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転生少女は異世界で旅に出ます  作者: 沢口 一
第五章 七つの大罪編
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第三十五話 怠惰

「はぁあああ!!!」


 今まで聞いたことが無い程の気合と共にさくらが拳を突き出すと、その先にいた数人の"猟犬"達は錐揉みしながら何メートルも吹き飛ばされて一瞬の内に意識を刈り取られていった。


 それどころか、何人かは首の骨を折られて死んでいるかもしれない。強力な爆弾が生み出す衝撃波のようなそのとんでもない威力に、私は戦慄した。


 "怪力"に覚醒し、本気を出したさくらの強さは正に戦略兵器にも並ぶと言って差し支えない程のものになっているみたいだ。


「ここは片付いたわね。お兄ちゃん、先を急ごう」


「う、うんそうだね。急ごうか」


 焚き付けた張本人でありながら、私は正直ビビっていた。もしかしたら私は、とんでもない怪物を生み出してしまったのかもしれない。


 私達は今、さくらに持ってきてもらった【トーノ村】の地図と"猟犬"の配置から割り出された円の中心にある、教会へ向かっている。


 魔族領にある教会ということで、当然祀られている神はアジ・ダハーカなんだろうし、その加護を受けている魔族が最も力を発揮できるのは間違いなくそこだろう。


 状況証拠的"怠惰(アケディア)"がいるならここに違いないと踏んだ私達は、すぐに動き出したんだけど……。


「まさかあんなに強くなっていたなんて……。あれでは私の影でも捕らえるのは不可能ですよ」


 カミラちゃんも思わずといった調子でボソッと呟く。


 正直、現時点でのさくらの実力は私達の中でも一、二を争うと思う。


 今の衝撃波にはビックリしたけど、基本的にさくらの戦闘スタイルは所謂格闘家だ。剣すら使わず己の拳で戦う以上、その速さは段違い。


 特に発動まで時間がかかる魔法とは相性が良く、詠唱中の"猟犬"達はなす術もなく倒されていった。


 そして例え無詠唱でも、固めたイメージが具現化するまでには多少のラグがあるから、そこで詰められたならば勝ち目はないだろう。


 つまり、武器を予め持っておかない限り私でさえ勝てないかもしれないんだ。本気で戦ったら、土魔法で悠長に武器を作る暇さえ与えてくれないってことなんだから。


 そんなさくらは、行く先々で現れる"猟犬"達を一瞬で殲滅しながら教会へ向かって突き進んでいる。


 私達はそれをサポートする暇もなく、ただ後ろから着いていってるだけだ。なんか、思っていた展開と違う……。


 そして僅か数分の後に私達は教会へと辿り着いたのだった。いや、速過ぎるって。


「それにしても、何なんだろうこの禍々しい魔力は……」


「立っているだけで気分が悪くなってきますね。長居するのは危険だと思います」


「瘴気より更にヤバいこの感じ、流石は魔王の配下ね」


「……」


 さくらはそんな魔力を浴びて尚怯む事なく教会の扉を開いた。小さな村ということもあって控えめなサイズのその教会は、入り口から既に赤絨毯が敷かれていて、正面には祭壇が見えていた。


 そしてその祭壇にある説教台の上で寝転がる、小学生くらいの大きさの男の子が一人。気味の悪い魔力は、信じられないことにその少年から放たれていた。


「……"怠惰(アケディア)"のピグロ。それが、あの子の名前よ」


 "世界眼"で得た情報を耳打ちしてくれる芹那ちゃん。しかし、件のオイゲンさんの姿が見当たらない。


 私達が必死に視線を辺りへ巡らせる中、さくらだけがある一点を見つめていた。


 私達が首を傾げてそちらを見たけれど、やはり誰もいない。しかし芹奈ちゃんには何か見えたようで、剣を抜こうとしたもののさくらに制される。


「お父さん、今そこにいるんでしょう?」


「君にお父さんと言われる筋合いは無いが、成る程。どうやら血の繋がりは本当にあるようだな」


 不意に声が聞こえたと思った次の瞬間。さくらの視線の先、つまり祭壇の脇にオイゲンさんが現れた。


「オレ自身ガキを作った記憶なんか無いんだが、『隠匿』を破れるということは深い繋がりがあったということだ。若しくは勇者の理不尽な力でなら可能かも知れないが、魔族であるお前は勇者になり得ないし、まあ間違いないんだろうな」


 『隠匿』は、自分の姿を気配ごと完璧に消し去る闇魔法だ。これだけ聞くと最強クラスの魔法のように思えるけど、実用性は皆無だったりする。


 何故ならこの魔法は少しでも動いてしまったら解除されてしまうからだ。


 だから彼は『隠匿』で姿を隠しながらも攻撃してこなかった。


 ならどうして態々そんな魔法を使っていたのか。それはおそらく、さくらが本当に彼の子供なのかを確かめる為だ。


 オイゲンさんが言うように、『隠匿』は術者と深い繋がりがあって気配を覚えている相手には通用しない。


 記憶が無いのに深いつながりがあることが示されたなら、自分の記憶が"怠惰(アケディア)"に消されたことが明白になると彼は踏んだんだろう。


「ま、それが分かったからどうということは無いんだがな。少なくとも今のオレにとってはピグロ様が主人、お前らは標的(ターゲット)。それだけだ」


「……お父さん」


 けれど、それがどうしたと斧を構えるオイゲンさんの姿に、さくらの顔が苦痛に歪む。


「嘘ですね。オイゲンさん、それは嘘です」


 そんな重い空気を振り払うかのように声をあげたのはカミラちゃんだった。


「がはははは! オレが嘘をついている? 現実を受け入れられないのは分かるが、残念だがそれはない」


「はい、貴方自身もそう思っているのもまた事実でしょう。なので私達が今から、貴方の心の奥底に眠る想いを引き摺り出してあげます」


 カミラちゃんはそう言って、さくらに向かってウィンクする。


 ああそうか。カミラちゃんはオイゲンさんに声を掛けているように見えて、実際はさくらを鼓舞しているんだ。


 私は即座に土魔法で頑丈な籠手を作り出して、さくらに渡す。


「想いは必ず届く。だから諦めちゃダメだよさくら」


 私がオイゲンさんに聞こえないように小さく耳元で囁くと、さくらはしっかりと頷いた。


 それを見てニヤリと笑ったオイゲンさんが、斧を振りかぶって駆け出そうとしたその時だった。


「ふあ〜ぁ、よく寝たなぁ。あれ? 君たちは……、誰?」


 その時、聞くだけでこっちまで深い眠りに誘われそうになる虚ろな声が響いた。


 私は自分の頬を叩いてなんとか睡魔を吹き飛ばしたけれど、それでもまだ眠気が無くならない。


 い、一体何なんだあの声は……!?


「おはようございますピグロ様。今日もまた随分と変な場所で寝ていましたね」


「僕の身体の大きさ的に、ここが最適だっただけのことさぁ」


 まるで一言一言が『催眠術』みたいに、眠気が凄まじい勢いで増していく。


「う〜ん……、あっ、僕分かったぞ! あっちがアリスであっちが勇者だね! 流石は僕の"猟犬"達、捕まえてくるのが早いなぁ」


 いや捕まってないんだけどね、と突っ込みたくなったけれど、そんなことよりも睡魔が勝って……。


 私はなんとか膝をついて意識を保ちながら、私を含めてふらふらになった皆んなに『キュア』を施して眠気を飛ばす。


 一応はこれで対処できるみたいだけど、この力は……。


「ピグロ様、お言葉ですが"猟犬"は道端に転がる糞程の役にも立ちませんでした。彼女達は、自力で貴方様の居場所を突き止めてやって来たのです」


「ふ〜ん、君たちは強いんだねぇ。じゃあ仕方ないから僕が相手になってあげるよ。今日はたくさん寝たから、十分くらいなら動けるかなぁ?」


 十分くらいなら、ね。それはつまり、私達程度なら十分あれば倒せると言っているようなものだ。


 随分なめられたものだけど、考えようによっては都合が良いとも言える。彼が本気を出さない内に潰すことが出来れば……。


「じゃあおやすみ、アリス」


 その瞬間身体から力が抜け、気付いた時には天井を見上げていた。


 い、一体何が起きたんだ……?

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