第二十四話 さくらの想い
あの後は本当に大変な目にあった。私は宿の屋根に寝そべり、目の前に広がる綺麗な夕焼けを眺めて黄昏れていた。
なんでこんなことをしているかって? 理由は単純。部屋を追い出されてしまったからだ。
「不幸だ……」
なんて、とあるラノベに出てきそうなセリフがポロッと出てしまうくらいには不幸な状況だった。
あの後、カミラちゃんが徐ろに私に抱きついて恋人アピールをし始め、慌てたさくらがベッドから起きあがろうとしてずっこけて芹奈ちゃんを潰し、無理やり起こされた芹奈ちゃんが寝ぼけて私にキスをして、それを見たさくらが泣き出したりと大騒ぎ。
とりあえず騒ぎの中心のさくら……、は病み上がりだし泣いてるしで追い出せないからってことで私が追い出されてしまったのだ。
それから早二時間。全然誰も呼び戻しに来てくれないんだけど、私もしかして忘れられてる?
それにしても、まさか泣かれるとは思っていなかった。
抵抗感はあるんだろうなって思っていたけれど、あれ程とは……。重婚って、やっぱり普通の日本人には馴染めないものなんだね……。
「はぁ……、どんな顔して戻ればいいんだろう」
仮に誰かが連れ戻しに来たとしても、なんかこう、気まずいんだよね。
そんな事を考えていると、誰かに袖をちょいちょいと引っ張られた。
やっと話がついたのかと思い、そっちに顔を向けると……。
「転生者のお姉さん、お久しぶりです。私の事、覚えていますか?」
そこにいたのは、ぼんやりとした光を放つ半透明の女の子。私がさくらと再会するきっかけを作った子で、そしてさくらの願いで動いていた幽霊……。
「ひっ……! た、助けっ……!!」
なんでここに幽霊が来るのさ!? 私は必死に逃げようとして足に力を込め、その所為で瓦が外れて盛大にずっこける。
「大丈夫ですか?」
「いや……っ、全然大丈夫じゃない! 主に君のせいでね!」
幽霊屋敷ではアドレナリンが出まくっていたから誤魔化せていた恐怖心が、今の無防備な私に襲いかかる。
「もうダメだ。私はここで幽霊に冥界へ連れ去られていってしまうんだそれとも身体を乗っ取られたり呪われたりしちゃうのかなそれとも身内に不幸が振りかかったり」
「落ち着いてください。私は何もしませんから。……はぁ、何であの方はこんな情けない女に恋心を」
なんか幽霊に呆れられたんですけど!?
「……ん? 恋心?」
「いえなんでもありません。それよりも、キルシュさんが呼んでいますのでさっさと来てください、このヘタレ女」
この子めっちゃ毒舌! 世界広しと言えど、幽霊に呆れられた挙句毒を吐かれるなんて経験した人なんて、他にいない気がするよ……。
しかもさくらの使いで来たってことは、絶対さっきの醜態バラされるじゃん。そうなったら、既に失いかけていた兄としてのプライドが完膚なきまでに打ち砕かれてしまう。
けれどヘタレな私は幽霊に逆らう事は出来ず、無抵抗で部屋に連れ戻されてしまった。
さくら、幽霊を使うのは反則だよ……。今後一切やめてもらわないと私の心臓が死ぬ。
あ、もう私心臓無いんだった。
「おかえりなさい、アリス姉さん。少しは頭冷えましたか?」
「まあ、元々熱くなってなかったし、何よりこの子のお陰で氷点下まで冷えちゃったよ……」
「あー、そういえば有栖君ってお化けダメだったわよね。覚えてる? 昔文化祭でさ、わたしと二人でお化け屋敷やってる下級生のクラスに行った時に」
「あーっ! その話はもう終わりにしよう! それよりさくらは大丈夫……、ってさくら、どしたの?」
さっきまで泣くわ物を投げるわの大騒ぎだったはずの我が妹が、今は顔を真っ赤に染め上げて俯いてしまっている。
「……あのー、カミラちゃん、芹奈ちゃん。私の妹に一体何したの? なんか凄くしおらしくなっちゃってるんですけど」
「それは私達の口からは言えません。例えアリス姉さんの頼みでも」
「そうね、有栖君にだけはわたし達から言うことはできないわね」
何でこの二人は的確に私の好奇心をくすぐるような言い方をしてくるんだろうか。そんなこと言われたら、気になって仕方なくなっちゃうんだけど。
「ねぇさくら、何があったの?」
「……っ!!」
けれど声をかけても、さくらはすぐにカミラちゃんの背中に隠れてしまう。いや、仲良くなったのは良いことだと思うんだけど、調子狂うな……。
「ほらキルシュさん、覚悟を決めたなら言ってしまった方が楽になりますよ」
「で、でも……」
「でもじゃありません。それとも貴女の気持ちはその程度なんですか?」
「うっ、そ、そんなこと、ないもん……」
さくらはそう言って今にも噴火しそうなくらいに赤く染めた顔を私へ向けて、一秒もしない内にまたカミラちゃんの背中に隠れてしまった。
「このヘタレ具合、やっぱり兄妹ね……」
「芹奈ちゃん、今さり気なく私がヘタレだって言わなかった?」
「あれ? 間違ってたかしら?」
間違ってないけど、もっとオブラートに包んで欲しかったかな、うん。
「はぁ……。それじゃあ私から言ってしまいますよ。キルシュさんは、アリス姉さんとーー」
「わーっ! わーっ!! 言う! 言うからそれ以上はダメーッ!」
超テンプレな誘導に引っかかってる残念チョロ妹さくら。うん、我が妹ながら可愛いぞ。
「あ、あのねお兄ちゃん。私ね、その……」
緊張し過ぎているのか、口調が私の知る昔のものに戻っているさくら。声が出せずに口をパクパクと魚みたいに動かす様子にちょっと笑いそうになったけど、今笑ったら殺される気がするからグッと耐える。
「えと、お、お兄ちゃんのことが、す……、好き、です。日本にいた時からずっと……」
……えーと、うん。それだけ?
めちゃくちゃ緊張しているみたいだったから何事かと思ったけど、いつものやつだったのね。
生前、受験期で忙しかった時にやりとりしたメールにも散々書いてあったからなぁ。本当、昔っからお兄ちゃん子だよねさくらって。
私はそんな懐かしい記憶を思い出して、ほっこりした気分でさくらの頭を撫でる。入院していたさくらのお見舞いに行く度に、こうして撫でてあげていたんだよね。
「うん、私もさくらのこと好きだよ。でも、改まって一体どうしたの?」
私がそう言うと桜は嬉しそうに一瞬ニヤけて、それからハッとしたような顔をして私を睨んだ。
「……お兄ちゃん、一応聞くけどさ。その好きって、どんな好きなの?」
「……?」
えーと、質問の意図が全然分からないんだけど……。
「どんなって言われても、さくらは私の大切な妹だからね。好きじゃないわけないよね?」
私がそう言った瞬間、何故かさくらだけじゃなくてカミラちゃんや芹奈ちゃんまでもが盛大な溜め息を吐いて頭を抱えてしまった。
ちょっと待って、何その反応?
「やっぱりね。わたしは分かってたわよ、有栖君がこういう人だって」
「私も分かっていました。多分誰よりも実被害受けていましたし」
二人はそう言って、何故だかプルプル震えているさくらの肩にポンと手を置いた。するとさくらはキッと鋭い眼光で私を睨み、右拳を固く握り締める。
「……お兄ちゃんの、バカァァアアア!!!」
そして次の瞬間、まるで火山が噴火したかのような激しい怒号と共に私の顔面へ猛烈な威力の右ストレートが打ち込まれた。
華奢なアリスの身体はそれだけで何メートルも吹き飛ばされて強く頭を打ち、痛みと困惑に混乱する間も無く意識を手放してしまうのだった。