第四十五話 人を呪わば穴二つ
「そうか、その子も彼の魔王の配下であったのか」
「元、ですけどね。彼女はその、私と深い縁があって旅に同行することになったんです。そうでなくても、先程話した件で魔王を裏切る事は決まっていたんですけど」
私は、さくらが前世で肉親だったという件については伏せつつも、それ以外のことに関しては包み隠さずギルマスとサキさんに説明した。
二人とも、流石にさくらが元七つの大罪であったと聞いて難しい顔をしていたけれど、四の五の言わずに立た去れと言われないだけ有難い。
「ここまでは『転移門』でやって来た上に『擬態』もしていました。キルシュの両親がここにいる事は、絶対にバレません」
「それは理解している。であるが、彼らを受け入れるには大きな問題が二つある。それが何か、アリスならば分かるな?」
「一つが、もし彼らが魔族であると判明した場合にどうするのか、対処法と責任の所在を決めておく必要がある。もう一つが、ピグロという存在そのものの懸念ですね。オイゲンさんみたいに何かしらの理由で記憶を取り戻すかもしれない、或いは魔王に位置特定されるような術が施されているかもしれない。その可能性が拭えないうちはピグロを此処に滞在させるわけにはいかないってことですね」
「正解だ、アリス。正直なところ一つ目の問題についてはそこまで心配はしておらぬ。他ならぬ君が連れて来たのだ。下手な事はするまいて。……であるが、ピグロとやらについては別故な」
私の計画通り、さくらの両親がフォルトに滞在する事については特に問題無いと感じているらしいギルマス。
でも、急遽一緒に来る事になったピグロについてはやはり難しいみたいだ。
彼らにはオイゲンさんが一度記憶を失いつつもそれを取り戻した件についても伝えてあるから、不安に思うのは当然だ。記憶消去魔法は完全では無い、その生きた証拠がいるんだもんね。
それに人間である彼らが闇属性魔法について熟知している筈もなく、私の行った記憶消去がどの程度信用できるものなのか計れていないのも事実だろう。
「わたしから言わせて貰えば、さっき有栖君が言ったような魔王による細工は無いと断言できるわ。"世界眼"で確認したから、間違いないと思う」
「……成る程、勇者様の持つというあの伝説のスキルか。それならばその心配はしなくてよいな」
「でもよ、アリスの記憶消去がどんくらい効果あるかは実証できねぇんだよな? 初めて使ったんだろ、それ」
サキさんの言う通り、私は今回記憶消去の魔法は初めて使った。
「記憶を書き換えた事はあるので、記憶操作自体は経験があります。ですが今回みたいに長年蓄積してきた大容量の記憶の完全消去は、確かに初めてです。その上私は知っての通り元々は人間ですので、自分の腕が完璧だと保証もできません」
「相変わらず素直で良いが、それならばどうする? 何か策はあるのか?」
ギルマスの目がスッと細められ、私は緊張から冷や汗が出るのを感じる。
当然私は答えを用意してきた。けれど、それがギルマスにとってどう映るのかまでは予想ができない。
だってその答えは、少し人道から外れているものだから。
「策は、あります。……私がピグロに呪いをかけます。害意のある者を除いた人間への殺意、又は魔王に対する忠誠心を示した時に、死ぬ呪いを」
私がそう告げると、ピグロは息を呑んだ。本当は今の純真無垢なピグロに聞かせたくはなかったけれど、敢えて聞かせた。
何故ならこの呪いは、例え記憶を取り戻さなくても発動するものだからだ。彼が何かしらの理由で人を殺そうとしたり、或いは魔族側へ寝返った場合にも死んでしまう、そんな呪い。
「それならば、確かにフォルトの安全は保証される。だがアリス、人を呪わば穴二つ。発動したならば、その呪いは必ず君の元へ帰るであろう。それでもよいのか?」
そう、呪いとはそういうものなのだ。この世界での呪いとは、魔法ではない。アジ・ダハーカの加護を使った、ピグロが使っていた"言霊"とかに近い術なのだ。
特徴としては、無効化されない代わりに代償として呪いが発動すると全く同じ効果が術者本人にも適用されてしまうこと。
今回であれば、発動したらピグロは死ぬ。つまり同じ効果が私にも適用されて、私も死んでしまうのだ。
つまり私は、自分の命を担保にしてピグロのフォルト移住をお願いしているのだ。
「はい。それだけの覚悟を持って私は今ここにいます」
「……カミラよ、君はそれで良いのか? いくら不死身の吸血鬼と言えど、呪いの前には無力なのだぞ」
「全然良くないです。私は最初から最後まで反対していました。……ですが、こうなったアリス姉さんは強情でして」
「だって、私にはこれしか思いつかなかったんだもん。でもこれなら、フォルトの安全は絶対に保証されるんだし」
「いいですか、アリス姉さん。私にとって一番大切なのはアリス姉さんです。例え人間や魔族が滅びようとも。アリス姉さんがいれば構わないと思っているくらいには」
あ、相変わらず愛が重いよカミラちゃん……。でも、他に案が思いつかないから仕方なかったんだよ。
「やはりそうであるか。全く、君の他人の事を気遣うあまり自分の事を蔑ろにしてしまうその癖は相変わらずなのだな。それではカミラも勇者様も苦労するだろう」
「まったくです。プンスカです!」
「わたしも有栖君のそういうところだけは嫌いなのよね。お人好しも過ぎると困っちゃうわよ」
「わ、悪いとは思ってるんだけどさ……。じゃあ二人は何か思い付いたの?」
「いえ、全く代案はありませんが」
「有栖君、わたしがそんな事思いつくと思ってるの?」
ひ、開き直ってるー……。
確かに二人には期待して無かったけど、そんな胸張って言うことなのかなそれ?
私は最後の希望とばかりにさくらの方へ顔を向け……。
「あ、ウチもそういうの無理だから。頭使うのはおに……、アリス担当だから」
「ぐぬぬ……、絶対考えるの面倒なだけでしょ!」
「あ、バレた?」
そんな様子の私達に呆れたのか、ギルマスは大きく溜め息を吐く。
私が内心不味いなと思い始めたその時だった。
「がははは! それならば、オレがその役を買って出るとしよう」
ニヤリと口角を上げたオイゲンさんが立ち上がってそんな事を宣うたのは。
「ちょ、ちょっとオイゲンさん!? いくらなんでも、まだ信頼関係が築けていない貴方が呪者になっても意味が……」
「そんなことはないだろう。此方のギルドマスターは、オレ達についてはアリスに免じて信じてくれると言っていただろう? それなら問題はない筈だ」
「それとこれとは話が別で……」
いくら何でもこれだけ重大な事を背負わせる程の信頼を寄せてくれるとは思えないんだけど……。
しかしギルマスの反応は予想していたのとは真逆のものだった。
「成る程、それは名案だ。それならばピグロ含め彼等全員のフォルト移住を認めても構わんぞ」
「ええっ!? それでいいんですか!?」
「寧ろ都合が良かろう。一連托生、義理とはいえ親が息子の責任を持つのは当然である上、呪いの返される相手がフォルトの恩人であるアリスでは吾輩としても反対する他無い故な」
「その上今この場には"世界眼"の使い手たる勇者様がいるんだ。なら呪いが正しく掛けられたのかどうか確認も出来んだろ? それなら完全に信頼出来ない相手でも問題はねえ。そうだろ?」
ギルマスとサキさんはさも当然かのようにそう言った。
……確かに私は、自分を蔑ろにし過ぎているのかもしれない。
今回は私の発案した計画に則ってオイゲンさん達をフォルトに連れて来た。だから彼らに出来るだけ負担をかけないような方法ばかりを考えてしまった。
けれど移住するのは彼らだし、恩恵を受けるのも彼らなんだ。それなら少しは、彼らに重荷を背負わせてしまっても良かったのかもしれない。
「……そうですね。それではオイゲンさんにお願いしようと思います」
「がははは! そう来なくっちゃな!」
「よろしい。それでは冒険者ギルドフォルト支部のマスターとして、正式に君達の移住を承諾する」
快活に笑ったオイゲンさんとギルマスがガッチリと硬い握手を交わし、こうしてオイゲンさんとマリーさん、そしてピグロが正式にフォルトの住人となることが決定した。
なんか最後は全部オイゲンさんに持っていかれちゃったけど、まあ終わりよければ全て良しだよね。
私はポカポカとカミラちゃんと芹奈ちゃんに叩かれながら、無事に交渉が終わった事にホッと胸を撫で下ろすのだった。