第二十五話 お兄ちゃんに任せなさい
転生者とは、勇者に匹敵する潜在能力を持って産まれる異世界からの来訪者である。その脅威は正に核兵器に相当するが、異世界に魔族が存在しないことから元々人間だったことは確実である。
その為人間の国では勇者に匹敵する国賓として扱われ、魔族にとっては原子力発電所みたいに危険だけれど有益といった扱いを受けている。
さくらは、そんな転生者である割には『死霊術』こそ使えれどその基本能力は普通の魔族レベルでしかなかった。
しかしあの時、私へ抱いた強い怒りと共にとある力が覚醒したらしい。
それが、"怪力"。
ふざけた名前に見えるスキルだけど、これが割ととんでもない能力だった。
芹奈ちゃんの鑑定によると、まだ覚醒したばかりだったから私が吹き飛ばされる程度で済んだあの右ストレート、しっかり鍛えたら私の全力の『物理障壁』ですら防ぐことは出来ない威力になるらしい。
私が伸びている間にもこれまで溜め込んだ経験値を一気に取得したかのように能力は強化されていたらしく、既に建物ぐらいなら拳で文字通り粉砕出来るくらいにはなったとか。
吸血鬼はそれでも死なないけど、今後さくらを怒らせたら私の血肉が撒き散らされることになりそうだし、不用意なことは口にしないようにしなければ。
そんな事を聞きながら、パンチを食らったのがまだ覚醒直後で良かったとつくづく思う昼下がりであった。
今は皆んな揃って、市で見つけた綺麗な喫茶店でお茶を飲んでいた。結局気絶した私は翌日、つまり今朝になるまで目を覚さなかったからね。
お陰で宿のご飯は食べ損ねてしまったけど、凄く申し訳なさそうな顔で謝るさくらを見ていたら文句を言う気にはならなかった。
特に今回は私に非があるみたいだし、怒るのは筋違いだしね。
美味しいけど甘くないストレートティーを口にしながら、これまた甘くないスコーンを食べる。既にこの味に慣れてしまった私達だけれど、中には例外もいる。
「なにこれ、味しないじゃない。魔族領には砂糖ってないのかしら?」
「芹奈さん、それは偏見ですよ。砂糖はとても貴重なものなんです。これは人間の国でも同じ事なんですよ」
「そうだよ。芹奈ちゃんはずっと王宮にいたから知らなかったかもしれないけど、平民の殆どはあの甘さを知る事なく一生を終えるものなんだよ」
「マ、マジか……。甘いお菓子が無いのが当たり前だったなんて……。確かに戦場に行くと甘いものは食べられなかったけど」
物凄くショックを受けている芹奈ちゃんだけど、何度かそう言う話はしたはずなんだよね。やっぱりこうして実際に食べてみないと実感持てなかったのかな?
そしてそんな芹奈ちゃんと同じく肩を落としている女の子がもう一人。
「さくら、そろそろ受け入れないと。授かった能力はもう変えられないんだしさ」
「分かってるよ……。でもウチ、こんな力要らない……」
そう、彼女は自分の能力に不満らしいのだ。
まあね、大抵の女の子は魔法少女には憧れてもムキムキマッチョな怪力女になりたいなんて思わないもんね。
尤も、さくらの場合は見た目に変化は無いのだけれど。
「気持ちは分かるけど、さくらもこれで両面宿儺に守られるだけじゃなくて自分で戦う力もゲット出来たんだからさ」
「でも可愛くないのよ! お兄ちゃんはいいよね、魔法少女だもんね。魔法使わない時も剣とか凄く華麗に扱えるし、何より本体が可愛い過ぎるのよ!」
ほ、本体……? ああ、擬態してない時の姿のことね。そういえば気絶したからその時解けてたのか。
「そうでしょう? 私初めて鏡見た時びっくりしちゃった」
「うわぁ、ナルシスト発言きたー。でも否定できないのが悔しいわ」
胸は全然無いけどね! 元男だから気にして無いんだけどね。本当だよ?
「あーあ、お兄ちゃんとウチの身体も能力も逆だったら良かったのに」
「まあ、私も元男としてやっぱり怪力には憧れがあるのは否定できないかも。さくらの力には、私の全力の身体強化でも追いつけなさそうだし」
「アリス姉さんの全力で追いつけない、ですか……。それは正に化け物級ですね。流石は兄妹です。あ、今は姉妹でしたか」
「化け物扱いしないでよカミラー。気にしてるんだから」
さくらはカミラちゃんのほっぺをぷにぷに摘んで抗議している。この通り、普段は無意識的に力の制御ができるみたいだ。
そんな感じでほのぼのした会話を繰り広げていた私達だったけれど、ここへはただお茶をしに来た訳ではない。
ちゃんと本題があるのだ。それも、かなり重要な。
「……さてと、それじゃあそろそろ本題に移ってもいいかしら?」
あんまり楽しい内容じゃないから口に辛い話題を振ってくれたのは、その件の当事者でもある芹奈ちゃんだった。
さっきまでとは一変し、生徒会長をやっていた時のような凛とした顔をする彼女の姿に、私の胸がちょっと熱くなる。
場違いだけど、私が惚れた女の子はやっぱり可愛いなぁなんて思ってしまい、顔に出ていたのか芹奈ちゃんに足を踏まれてしまった。ごめんなさい。
「……ゴホン。キルシュ、いいえ星川さくら。あなたには確認しておかなくちゃいけないことがあるのよ。言わなくても大体想像できていると思うけれど」
芹奈ちゃんがそう言うと、さくらはカミラちゃんを摘んでいた手を離して真剣な眼差しを芹奈ちゃんに向ける。
「分かってるわ。でも芹奈さん、ウチの答えはもう分かってるわよね? ウチもお兄ちゃんと一緒に行くわ。もう、魔王様の元へは戻らない」
芹奈ちゃんはその答えを聞いて、ふっと表情を和らげる。
「いいの? キルシュとしてのあなたは、魔王の配下"嫉妬"。その上ご両親を実質人質にされている。そのあなたが勇者と共に行くというのは、死罪にも値する裏切り行為なのよ?」
人質がいる状態で、死罪にも相当する大罪を犯そうとするさくら。現代日本という、先人達が作り上げてくれた平和を享受していたさくらにとって、そんな覚悟を決めることは容易ではない。
「勿論、悩んだわよ。でも、お兄ちゃんと敵対することだけはしたくない。それに、芹奈さんなら分かるでしょう? お兄ちゃんが死んでしまった後、ウチがどれだけ苦しんだのか」
「ええ、痛いほどにね。……覚悟が出来てるならいいわ。それに当然、仲間になったあなたをわたし達は全力で守るわ。まあ、そんなことしなくても自慢の"怪力"を使えば自力でなんとでも出来そうだけれどね」
「ちょっ、自慢どころか嫌だって言ったじゃない! 芹奈さんの意地悪!!」
さっきまでの剣呑な空気は露と消え、芹奈ちゃんをポカポカと叩くさくらの姿に私とカミラちゃんは笑い合う。
「それでは正式に、これからは私達の仲間ですね。改めて、よろしくお願いしますキルシュさん」
「さくらでいいわよ。もうウチは、魔王様の元を去るんだから」
「そういえば今更なんだけど、キルシュって確かお酒の名前だったわよね。その原料って確か……」
芹奈ちゃんがこめかみに指を当て、うーんと唸るのを見て私はクスッと小さく笑ってしまった。
全然気にしてなかったけど、そうか。さくらも、私と同じだったんだ。
「さくらんぼだよ。私みたいに転生する時、前世の名前を引き継いでいたんだね」
「……っ!」
さくらは思わずいった様子で口に手を当てて、堪えきれなかったのかポロポロと涙が溢れ出す。
日本に残してきた両親への想い、人質に取られるであろうこの世界の両親への想い。様々な感情が彼女を襲い、それが涙という形で現れたのだろう。
私はそんなさくらの目元に溜まった涙を拭ってから抱きしめる。
「それじゃあ行こうか。さくらの、両親の元へ」
私がそう耳元で囁くと、さくらは目を見開いた。
「そ、そんなこと言っても凄く遠いんだよ? ここからだと、急いでも何ヶ月かかるか……」
あ、そういえばさくらにはあの魔法のことは伝えていなかったね。
「大丈夫、お兄ちゃんに任せなさい」
私はニカリと笑って、さくらの頭をわしゃわしゃと撫でる。
私達が次に向かうべき場所、決まったね。