第四十三話 再びフォルトへ
「ここが、最後に来たかった場所なんですね」
「ああ。彼女がいなければ、オレはとっくに折れていた。大切な恩人なんだよ。だからせめて、お別れの挨拶をしたくてな」
あの騒動から数週間、私達はさくらの家族を引き連れて野営生活を送っていた。理由は単純で、魔王の命令で派遣された直属の配下が倒されるという前代未聞の事態によって、【トーノ村】に増援が派遣される事が容易に想像できたからだ。
実際何度か『擬態』を使ってさくらの家を偵察しに行ったら、案の定敵性反応がこれでもかという程あったから、この判断は正解だったと思ってる。
本当ならすぐにでも『転移門』で逃げ出したかったところなんだけど、生憎魔力がすっからかんになっちゃってたからね。
しかも定期的にカミラちゃんとさくらに吸い取られていくから、全快するのにも結構な時間がかかってしまった。
相変わらず芹奈ちゃんから吸おうとしないカミラちゃんと、何故か同じく私からしか吸おうとしないさくら。
まあ、芹奈ちゃんが乱れてしまうと魔力酔いを解消してくれる人材がいなくなっちゃうからいいんだけどさ。
それでも漸く『転移門』を使える目処が立ったので、最後に行きたい場所に護衛としてついてきたのだ。
マリーさんの方には、カミラちゃんと芹奈ちゃん、そしてさくらが着いて行った。いくらなんでも私とあの三人にそれだけの戦力差があるとは思えないんだけど、何故か三人は頑なに私と離れたがったんだよね。
もしかして、何か嫌われるようなことしちゃったのかな?
私が一人悶々としていると、いつの間にか挨拶を終えていたオイゲンさんに肩を叩かれた。
「もうここに用は無い。帰ろうか」
「……分かりました。行きましょう」
私はそんな気持ちを振り払うようにブンブンと首を振ってから、オイゲンさんと一緒に野営地に帰る。
道中物寂しげな表情を浮かべるオイゲンさんを見ると、私の選択がどれだけ正しいものだったのかもわからなくなってくる。
いやいや、これは今私が少しナーヴァスになっているからそう思っちゃうだけだ。"怠惰"まで失った魔王は、確実にオイゲンさん達を狙うはず。
最早彼らにとって魔族領で安全な場所なんて、何処にもないはずだ。
「……寂しいですか?」
それでも、思わず口に出てしまう。
「当然だな。だが、後悔はしていない。オレにとって今一番大切なのは家族だ。その安全のためなら何だってするさ」
「その家族に、ピグロは入っていますか?」
「正直言って難しいな。あれからまだ一月も経っていないから、オレもまだ心の整理が出来ていないんだと思う」
元魔王の配下であった"怠惰"のピグロは今、オイゲンさんとマリーさんの養子になっている。
オイゲンさんは即答しなかったし、最初は断られるかもと思ったんだけど、マリーさんがあっさりと彼を養子にすることを決めてしまったのだ。
一応ちゃんと彼がオイゲンさんの記憶を奪ったこととかさくらの命を狙ったことも伝えたんだけど、そんなの関係ないって一蹴されてしまった。
「この子、今は記憶も身寄りもないのよねぇ? それなら迷うことはないわぁ。それにあたし、子供大好きなの〜」
とは、マリーさんの言である。
「いい奥さんですね」
「ああ。この世に二人といない、最高の嫁さんだよ」
そう言って一片の曇りもない笑顔を浮かべるオイゲンさんを見ていると、私もそんな事を言えるような結婚をしたくなってくる。
それと同時に愛しい二人の顔が思い出される。
なんだかんだ言っても、私はそうなる事をこんなにも望んでいたのかと思い知らされたみたいでちょっと恥ずかしいな……。
「どうした? 顔が赤いぞ……、ってそういう事か。なあアリス、本命はどの子なんだ? それとも、もしかしてうちのキルシュだったりするのか?」
「そ、そそそんなの恥ずかしくて言えないですよ!」
「がははは! そりゃ悪かったな。マリーやアイシャが余りにもオープンだったからな。よくそれでキルシュにもデリカシーが無いって怒られたもんだ」
「思春期の娘にお父さんがそれ聞いちゃダメだよ……」
私達がそんな事を言いながら野営地に帰って来ると、そこには既に芹奈ちゃんとカミラちゃん、さくらにマリーさんが揃っていた。そして勿論、ピグロも。
どうやらあちらさんも恋バナをしていたらしく、マリーさんとピグロを除いて皆んな一様に顔を真っ赤に染め上げていた。
まあでも、この様子なら【トーノ村】を発っても問題は無いかな。オイゲンさんとマリーさん、二人が揃っていればきっと何処でも楽しく生きていける。
今初めて、そう信じられた気がするよ。
「それじゃあ行きましょうか。人間の街へ」
皆んなが頷くのを確認した私は、すぐに『転移門』を作り出す。
全快するまで待ったから半分以上の魔力を残せたから、仮にこの後問題が起こってもすぐに対処出来るかな。
もうそうそう起こらないとは思うんだけどね。
私はそれから皆んなの手を引いて『転移門』を潜る。その瞬間、辺りの景色が鬱蒼とした森から石造りの街並みへと一変した。
転移した先は、城壁に設置された小屋の屋根。ここなら転移した瞬間に人とぶつかる事故とか、気付かずに『転移門』を潜ってしまった一般人が魔族領へ転移する神隠しも起きないと思ったからね。
それにこの小屋もまた石製だからすごく頑丈だし、倒壊の心配も無い。まったく、我ながら良い転移先を見つけたぜとか思っていい気になっていた私だったけれど……。
「動くな!! 何者だ貴様ら!!」
まさか転移してすぐに剣を突き付けられるとは思わなかった。流石は【要塞都市フォルト】、優秀な指揮官だったカイドさん亡き今も、兵士さん達はやっぱり優秀だった。
それから私はオイゲンさん達が魔族だって事は伏せつつすぐに事情を説明したけれど、芹奈ちゃん以外全員『擬態』した姿だったこともあって即連行されてしまった。
「だからわたしは勇者なのよ!? 何でわかってくれないのよ!」
「はいはい勇者ねー、凄いねー怖いなー」
「あなた絶対信じてないわよね?」
「信じてますよー、多分、きっと、それなりには」
と、そんな感じで唯一素顔を晒している芹奈ちゃんでさえも全く信用されない始末。確かに芹奈ちゃんは基本的に王都か戦場にしかいなかったから、顔を知られてなくても不思議では無いのかな。
勇者たる証の聖剣も聖衣も全部盗まれちゃってるし。
馬車改良の件で民の知名度は高いしいけるかなーって思ってたんだけど、だめでした。
「わたし頑張ったのに……、泣いていいかな有栖君?」
そう言いながら既に目尻に涙を溜めている芹奈ちゃんが可哀想過ぎて撫でて慰めようかと思ったけど、残念ながら私達は今手に縄を掛けられているのでそれすら出来ず。
そうして私達は懐かしきあの場所、冒険者ギルドフォルト支部へと連れられていったのだった。