第二十六話 トーノ村
旅の支度を疾うに終えていた私達は、早速さくらの生家があるという【トーノ村】へ向かうことにした。
さくらが言う通り、【ナルカミ村】から遠く離れたその村へ行く為には、当然『転移門』を使うことになった。
けれど、さくらは記憶を覗かれる事を極端に嫌がったから説得にはかなりの時間を要した。
当然村の様子を探る以上の事はしないと言ったんだけどね。まあ、妹が兄にプライベートの記憶を覗かれたくないって思うのは自然なことだろうし、仕方ないんだけどね。
それでも何とか記憶を見せて貰った私は早速『転移門』を作り、【トーノ村】へと降り立った。
この時消費した魔力はこれまでで間違いなく一番多かったから、さくらはそれだけ遠くの地へ追いやられてしまっていたということになる。
今思えば、さくらが【ナルカミ村】に左遷されたのは、何かあった際にすぐ助けに向かえない場所だからなのだろう。
人質は、手を出さない場所へ隔離するのが最も精神的に効果があるからね。
「……嘘、本当に帰って来れたんだ」
さくらはこの規格外の転移魔法にはかなり驚いたみたいで、未だに驚きを隠せないでいる。
そして私はと言うと、消費した魔力が想定よりも多過ぎたことによる魔力欠乏症でぶっ倒れてしまっていた。
いや、言い訳するならさくらを生き返らせる為に使った『反魂の術』で消費した魔力が全然回復しきっていなかったのも原因なんだけどさ。
少なくとも、今敵が出てきても私は戦力になりません。それどころか道端でキャンプしようと北極圏レベルに寒かろうと眠る事ができると断言出来るくらいには眠たい。
あ、でも短パンプラス王子様のタイツという軽装で窓が開いている車で車中泊するのは厳しいかもしれない。
「芹奈さん、くるまって何ですか?」
「わたし達の世界にあった乗り物のことよ。それにしても、短パンだとか王子様だとか、一体どれだけカオスな状況なのよ。もしかして、目を開けながら寝ているのかしら?」
「……起きてるよ。ただちょっと、好きだったテレビ番組を思い出していただけで」
私は産まれたての子鹿みたいにフラつく足でなんとか立ち上がり、さくらに肩を貸して貰うことでなんとか歩けるようになった。
カミラちゃんと芹奈ちゃんが羨ましそうな視線をさくらに向けていたけれど、今の私にはそれにツッコむ元気すら無かった。
「とりあえず、宿に案内するわ。いきなりこの人数で押しかけても、ウチはそんなに広くないからキャパオーバーしちゃうし」
「分かったわ。有栖君もそれでいい?」
「ごめん、任せるからその辺は任せるよ……」
「アリス姉さん、言葉が破綻してしまっていますよ」
もはや自分が何を言っているのかも分からない程に消耗しきった私の意識は、所々途切れながらも何とか保っていた……、つもりだった。
「えぇ……、うそぉ」
それが気付いたら翌朝になっていたんだから、こんな気の抜けた情けない声が漏れてしまうのも仕方ないというものだ。
知らないベッドで横になっている私と、その周りを囲う愛らしい少女が二人。まるで酔っ払っておいたをしてしまったかのような状況に、私は困惑する他なかった。
そんな私を、横で寝転んでいる二人は生暖かい目でこちらを見ていた。
「おはようございます、アリス姉さん。昨日はお疲れ様でした」
「寝顔、可愛いかったわよ。こちそうさま」
「……えーと、私はついさっき『転移門』で【トーノ村】に来たばかり、じゃないんだよね?」
「やっぱり記憶が飛んでるんですね。あの後は結構大変だったんですけど」
「無理もないわ。あの時の有栖君、MPがほぼゼロだったのよ? 今だってゲージ的には殆ど回復してないし」
MPほぼゼロって、私相当な無茶していたんだね……。吸血鬼になってから今まで魔力量で困ったことがなかったから、すっかり油断しちゃってたみたいだ。
私はむくりと身体を起こしてから、うーんと伸びをする。凝り固まっていた身体がふっと軽くなる感覚、私はこれが結構好きだったりする。
それからキョロキョロとあたりを見回すも、さくらの姿が見当たらない。
「そういえば、さくらはどこに行ったの? もしかして両親の所?」
「当たりよ。本来なら有栖君の『転移門』で何処か安全な場所に転移させてあげたかったんだけど、それどころじゃなかったからね。今夜は寝ずの番をするって張り切ってたわよ」
寝ずの番って、流石の魔王の配下達もそんなすぐに来ないと思うんだけどね……。
あ、でもレオは『テレポート』とかいうこれまたチート級の転移魔法の使い手だったし、来てもおかしくはないのか?
「自分で手を下したがらないレオが来る可能性は低いと思いますが、『テレポート』が使える上位魔族は何人かいるでしょうし、警戒するに越した事はないと思います。それに、もう会えないと思っていたご両親と再会できたのですから……」
……ああ、それなら家族水入らずのひと時を過ごしたくなるのは当然だね。特にさくらの過去を考えると、特にね。
「それなら今日はさくらには家族と過ごしてもらって、私達は情報収集でもしようか」
「そうね、家族と過ごす時間は大事だものね」
突然異世界に召喚されてしまって、無理矢理両親と引き離されてしまった芹奈ちゃんにも、やっぱり思うところはあるんだろう。その表情には、普段とは違う影が差していた。
最初こそ私と再会できたことを喜んでいたし、それは多分今でもそうなんだけど、こうして当たり前のように一緒に過ごすようになれば、当然残してきた人達のことを想う余裕も出来てしまうわけで。
「芹奈ちゃん……」
「あー、ごめんね有栖君。なしなし、今のなし! それより、早く支度しよ? サリィさんの情報探すんでしょう?」
彼女は自分の頬っぺたをペチンと叩いて、不器用な笑みを浮かべる。
私は何か声をかけようかとも思ったけど、結局やめてただ頷いた。どうしようもない事で話を膨らませるのは、芹奈ちゃんにとって辛い事だと思ったから。
それから私達はすぐに出かける支度を終え、宿を出て情報収集を始めた。
【トーノ村】は【ナルカミ村】と凄く似た雰囲気の村だった。人口は少ないし、田舎の商店街よりもお店の数が少なそうな市があったり、それでいて喫茶店はやたらと繁盛していたりするところもよく似ている。
そんな村の市へとやって来た私達は、あまり怪しまれないように買い物をしながら店員さんにさり気なくサリィの名前を聞いてみたり、喫茶店に入って気さくなご老人方と話をしてみたりした。
しかし、得られる情報は全て魔王の娘、サリィ・コリンナのものだけだった。
そしてその魔王の娘の情報でさえも、殆ど分からなかった。まあ、人間で言うところのお姫様に相当するわけだから、一眼見ることも叶わないのが当たり前なんだろうけどね。
とは言えこれだけ情報が集まらないとなると、本格的に城下町に行ってみてサリィ・コリンナの正体だけでも確かめておく必要がありそうだ。
それでもし万が一サリィが魔王の娘だったなら、その時、私は一体どうするのだろう?
何とも煮え切らない思いを抱きながら、私達は一旦さくらと合流する為、彼女の家へと向かうことにしたのだった。