第三十二話 蹂躙
「芹奈ちゃんよろしく!」
「了解っ! "千里眼"!!」
「それ、わざわざ叫ぶ必要あるんですか?」
「いやないけど。こういうのは形から入るものなのよ。それじゃあ位置情報を共有するわね」
すると突然、壁越しに赤いシルエットの人型が映し出された。すぐ近くの建物の裏に三人、更に別の建物の影に三人、そして遠く離れた位置で手をたかくあげている人影が二つ見える。
これが勇者の能力の一つ、"千里眼"。ゲームにおけるウォールハックチートのように壁越しに敵性反応を検知して視界に映すというやり過ぎチート能力で、しかもその視界はパーティーメンバーに共有できるんだから恐ろしい。
因みにこの能力を手に入れられたのは、私が無詠唱魔法を教えたかららしい。色んな魔法を試す内に経験値が溜まって習得出来たとか言ってたし、完全にゲームだよね。
レオも勇者は晩成型とか言っていたし、今後もこうやって芹奈ちゃんは次々とチート能力を手に入れていくんだろうね。
でもそれで歴史上一度も人間と魔族の戦争に決着がついた事がないということは、魔王も相応にチート能力を持っているという事なんだろうか。
……いや、今はそんな事はどうでもいい。まずは"怠惰"を何とかすることだけを考えよう。
「(芹奈ちゃんとカミラちゃんは二人で目の前の建物の左右からで挟撃して対処! 私はバックアップに回る!」
「(分かりました。私は左から行きますので、芹奈さんは右からお願いします)」
「(了解!)」
会話方法を『念話』に切り替えて、当初の予定通り私が消耗を抑える形で敵を倒していくことにした。
それからどうなったのかは、お察しの通り。そもそも人間最強の勇者と、魔族でも最強種である吸血鬼のコンビが、ウォールハックチートを使って負ける道理なんて無いよね。
おそらくは綿密な作戦を立てて最適な位置どりを考え、相手の行動を想定した訓練を受けてきたはずの"猟犬"達。
そんな彼らが、何の抵抗をする暇も与えられずに気絶させられていく。
カミラちゃんは闇属性の昏倒魔法で、芹奈ちゃんは器用に剣の腹で敵を薙ぎ倒す。私はそうして倒れた人達をマジックバッグに放り込んでいく。
前に馬で生き物の出し入れが出来ることは確認していたけど、いざやるとサイコパス感が凄いねこれ……。
とはいえ、尋問して"怠惰"の居場所を探ろうにも第一陣の脅威を取り除いてからでないと危険過ぎるし、仕方ないということにしておく。
まあ殺すよりはいい、と思う。
「二人とも、屋根にいた別働隊が遠距離魔法の構え!」
そしてもう一つの役割が、状況報告だ。いくら壁越しに敵を確認出来たとしても、全方位見れるわけではないし、特に戦闘中に周りを見ている余裕なんて無いからね。
「分かりました! これでもくらえ、です!」
私の報せに合わせて、カミラちゃんが空へ向けて『プロミネンス』を放つ。
この魔法は太陽表面を唸る紅炎そっくりな見た目の火属性上級魔法で、その温度は五千度にまで達する。
そしてこの魔法の特徴は、脅威的なまでの命中精度にある。今私が報せた伏兵達がいたのは数十メートル離れた建物の屋根の上だったんだけど、『プロミネンス』はその二人の腹を的確に貫いて瞬時に命を奪う。
この時他の建物や人には一切の危害を与えておらず、それでいて完璧に急所を貫いて見せたのだ。しかも、途中途中にある建物等の障害物を全て躱している。
「命中確認! 次は二時の方向見張り台の上、敵は三人!」
「分かりました! 容赦はしませんよ!」
「芹奈ちゃん、後方から魔物が十頭追いかけてきてる! 対処お願い!」
「はいよー。魔物なら生かす必要無いよね。細切れにしてあげる!」
近くの敵は尋問をする為に生かして捕らえているけれど、遠くの敵や魔物は容赦なく殺していく。逃げられて、私達の情報を伝えられると面倒だからね。
敵さんには悪いけど、人を殺そうとしているんだし、当然自分が殺される覚悟は出来ているものだとして扱わせてもらうよ。
それから僅か数分後、見える範囲で生きている敵性反応は完全に消滅した。
あまりの呆気なさに拍子抜けしそうになるけれど、これは仕方ないと思う。
"怠惰"は私が『転移門』なんて魔法を開発したことは知らないだろうから、私やカミラちゃんが王都から遠く離れたこんな村にいるなんて思ってもいなかっただろう。
ましてや王都でレオと戦った時より数段チートっぷりが増している勇者まで一緒にいるなんて、知る由も無いはずだ。
「ここまでに得た捕虜は七人か。二人とも、私今から尋問するから周囲の警戒お願いできる?」
「分かりました。芹奈さんは後方の警戒をお願いします」
「はいはーい。芹奈さんにお任せなのだー」
「何その某フレンズみたいなセリフ」
緊張感の欠片も見えない芹奈ちゃんの様子に溜息を吐きながら、私はマジックバッグから捕虜を一人取り出した。
その男は頭に大きなコブを作った状態で気絶していたから、多分芹奈ちゃんが無力化した"猟犬"の一人なのだろう。
続いてカミラちゃんに『氷牢』を発動してもらってその男を閉じ込めてから、『キュア』と『ヒール』を弱めに施して目覚めさせる。
「……痛て、何だったんださっきのは。おい二番と十五番、一体何がーーっ!?」
男は私と目が合った瞬間、事態を即座に把握したのかサッと青ざめて後退り、『氷牢』にぶつかった。
「初めましてですね、"猟犬"さん。私はアリスと言います。以後お見知り置きください」
私は態とらしくお貴族様に向かってするようにローブの端を持ち上げて礼をする。その仕草を視界の端に捉えていたらしき芹奈ちゃんがプッと吹き出したけど、気にしないことにする。
こういうのはどれだけ恐怖感を与えるかが大事だから、邪魔しないで欲しいんだけどなぁ。
といった目で睨みつけると、口笛でも吹き出しそうな顔をしながらそっと目を逸らした。
流石は本物の戦争経験者、全然緊張感が無い。
「……ゴホン。そちらの"猟犬"さんには幾つかお聞きしたい事があるのです。素直に答えていただければ命の保証はします。ですが、そうで無い場合は……」
私はしれっと回収しておいた、カミラちゃんが殺した"猟犬"の男の上半身を取り出して彼の近くに放り投げる。
ベシャリと嫌な音を立てて辺りに血を撒き散らすすの肉塊を見て、男の顔は恐怖に歪む。
「お、お前らが殺したのか!?」
「はい。これで私達が有象無象の魔族や魔物でどうにか出来ないことはご理解いただけると思います」
私は内心罪悪感に押し潰されそうになりながらも、それを決して表情に出す事なく笑顔を見せる。
本当はこんなことしたくはない。けれど、さくら達を守る為に心を鬼にすると決めたんだ。
「巫山戯るな! 俺達"猟犬"が、その程度の脅迫で主人を売ると本気で思っているのか?」
「では貴方も死にますか? 正直に言います。私が今貴方を生かしているのは、ただの慈悲であり、私のエゴなんです。私は死体からも記憶が読み取れる事ができます。そしてそれは今、目の前にあります。その意味、分かりますよね?」
その言葉に堪忍したのか、"猟犬"はただ黙って項垂れた。
「それじゃあ聞かせてもらいましょうか。"怠惰"が今どこに居るのかを」