第二十八話 久しぶりのアレ
「あらまぁ、それなら皆さんはキルシュの命の恩人だったのねぇ。母としてお礼を言わせてもらうわ。ありがとぅ」
結局、あの惨状を目撃されたことで私達の関係を根掘り葉掘り聞かれてしまったので、転生者だと言うわけにはいかない私達はさくらを吸血鬼にしてしまったことだけを伝えたのだ。
勿論呪いのことは話していない。これに関しては、桜自身が話すかどうか決めることだと思うから。
それとも昨晩のうちに伝えてあるのだろうか? いずれにしても、私の口は滑りやすいから黙っておくに越したことはないだろう。
「でもぉ、吸血鬼さんが"血の契約"をできるのは一生に一度だけなのよねぇ? その相手がキルシュで良かったのかしら?」
「一応今回使ったのは私の創った魔法なので、"血の契約"ではないんです。尤も、一度しか使えないのは同じなんですけど、代わりに約条が無いのでキルシュは自由な身のままですよ」
「そんなことまでできるのねぇ。吸血鬼って凄いわねぇ」
「いや、これは吸血鬼の能力じゃないと言いますか、というかお母さん近くないですか!?」
「あらあら、あなたは娘の命の恩人なのだから、ちゃんとお礼しなければならないでしょう?」
幼い身体に似合わない妖艶な笑みを浮かべながら私の膝の上に乗り、耳にふぅと息を吐きかけてくるさくらのお母さん。その不意打ちに私は情けない声を上げてしまう。
……ああ、これは子供じゃあり得ないね。
私は落ち着いてきていた身体が再び敏感になりそうになるのを必死に堪えていると、不意に膝が軽くなった。
見るとさくらのお母さんは、芹奈ちゃんにまるで猫のように首根っこを掴まれていた。
「はい、そこまでです。確かに有栖君にはお仕置きが必要だと思いますが、それ以上はわたしが許しません」
「あらあら、もしかしてやきもち妬いちゃったのかしらぁ?」
「当然です。わたしは有栖君の事がこの世で一番好きなのですから」
せ、芹奈ちゃんはなんでそんな真顔で恥ずかしい事を堂々と言えるの? 代わりに私の魔石が溶岩みたいな熱を放ってるんですけど? 恥ずかしくて死んじゃいそうなんですけど?
「まあ、それは悪いことをしたわねぇ。……それじゃあもしかして、あの娘達もみんな?」
「ええ。本当に、罪な男……、いえ、女ですよね有栖君って」
芹奈ちゃん、今一瞬男って言ったよね? 何だろう、その時もの凄くモヤモヤした気持ちになった。
有栖は男だったんだし、別に男と言われることはなんて事ないはずなのに、心が嫌がってるのかな?
私はもうそこまで女の子のアリスとしての自分こそが、真の自分なんだと認識し始めているのか。
今思えば、カッコいいと言われるより可愛いと言われる方が嬉しかったりとか、虫が嫌いになった代わりに可愛らしいお洋服に興味が出てきていたりとか、兆候はあったような気がする。
私がそんなことを考えているのもまた顔に出ていたらしく、芹奈ちゃんはニマニマ笑いながら私の頭を撫でてきた。
「大丈夫よ有栖君。わたしは有栖君は誰よりも可愛いと思っているから」
「よ、よくそういうこと平気な顔して言えるよね。恥ずかしくないの?」
「うん。だって、有栖君が好きな気持ちに恥ずべきところなんてないじゃない?」
いや、多分私を含めてそういう理屈で恥ずかしがってる人はいないと思うんだけど。
「青いわねぇ。あたしにもそんな時期があった気がするわぁ」
「ロリっ子にそれ言われると違和感しかないよ……」
ロリ……? と首を傾げるさくらのお母さんに何でもないと手を振って、それから私達は未だに倒れたままだったカミラちゃんとさくらを起こすことにした。
「丁度いいから、芹奈ちゃんに治してもらおうかな。私の魔力には敏感になっちゃってるみたいだし」
「えっ、でもわたし治癒魔法とか全然使えないわよ?」
「だからだよ。ついでに無詠唱魔法のやり方も教えてあげる」
なるほどと手を叩く芹奈ちゃんに対して、床に蠢く芋虫達からは非難の声が上がる。
「ア、アリス姉さんそれはあんまりです……。私、そんな練習台になるなんて……」
「ウ、ウチもっとお兄ちゃんの、えへへ、魔力ほしいなぁ」
羞恥に顔を赤らめるカミラちゃんと、また一段と酔いが回ってしまったさくら。
私がやっても逆効果だし、放っといたら話も進まないし、問答無用だね。
「それじゃあ芹奈ちゃん、やっておしまい!」
「いや、だからやり方教えてもらわないと無理だって」
私はそれから、無詠唱魔法の極意ーーと言っても、ただイメージを強く持てというだけの単純なことーーを芹奈ちゃんに伝授した。
やっぱり、元々日本人の彼女はすんなりと無詠唱魔法を習得する事ができた。
けれど、流石に身体構造の深いところや魔力回路については知る由も無かったから教える必要があったけどね。
結果として一時間近く二人を放置してしまったんだけど、さくらが「これが、放置プレイ……♪」と危ない領域に足を踏み入れそうになっていたので、スタンガン並みの出力に抑えた『サンダーボルト』で一旦気絶させておいた。
「ア、アリス姉さん、鬼畜です……」
「妹の性癖を歪ませないための、優しい兄の心遣いだよ」
「いや、今のは流石のわたしでも引くよ」
まずい、このままでは私の好感度がリーマンショック時の株価並みの勢いで暴落していきそうだから、早く治してあげないと。
「理由が酷いけど、早く治してあげた方がいいっていうのは賛成ね」
芹奈ちゃんはそう言って私をひと睨みしてから、床に伏した二人に向かって手を翳す。
すると彼女の掌から金色の魔力が溢れ出して、二人の身体を包み込んだ。そしてその光が落ち着くと、顔の紅潮と荒かった息遣いが落ち着いて、無事に酔いを完治出来たことが分かった。
「カミラさん、大丈夫?」
「ありがとうございます、芹奈さん。大丈夫です」
カミラちゃんはそう言って立ち上がり、そして私に向かって正面からダイブしてきた。
「うわぁ!? カ、カミラちゃんどうしたの!?」
「さっきの仕返しです。……はふぅ、アリス姉さんに触れていても大丈夫というのは、幸せなことですね」
「あーっ! ズルい! わたしもやる!」
「お、落ち着いて芹奈ちゃん! そういうのは次の機会で! ほ、ほらさく……、キルシュのお母さんも待ってるし、まずはキルシュを起こさない!?」
「うふふ、それはゆっくりでいいわよぉ。いいわねぇ、若いって」
「お、お母さんいたんですか!? ほら二人とも、恥ずかしいから離れてー!」
結局、あまりの喧しさに耐えきれなくなったさくらが起きるまで、この騒ぎは続けられることになったのだった。
私は羞恥心で恥ずか死にそうになったけど、今後の吸血衝動と魔力酔いの対策も出来たし、結果オーライ……、なのかも?