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転生少女は異世界で旅に出ます  作者: 沢口 一
第五章 七つの大罪編
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閑話 とある夜の一幕④

「チッ、こりゃ流石に不味い展開だな」


 暗闇の中、目を細めて台上に置かれたボードを見ている男の舌打ちが響く。


 ボードには魔族領の地図が描かれており、そこに六つのピースが置かれている。その内二つのピースがそれぞれ【ナルカミ村】と【トーノ村】を示す場所で倒されていた。


「(ご主人様は共闘しろと言っていたが、やはり俺らには到底無理な話だった。だが、それにしてもこの結果は不味過ぎる)」


 男は焦る。"嫉妬"が裏切るのはまだ予想の範疇だったが、"怠惰"まで撃破された上に消息不明、且つ彼が率いていた強力な"猟犬"達も壊滅状態にある。


「(特に不味いのは、勇者やアリス達が高度な転移魔法を持っている可能性が高いってことだな。でなけりゃ、【ナルカミ村】から【トーノ村】までこの短期間で移動するのは不可能だ。もし仮にその魔法が『テレポート』のように記憶を参照するものだとしたら、既に魔王城は安全地帯になり得ねぇ)」


 男は戦慄する。盤上に立って残されたピースの配置はバラバラであり、全く統率が取れていない。


 それどころか、情報交換すらできていない状況にある。つまり他の大罪メンバーは、誰一人として"怠惰"が敗れた事を知らないのだ。


 更に不味い事に、どういう訳か魔王の配下が二人消えたという情報が人間軍に知れているようなのだ。


 それにより、戦争の前線では配下の層が薄くなった魔族側が押される形となってしまっている。


 やはりアリス達を無理に深追いするべきでは無かったのだと歯噛みする男だったが、時すでに遅し。


「(こうなった以上俺も前線に出るしかねぇが、そうすればアリス達を追うことは出来ねぇ。そうなれば、ご主人様からの命に背く事になる……)」


 しかしこのままではアリス達を取り逃がすどころか、人間との戦争にも負けてしまう。


 男は怒りに任せて盤上に倒れていた二つのピースを叩き壊す。


「……荒れているようだな、レオ」


「チッ、その通りですよご主人様。今の俺はちっとばかり機嫌が悪ぃ」


 いつの間にかレオの向かいの椅子に別の男が腰掛けており、レオに呆れたような視線を送っていた。


 ご主人様と呼ばれたその男は少しばかり顎に手を当てて何かを思案するような素振りを見せた後、一つ頷いてからパチンと指を鳴らした。


 その刹那、レオの目の前であり得ない事が起きた。


 彼がご主人様と呼ぶ男のすぐ横の空間が、文字通り切断されたのだ。


 ノルトハイムの王子が使った魔剣とは違う、本物の空間切断。


 そうして出来た切れ目から白く小さな手が現れ、切られた空間の端を掴んでぐいっと引っ張った。


 すると掴まれた空間はまるで布のように皺を寄せて、人一人通れる程度の光子一つ通さないほどの暗黒空間が生じた。


 その闇から、一人の少女が姿を現した。


 麗しき長い黒髪を携えた、童顔ながらもこの世のものとは思えない程に美しい少女。


 彼女はかつて勇者が用いていた聖衣でその身に包み、右手には聖剣を握っている。


「おいおいおい、そりゃいくらなんでも出鱈目過ぎやしねぇか? 擬似的じゃねぇ、本物の空間切断だと?」


 アジ・ダハーカの加護を持つ魔族には扱えないはずのそれらを持ち、かつ本物の空間切断を行うなど魔族の常識から余りにもかけ離れている。


 "聖魔反転"の秘術。それを扱える者は、魔族の長い歴史の中でもただ一人しかいない。


「呼びましたか? お父様」


「うむ、お前に頼みがあってな」


「頼みなどと仰らずとも、お父様の命とあれば私は断りませんが」


 そう言って首を傾げる少女からは、全く怒りの感情が見えない。その事に、レオは酷く気分を害した。


「……本当に記憶、消したんだな」


「疑っていたのか? 我が嘘を吐く道理などあるまいに」


 そついうことじゃねぇよと呟いたレオの声は男には届かず、彼は話を続ける。


「兎に角、これは命令ではなく依頼だという事にして欲しい。その方が都合が良いのでな。それで、引き受けてくれるか?」


「無論です、お父様。私の命は魔王であるお父様の、そして魔族の発展の為にあるのですから」


 その言葉を聞きながらレオは、「(ああ、戻っちまったな)」と一人嘆いた。


 人間の生態を学ぶためにあの村へ派遣される前の、誰よりも魔王に従順で、冷徹な姫君に。


「現在、人間との戦争は劣勢状態にある。その原因は……」


 魔王と呼ばれた男は冷めた目でレオを見遣る。


「我が配下の無能さによるものだ。唯一智略に長けたレオでさえも、やはりあの者どもを動かすには足りなかったようであるな」


 レオはその言葉に歯を食いしばった。怒っているのではない。悔しいのだ。何故ならその事実を、恐らく誰よりも理解してしまっているから。


「……すまねぇな。ご主人様の言う通り、俺にはちと荷が重い」


「そういうことだ。故にお前に頼みたいのだ、我が娘サリィよ」


 サリィと呼ばれた少女は、魔王の言葉にふっと顔を綻ばせる。


「なんなりとお申し付けください、お父様」


「ふむ、我はとても良い娘を持てたことを誇りに思う。お前に頼みたいのは他でもない。戦場に赴き、その力と聖剣を使い敵軍を滅殺するのだ。最悪味方を巻き込んでも構わん。我が求めるのは、此度の戦争における勝利只一つ故にな。……もう一度問う。頼めるか?」


 魔王は、何かを探るような眼差しをサリィに向ける。その事を訝し気に思うレオであったが、件の少女は全く笑みを崩す事なく頷いた。


「承知しました、お父様。私とこの聖剣にお任せください。必ずや期待に応えて見せます」


 サリィは聖衣の端を摘み上げて貴族のような礼をした後、聖剣を振るい空間を切り裂き、出来た穴の中へと消えていった。


「……マジで出鱈目だな、あの娘は。あんなの、勇者でも、ましてやご主人様でも敵わないんじゃねぇのか?」


 その言葉に、魔王は嫌な顔一つせず素直に頷いた。


「それ故に、戦況を変えるには持ってこいの逸材であろう?」


「だが分からねぇな。それなら先に、厄介なアリスや勇者を先に始末させた方が良い気がするんだが」


「念の為だ。万が一でも記憶を取り戻されたなら、この国は滅びる故」


 その言葉にレオは思わず息を呑んだ。


 サリィが記憶を取り戻してしまったら、魔族領が滅びると言い切ったのだ。


「レオ、お前はアリスの元へ向かえ。今度は殺せとは言わぬ。足止めをするのだ。アリスや勇者が戦場へ向かわぬようにな」


「……成る程、それは必要な仕事だな。いいぜ、受けてやる。他の配下も連れて行っていいんだろうな?」


「ほう、これまで出来もしなかったのにか?」


「今回は交渉材料があるからな。それでもダメな奴らは放置するさ」


「ふむ、それならば構わん。好きにしろ。どうせ戦況は、サリィ一人でいくらでも変えられるのだから」


 レオは頷き、そして『テレポート』を使って部屋から去って行った。


 一人残された魔王は溜め息を一つ吐き、そして彼もまた部屋を去っていく。



 この日、絶妙なバランスで保たれていた天秤が大きく傾いた。


 サリィ・コリンナという只一人の少女の手によって。

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