第二十話 憐れな女の子
昨日は予約投稿機能の日程を間違えて編集途中のものがアップされてしまいました……。
本日0:06に訂正済みですが、それまでに読んでくださった方は困惑したかと思います。
申し訳ありませんでした。
◇
お兄ちゃんが亡くなったことを知ったのは、お葬式から二週間程経った後のことでした。
私は生まれつき心臓弁膜症という病気を患っていて、その為何度も何度も入院を繰り返していました。
この病気は、心臓の弁が正常に動かなくなることで、血液が一部逆流してしまうようになる疾患です。
心臓弁膜症は自然治癒しないため、定期的に入院して薬を投与され続けていたのです。
学校でお勉強することも、外で遊ぶ事も、家でゲームをすることも許されない日々の連続。
そんな私の心の支えになってくれていたのが、お兄ちゃんでした。
お兄ちゃんは毎日のようにお見舞いに来てくれて、点滴を打たれて腕を動かせない私にお菓子やフルーツを食べさせてくれました。
お兄ちゃんが中学生になると、恥ずくなったのか全然あーんってしてくれなくなっちゃって、それでよく嘘泣きをしていました。
お兄ちゃん、最期まであれが嘘泣きだって知らなかったんだろうなぁ。
高校生になると、忙しくなったのかお兄ちゃんがお見舞いに来てくれる頻度が減ってしまいました。その頃は私の心臓も調子が良くて、そんなに入院する機会がなかったのもありますけど。
成長したことで、少しは心臓が強くなったのかな? そう期待しながら高校受験に挑んだ冬のことでした。
突然立つ事も出来ないほどの強烈な発作に襲われた私は、廊下に倒れてもがき苦しんでしまいました。
その後は音に気付いてすぐに駆けつけてくれたお兄ちゃんが救急車を呼んでくれて、私は緊急入院することになりました。
発作の原因は、心臓弁膜症の重症化でした。
これまでは薬で病気の進行を抑える保存的治療をしていましたが、遂にその限界を迎えてしまったのです。
受験期の真っ只中に、私の緊急手術が決まってしまったのです。当然、受験会場になど行けるはずもありません。
手術は成功したものの、心臓に人口弁を植え込むという大手術の後です。術後の経過観察期間は長く、元の身体の弱さが相まって発熱もしたりと散々な入院生活を送ることになってしまいました。
その時期は、お兄ちゃんも受験シーズンの真っ只中でした。なので当然お見舞いに来てくれる頻度は少なくなってしまいました。
心細くて毎日毎日泣いて、涙の拭いすぎで目がヒリヒリと痛くなってしまう程辛い日々。
そんな私を支えてくれたのは、やっぱりお兄ちゃんでした。
お兄ちゃんはお見舞いに来れない分、毎日欠かさずにメールを送ってくれました。
まるで恋人同士みたいだな、ふとそんな事を思った時。私は初めて、自分の気持ちに気付きました。
それは、決して叶うことのない禁断の恋心。
両親に、私とお兄ちゃんは本当の兄弟なのかをさり気なく尋ねたこともありました。残念ながら、実の兄妹でしたけど。
自分の気持ちに気付いてからというもの、お兄ちゃんとメールを交わす時間は何にも変え難い大切なものになりました。
さり気なく好きとか愛してるって書いても、お兄ちゃんはただの兄妹愛だと思って取り合ってくれませんでした。
だから私も、調子に乗って書き続けられたんですけどね。
そんな日々が続いて、漸く国立大学の二次試験を終えたお兄ちゃんはお見舞いに来てくれました。
その頃には私の体調も大分良くなってきていたので、あと数週間で退院できるだろうとお医者さんにも言われていました。
だからその時、お兄ちゃんと約束したんです。
私はこれから、高校浪人の日々が始まります。来年高校に入学することが出来たとしても、周回遅れになってしまいます。
入院してばかりで人付き合いの下手な私は、もしかしたら虐められてしまうかもしれません。
だから何があっても守って欲しいと。
そしてまだ一度も旅行に行ったことのない私に、綺麗な景色を一緒に観に行こうと言ってくれました。
そんなある日のことでした。
お兄ちゃんのメールの文章が、少しおかしくなったのは。
いつも通り「愛してるよ、お兄ちゃん」と一言添えて送ったメールの返信で、「兄妹でそういうのはダメだと思うよ。さくらも来年、高校で良い人を見つけようね」と書いてあったのです。
明らかに変だなと思いましたが、私は入院している身。電話しても繋がらなかったので、それ以上確認する方法はありませんでした。
それからも少し違和感のある文章に困惑しつつも、お兄ちゃんも受験から解放されてテンション上がっちゃってるのかな? と思って気にしないように心がけていました。
でもその違和感は、日に日に強くなっていきました。
そして迎えた、私の退院日。私は、両親から真実を伝えられたのです。
「ごめんなさい……、ごめんなさい……」
涙を流し、頭を下げてお父さんに抱かれるお母さんはこう言ったのです。
「ごめんなさい、さくら……。もう、有栖はこの世にいないの。全部、私が書いた嘘だったの……」
「……有栖はな、二週間前に死んだんだよ。母さんはな、お兄ちゃん子だったお前にそれを伝えられなかったんだ」
お父さんの言葉に、私は呆然としてしまいました。
確かに私は恋をしてしまう程にお兄ちゃんが大好きでした。お葬式に出れば泣き叫んだことでしょうし、自分の命を断つことまで考えたかもしれません。
でも、だからって……。
私は生まれて初めて、お母さんを殴り飛ばしました。
お父さんに羽交い締めにされながら、汚い言葉を吐き倒す。挙げ句の果てにはお父さんの歯まで折り、警察のお世話になることに。
それでも私の怒りは収まらず、警察署を出てからは一度も家に帰りませんでした。
私は入院していたから、お兄ちゃんの死を知ったところでお葬式に参列することは出来なかった。それは理解できます。
それでも、お母さんの優しくて残酷な嘘は、私の心をズタズタにしてしまうには十分だったのです。
怒りのまま、お金もなく家出してしまった私は道端で途方に暮れました。そんな全てを失った私が生きていくために出来ることなんて、一つしかありませんでした。
……私は自分の身体を売ったのです。
知らない男の人に声を掛け、泊めてもらう代わりに要求されるがまま身体を明け渡す。
唯一、キスだけは断固として拒否し続けたものの、私の身体は汚れきってしまいました。
昼間はSNSで知り合った同じような境遇のギャル達とつるみ、夜は知らない男の人と寝る。なんて無様な生き方でしょうか。
この頃から、私は自分のことをウチと呼ぶようになりました。もう今までの私はいないのだと、自分自身へ言い聞かせるように。
そんなある日のこと。いつも通り知り合いとカラオケに行って、つまらない流行りの愛の歌を歌っていた最中。私は突然の心臓発作に倒れました。
退院したとはいえ、定期的な検査が必要な容態だったのです。むしろそれまでよく持ったなと思うくらいには、私の身体はもう死に体でした。
こうして私、星川さくらという憐れな女の子の一生は幕を閉じたのでした。