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転生少女は異世界で旅に出ます  作者: 沢口 一
第五章 七つの大罪編
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第七話 ボス攻略

 現れたのは、タランチュラを馬鹿みたいに大きくしたような蜘蛛型の魔物だった。なんとあのドラゴンゾンビとほぼ同等レベルという規格外の大きさなのだから、その気持ち悪さも別格というものだ。


 当初の予想に反して瘴気を振り撒くような魔物には見えなかったけれど、そうでないことはすぐに分かった。


「ア、アリス姉さん……、あの蜘蛛の背中って……」


 カミラちゃんが指差す先、シャチホコのようにお尻を持ち上げているが故に見えている蜘蛛の腹の上には、もはや原型を留めていない程腐敗した魔物が夥しい数括り付けられていた。


 そしてその上を、人間とほぼ同サイズの子蜘蛛がうじゃうじゃ歩き回っているとかいう最悪な状況が目に入ってしまう。


 けれど、私への精神攻撃はこれで終わりではなかった。あまりの気持ち悪さに固まる私の目の前にねっちょりとした液体が垂れてきて、猛烈な腐敗臭に鼻を潰されたのだ。


 私は慌ててマスクに仕込んだ活性炭を土魔法で新品に置き換えて、上を見た。


 そこには、目の前の大蜘蛛より一回り小さい、見た目そっくりな蜘蛛がいた。背中には当然のように腐敗した魔物が括られていて、今の汁はその腐敗した魔物の体液であることはすぐに分かった。


「なるほど、ボスは蜘蛛夫婦ってことね。上等じゃない」


「なんで芹奈ちゃんは大丈夫なの!? 蜘蛛だよ!? しかもタランチュラっぽい見た目なのに何故か蜘蛛の巣張ってるし! 瘴気ってコイツらが集めた腐った魔物から出てたの!? 最悪なんだけど!!」


「アリス姉さん、動揺し過ぎて脈絡無くなってますよ……」


 そんなことは分かってるけど、私は全生物の中で蜘蛛が一番苦手なんだよ!


「そういえば有栖君、学校でも蜘蛛が出る度に騒いでたわね。あの時も可愛かったけど、今は見た目まで可愛くなっちゃったから、もうわたしメロメロよ?」


「冗談言ってる場合じゃないから! 一刻も早く倒そうそうしよう!」


「こんなに慌ててるアリス姉さん初めて見ました。ふふっ、可愛いです」


 何で二人はそんなに余裕なの!? だって胴体だけで八メートル近くある蜘蛛だよ? 脚も合わせたら十メートル以上ある大蜘蛛が、夫婦揃って目の前にいるんだよ?


 そんなことを喋っていたら、先制攻撃を仕掛けてきたのはデカい母蜘蛛の方だった。


 私達に向かって酸液を吐くと同時に、お尻から糸を何度も放ってくる。


 私達はそれをひたすら避け続けた。"紫炎"で斬ったり魔法で相殺する事が出来ない分、純粋な魔法攻撃よりも性質が悪い。


 そして気付いた。私達が攻撃を避ける度に、放たれた糸が私達を囲っていることに。


 しかもそれを、天井に張り付いている父蜘蛛が補助することでより強固なものにしているらしい。夫婦で連携するなんて、蜘蛛のくせに生意気だな!


 せめて酸だけでも風魔法で弾こうかと考えたけど、一滴触れただけでも危険な酸を無為にばら撒くような事は避けるべきだと諦めた。


 だとすれば、対処すべきは糸の方か。


 私はすぐに土魔法で短剣を作って、それを糸に向かって投げた。セラミック製とはいえかなり鋭利に作ったはずのその短剣は、糸に当たるとあっさり絡め取られてしまった。


 なるほど、やっぱり弾力と粘り気は段違いみたいだね。あれだと強化した"紫炎"でさえ切れるかどうかは分からない。


 それからすぐに芹奈ちゃんとアイコンタクトを取ると、彼女は頷いて私達から距離を取る。


 私はそれを確認してから、『絶対零度』を発動させた。物質の熱運動を強制的に停止させる必殺の魔法を、私は周りを取り囲んでいる蜘蛛の糸へ放ったのだ。


 その瞬間、それまではネバネバして弾力のあった糸が全てカチカチに凍りつき、芹奈ちゃんの剣によって簡単に砕かれていった。


 どうせなら蜘蛛本体も凍らせてやりたかったけど、『絶対零度』の射程が短過ぎて届かなかった。


 それならばと浮遊魔法で近付こうと思ったところで、折角の下準備を全て無に帰したことに腹を立てたらしき夫婦蜘蛛が、酸と共に物凄い数の子蜘蛛を放ってきた。


 一匹一匹が人間サイズのその群れの気持ち悪さに一瞬意識が飛びかけ、カミラちゃんに手を握られてなんとか意識を繋ぐ。


 それでも、襲い来る子蜘蛛への対処には間に合わない。


「アリス姉さん、危ない!!」


 そして間一髪、酸が私の元へ届く寸前に浮遊魔法を使ったカミラちゃんに引っ張られて難を逃れた。


 カミラちゃんは私の手を握ったまま、『エアカッター』や『水刃』を駆使して子蜘蛛を倒し続ける。


 子蜘蛛はどうやら死ぬ時にもその場に瘴気と酸を大量にぶち撒けるらしく、それを避ける度に親蜘蛛からどんどん距離を離されてしまう。


「ごめんカミラちゃん、もう大丈夫」


「……本当に大丈夫ですか?」


 うっ、そんなジト目で見られると自信が無くなってくるというか、なんというか……。


「とにかく、アリス姉さんは逃げに徹してください。蜘蛛の対処は私と芹奈さんでしますから」


「ふふふ、この借りは高くつくよ有栖君?」


 それからは、すっかり役立たずになってしまった私を差し置いてカミラちゃんと芹奈ちゃん二人による無双劇が繰り広げられた。


 しかし子蜘蛛は無尽蔵に湧いてきて、一向に埒が明かない。よく見てみると、母蜘蛛が次から次へと子蜘蛛を産み落としているようだった。


 こうなってくると、やっぱり火属性の魔法が使えないのはあまりにも面倒だ。それこそ『紫炎』や『ヘルフレア』が使えれば、あの数だろうと酸諸共蒸発させてあげられるのに。


 ……酸諸共蒸発?


 もしかしたらこの作戦、いけるかもしれない。


「二人共、今作戦思いついたから、避けながら聞いてくれる?」


「き、聞くから勝手に話しちゃっていいよ……ってぎゃあぁあああ! 服にちょっとかかった! 最悪! 穴開いた!」


「私も服に穴開きました……。魔法付与(エンチャント)が効かないのは厄介ですね」


 服に穴が開いたのがショックで落ち込む生粋の乙女二人を無視して、私は話を続ける。


「この後十秒カウントするから、そのタイミングに合わせて私のすぐ側に来てくれる? そしたら目を瞑って耳を塞いで、歯を食いしばって欲しい。質問があったら言ってね!」


「は、はいはいはーい! 質問! 目を瞑るの怖すぎるんだけど、一体何をするつもりか教えて欲しいかな!?」


「時間がないので却下! カミラちゃんは!?」


「私はアリス姉さんを信じてますので」


 相変わらずの妄信っぷりはちょっといただけないけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないよね!


 広大なボスエリアの床が、白煙を上げる酸で埋め尽くされていく。もはや足をつける場所は全体の一割にも満たない程に少なくなっていた。


 浮遊魔法が使える私とカミラちゃんはともかく、これでは芹奈ちゃんが危ない。


 私はすぐにカウントを始めた。浮遊魔法で酸と糸を回避しながら、二人と安全に合流出来そうな場所に当たりをつける。


 そして目の前に飛び出てくる子蜘蛛を必死に避け続け、十のコールと共にその場所へ飛び退いた。芹奈ちゃんとカミラちゃんが同時にそこへ着地したのを確認した私は、即座に『土要塞(フォートレス)』を発動した。


 私達三人がギリギリ入るサイズで作ったこの拠点の壁には一切の隙間が無く、空気の入れ替えをすることも不可能な作りになっている。


 当然長居すれば酸欠になってしまう。『ウィンド』で酸素を生み出したところで、こんな狭い空間に居続けるのは御免だけどね。


 だから即座に魔法を発動させた。


 その瞬間、耳を塞いでいるにも関わらず、鼓膜が破れそうな程の轟音が鳴り響く。


 そう、粉塵爆発が起きたのだ。


 私が発動したのは『ヘルフレア』。巨大な火の球を作り出す火属性上級魔法であり、その特徴は猛烈な熱量を持つことと、球の体積が異様に大きい事だ。そのため水魔法と相性が良く、効率的に水蒸気爆発を起こすことができる。


 でも今回使った理由は別にある。


 今のボスエリアは、大量の酸液や体液から蒸発した水蒸気によって湿度が異常に高くなってしまっている。そのせいで、普段より物が燃えにくい環境になっているんだよね。


 そんな状況でも粉塵爆発を効率よく起こすために、私は『ヘルフレア』を発動したのだ。


 そしてこの『土要塞(フォートレス)』の内部は外界と完全にシャットアウトしていたから、中にいた私達は粉塵爆発の影響を受けずに済んだという訳だ。


 私は更に『ウィンド』を発動して外界に酸素を送り込んで安全を確保してから、『土要塞(フォートレス)』を消し去った。


 すると目に飛び込んできたのは、正に地獄と呼ぶに相応しい光景だった。


 あちらこちらで今尚メラメラと真っ赤に燃えている子蜘蛛や、吊るされていた魔物達。


 天井にいたはずの父蜘蛛も粉々に砕け散ってしまったのか原型は留めておらず、散らばった肉片がプスプスと音を立てて燻っている。


 唯一生き残っていた母蜘蛛も無傷とはいかず腕が二本取れており、更に身体のあちこちが焦げていた。


 やはりボスとはいえ所詮は蜘蛛、ドラゴンゾンビ程の耐久力は無いみたいだね。


 しかも厄介だった粉塵、父蜘蛛、子蜘蛛が全滅したこの状況で負けるほど、私達は弱くない。


 私はすぐに、目一杯の魔力を込めて『紫炎』を発動した。


 摂氏六千度にも及ぶ紫の炎は、母蜘蛛に何の抵抗も許さずに一瞬で灰塵と化してしまう。


 そして母蜘蛛の消滅と共に、辺りに散らばっていた肉片や子蜘蛛達の残骸も全てサラサラと砂のように崩れていった。


 こうして私達は、初めてのボス攻略を成し遂げたのであった。

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