、そんなことより問題なのはこの発言を人間の街フォルトでしてしまったことだ。
この世界の人間社会では、未だに同性愛が忌避されている。その上ここフォルトで私は有名人だ。
私自身は全然活躍出来なかったと思ってるけど、"紫の夜"を鎮めた功労者として、そして王様と直談判して復興支援を要請し、自身でも復興のお手伝いをして、更に勇者と共に馬車事情に革命を起こした脅威の7歳児として知られてしまっている。
今さくらは私と一緒にいても不審がられないように7歳時の前世の姿に『擬態』してるんだけど、それでも、いやそれ故に注目を集めるのは必然だった。
だって、側から見たら幼女が幼女に告白してるんだから。
「ちょ、ちょっとさくら!? 場所! 場所を考えて!」
一瞬思考の渦に巻かれてしまいそうになりながらも、私は必死にさくらの口を押さえようとして、しかしその"怪力"によって簡単に防がれてしまう。
「知っこっちゃないわ! いいえ、むしろ好都合よ」
「いやいや、どこが!? 何だかすごく生暖かい眼差しで見られている気がするんだけど、どこが好都合なの!?」
「ウチの好きがただの兄弟愛なんかじゃないって、流石のクソ鈍感スケコマシにも分かるんじゃないかなって思って」
「酷い言われようだけど、た、確かにここまでされたら疑わないかも……」
というか、何で周りのお客さんは皆んな微笑ましく私達のこと見守ってるの? 何処に行ってしまった同性愛忌避。
「この街ではもうお兄ちゃんがそういう人だって、とっくに広まっているんだよ? 知らなかったの?」
「ちょっと待って、今何て言った?」
とっくに広まってる? なんでただ一個人の恋愛事情がそんなに知られてるの? プライバシーってものは無いの??
「お兄ちゃん、頭良い癖にこういうのには本当に弱いわよね。いい? 三人ともそもそも有名人なのは流石に分かってるみたいだけど、そのカミラさんと芹奈さんがお兄ちゃんにべったりなんだもん。あれで分からない方がおかしいわよ」
……そんなに分かりやすくイチャイチャしてたんですか私達?
あまりに心外で怪訝に思いつつも周りを見渡すと、皆さん揃ってとても深く頷いた。
マジか。
「お兄ちゃんにその気は無くても、あの二人を見てれば一目瞭然。ウチだって、二人を見た時すぐにお兄ちゃんに恋してるって分かったもの」
「そんなに分かりやすかっただなんて……。私、二人に好かれてる事にすら全然気付かなかったのに」
「だからクソ鈍感スケコマシって言ってるのよ。ウチだって、お兄ちゃんのことが好きなんだってカミラさんと芹奈さんにはすぐにバレちゃったし。それをずっと兄妹愛だって思ってたお兄ちゃんは、紛れもないクソ鈍感よ」
一体今日だけで何回クソ鈍感と言われたのだろうかと思いつつも、それも仕方ないかなと思わされる周囲からの眼差しに居た堪れない気持ちになる。
というか、誰もさくらが私のことをお兄ちゃんって呼んでる事には疑問を持たないのだろうか?
「お兄ちゃん今現実逃避で全然違うこと考えたたでしょ?」
「うぐっ!?」
そして相変わらず私は考えていることが全部顔に出てしまうタイプらしい。
……こうなってしまっては、流石に私も答えを出すしかないだろう。
けれど、姿形は違えどやっぱり妹に恋愛感情を抱くのは難しいというのが本音だ。これは倫理観とかそういう話とは違う、気持ちの問題だ。
だから私は、ゆっくりと首を横に振った。
それを見て、さくらは泣きそうになるのをグッと堪えるように唇を噛み締める。私はその事に強い罪悪感を覚えつつも、考えを変えることはしない。
「ごめんさくら。やっぱりそういう、その、恋愛感情を抱くことは出来ないみたい」
そうハッキリと言葉にすると、それまで目の淵に溜まっていた涙が頬を伝う。
「……うん、分かってた。お兄ちゃんはそう言うだろうなって、ウチも分かってはいたのよね。あぁ、でも……、分かっていても、辛いなぁ……」
「……っ!?」
その時だった。まるで直接胸の奥を掴まれたような苦しみに襲われて、私は思わず胸を押さえて蹲る。
な、何なんだこの気持ち……? 罪悪感に襲われて胸が痛んだ? いや、そんなレベルじゃない!
「だ、大丈夫お兄ちゃん!?」
慌てて駆け寄ってくるさくらと、同じく慌てたような様子のお客さん達を見やりながら、私はこの気持ちを必死に理解しようとしていた。
必死に私の背中を摩りながら、心配際に私を見ているさくらと目が合うだけで何故か顔が熱くなる。
何これ? これじゃあまるで私がさくらに恋してるみたいな……。
いやいや、相手は妹だよ? 第一、ついさっきまでは全くこんな気持ちにならなかったのに。
私が自分で自分の心が分からなくて困惑していると、何かに気付いたらしいさくらがニヨニヨと楽し気な笑みを浮かべ始めた。
「あ〜、そういうことね。これなら落とすのも時間の問題かな?」
「お、落とすってお前な……」
「それじゃあ行こっかお兄ちゃん♪ デートはまだまだこれからが本番だよ?」
「えっ? あ、ちょっと待って、引っ張ったら服が伸びちゃうからーっ!」
笑顔でお金を机の上に置いてから私を引っ張っていくさくらと、その様子をなんだかめちゃくちゃ暖かい目で見てくるお客さん達を必死に睨みつけるも、"怪力"の前に私は成す術もなくズルズルと引きずられていく。
意味の無い抵抗をしながら私はふと思った。
私ってもしかして、結構クズの素質あったのかなって。
だって私、最初に芹奈ちゃんに恋をして、更にカミラちゃんとまで恋仲になって、それでいて今度は妹にまでそういう感情を抱きつつあるんだよ?
こんなの日本だったら絶対に許されないことだし、事実私だって最初は忌避していた。
それとも、私が重婚が一般的なこの世界に生まれ育ったから? それとも吸血鬼になったことでよりこの世界に馴染んだとか?
……どんな理由にしても、ちょっと自己嫌悪しちゃうな。
よっぽど私が暗い顔をしていたのだろう。さくらは私を引っ張りながら呆れたように溜め息を吐いた。
「……はぁ、お兄ちゃんが何考えてるのか分かるから言っちゃうけどさ、気にしすぎなんじゃないかな?」
さくらはそこで一度言葉を区切り、空を見上げて一つ頷く。
「だってさ、ウチらはもう日本人じゃないんだよ? 前世の記憶を持ってるだけで、この世界に生まれたこの世界の住人。だから気にする必要なんて無いのよ」
「……そう、なんだろうね。でも、頭では理解しても心が追いつかないというか」
「見てれば分かるわよ。だからゆっくりでいいから、ウチの気持ちと向き合ってくれると嬉しいな」
「そう、だね。うん、そうするよ。ごめんね、こんな情けない兄貴で」
「そんなの気にしないでいいわよ。だってウチらは……」
さくらは私の手を離し、そしてゆっくりと振り向く。その顔には、世の男全てを惚れ落としてしまいそうな程綺麗な笑みが浮かんでいた。
「だってウチらは、永遠に一緒にいられるんだから!」