第十七話 嫉妬
少なくとも『ヘルフレア』で倒せなかった時点で、魔法を使うなら超級以上でなければ意味が無い。
だからといってあの身体、簡単に斬れるほど甘くはないんだろうなぁ。
他にも伝承に頼った倒し方とかがあるんじゃないかと思ったけど、私は武振熊命に倒されたという記録があることしか知らない。
詰まる所、力で捩じ伏せるしか道がないのだ。
私はそう判断してすぐに、全力で『ヘルフレア』を放ってからそれを"紫炎"で斬って切れ味を増し、そのままの勢いで両面宿儺へ向けて斬りかかった。
対する宿儺は避けることもせず、ただひたすらに矢を放ってくる。私は身体強化で増した動体視力を持つ生かしてそれをすべて躱し、宿儺の胴に向けて刀を一閃。
「チッ、これもダメなのか!」
宿儺の胴は予想外にもあっさりと分断され、しかし傷口から溢れ出した紫の光があっさりと分離した胴体をくっくけてしまった。
この間、一秒もかかっていない。この再生スピードは、最強種たる吸血鬼並だ。こんなの、並大抵の人間や魔族に御せる存在じゃない。
だとしたら、それを指揮下に置いている“嫉妬"は宿儺以上の力を持っている、若しくはあんな化け物を操れるような何かしらの能力があるってこと? そんなのチートじゃない?
益々"嫉妬"転生者説に信憑性が出て来たけど、宿儺と一緒に攻撃してこないだけマシってものか。
「凄い凄い! あの化け物の胴体を斬り裂くなんて、アンタ本当に吸血鬼?」
「生憎、私は元人間だからね。というか、レオからその辺り聞いてないの?」
「あ? レオ? 何でウチがあんな気持ち悪いデブピエロと話さなくちゃいけないのよ」
えぇ……、めちゃくちゃディスるじゃん。
なるほど、魔王の配下同士はあんまり仲が良くないみたいだね。この情報を知れたのは、結構大きいぞ。
戦いにおいて一番重要な"情報"の共有がされていないっていうのは、私にとってはかなり有利だからね。
私は宿儺の放つ矢をなんとか躱しながらほくそ笑む。
「何笑ってんのよ? ほらほら、そんな余裕があるのも今のうちだよ?」
そんな"嫉妬"の言葉と共に、両面宿儺の動きにも変化が生じた。突然その手に持つ弓を投げ捨てて、左右に帯びていた刀を抜いたのだ。
その瞬間、『紫炎』とは似ても似つかないどす黒く淀んだ紫の力に染められた刀が、私の動体視力を持ってしてもギリギリ捉えられるかどうかという速さで振り抜かれた。
ギィン! と金属同士がぶつかる嫌な音を響かせながら、私はなんとかその一撃を受け止め、次の瞬間には私の脇腹に向かって別の刀が迫っていた。
両手で"紫炎"を握っている私は、咄嗟に『物質創造』でチタン合金を刀と私の脇腹の間に創り出した。
その瞬間、体内から内臓が潰れる嫌な音を聞きながら、私は猛烈な速度で壁に叩きつけられた。
相変わらず痛覚が鈍いお陰で助かったけど、普通ならこんなの、痛みで動くことも出来なくなっていそうだ。
私はすぐに『ヒール』で傷を治して"紫炎"を構え直す。
そうか、両面宿儺は四本も腕があるから、今みたいに一振りの刀を受け止めたところで全く意味が無いんだ。
しかもあの刀、私が魔力をぶつけた"紫炎"でさえ斬れないとかいうとんでもない強度してるし。だからってこんな閉所で超級魔法を使うのは憚られるし……。
「今ので死なないの? しかもさっきから無詠唱でポンポン魔法使ってるし、マジ意味わかんない」
その時、ちょっと不貞腐れたような声が響いてきて流石の私もちょっとイラッときた。コイツ、一人でずっと安全圏から高みの見物決めてるし、自分からは攻撃してこないし。
こっちは命懸けで戦ってるってのに、何それ?
……なんとかしてアイツ、引き摺り出せないかな?
私は"紫炎"だけでなく新たに作り出した剣をも使って両面宿儺の攻撃を捌きつつ、目線だけ動かして手掛かりを探した。
……そして、それを見つけた。
両面宿儺が常に背を向けている場所、つまりは祠の中に、小さな勾玉が置いてあるのを。
私は『地獄沼』を発動して、両面宿儺の体勢を崩させ、その一瞬の隙を突いて勾玉を『フレイムアロー』で破壊した。
その瞬間、モクモクとした白い煙が勾玉の破片から立ち上り、水色の髪をツインテールにした小さな女の子が姿を現した。
「ゲッ、なんでバレたの!?」
「怒った私を舐めない方がいいよ。私、こうなると正直自分でもびっくりするほど容赦が無くなるから」
「それにしても強くなりすぎよ!! なんでそんな重そうな刀を片手で振り回して力負けしてないのよ!?」
それはまあ、今は生み出した膨大な魔力を全て身体強化に使ってるしね。私が魔法を得意としながらもあまり使わない理由は、実はここにあったりする。
近接武器の扱いには自信があるし、そもそも身体強化していれば敵の攻撃を躱し易くなるしね。
「このチーターめ、さっさとこの世からBANされちまえ!」
「それはこっちの台詞だよチビ女! さっきからずっと両面宿儺の後ろに隠れて……、あれ?」
そういえばこの両面宿儺、私に一度も背を向けていない。まあ、そもそも両面宿儺はその名の通り背中側にも顔がある、というか二人の人間が背中をくっつけて一つになったような怪物だから、背中は無いんだけどね。
そうじゃなくて、私が気になっているのはその裏側の顔なんだ。
ずっと妙だと思っていた。仮に"嫉妬"が転生者だとしても、こんなとんでもない化け物を支配下に置けるってやっぱりおかしいんだよ。
それにそんなことが出来る上に魔王の配下とかいうとんでもスペックなら、両面宿儺と一緒に私へ攻撃を仕掛けてくればいいのに、彼女はそうしなかった。
「なるほどなるほど、そういうことね」
両面宿儺の伝承には正義と悪、二つの顔が存在する。そして私が戦っているのは、誰がどう見ても悪の宿儺だ。
そしてもしこの宿儺が、その名の通り正義と悪の両面を持ち合わせている存在だったとしたら?
"嫉妬"が頑なに宿儺の後ろに隠れ続けている理由は何なのか?
「この両面宿儺は、私が知っている二つの伝承の両方の特徴を持っているんだね。そして今、君の方を向いている宿儺は飛騨に伝わる観音様の伝承に当てはめられた存在なんだ。だから君は攻撃されないだけ、そうなんでしょ?」
「そ、そそそそんなことないし? 宿儺は私の言うこと聞いてくれてるし?」
「そんな分かりやすく引き攣りながら言われても、ね……っ!!」
それまで防御に徹していた私は、ここで攻勢に転じた。両腕に魔力を集中させ、宿儺の持つ剣を狙って全力で二本の刀を振り下ろす。
ガギィ! と重たい金属音が響き、宿儺の身体が数メートルだけ吹き飛ばされる。私はその瞬間を見逃さず、即座に魔法を発動させた。
「え? え? 嘘っ、なんで!?」
「へぇ、こっちの顔はこんな感じだったんだ。正に仏様って感じの優しいお顔だね」
私が発動させたのは、『座標移動』。その名の通り、物や生物を問わずその位置座標を移動する魔法だ。
『転移門』と違って移動できる距離は極端に短いものの、自由度は圧倒的に高いのがこの魔法。
これで私は、自分の位置座標と彼女の位置座標を入れ替えたのだ。
しかもこれは『転移門』から着想を得て私が創った独自魔法だから、"嫉妬"が知らないのも当然なんだよね。
そして、安全圏に退避した私に対して彼女はと言うと……。
「や、やだ……、無理よ! やめてよ……、来ないでよ!」
完全に戦意を喪失して、尻餅をついてしまっていた。あの怯え方、本当に戦える力は無いんだね……。
でも、私をあんな危険な怪物を使ってまで殺そうとしたんだ。その上魔王の直接の配下。生かしておく理由が無い。
両面宿儺もやはり彼女に与することなく、ゆっくりと彼女の元へ歩いていって四本の腕で二本の刀を振り上げた。
"嫉妬"が息を呑む音が地下空間に響く。私は彼女の死を確信して、思わず目を背ける。
「助けて……、助けてよ、お兄ちゃん……っ!」
そして刀は、容赦なく振り下ろされた。