第二話 お貴族様
メイクを終えた私は、修道女さんに案内されて聖堂にやってきた。聖堂は真ん中に赤いカーペットが敷かれた道があり、その左右に幾つもの長椅子が設置されている、日本で見たキリスト教の教会にそっくりな構造だった。
少し違う点としては、神父さん(?)が立つであろう台の両側の壁際に、とても高価そうな豪奢な椅子が三脚ずつ、こちらと向き合うような向きで設置されていることかな。あれは貴賓席なのかな?
そして向かって右側には男の子が、左側には女の子が座らされている。やっぱり7歳ってだけはあって、みんな痺れを切らしてガヤガヤとお喋りに夢中みたいだ。
まあ、正直子供にはきついよねこのイベント。メイク時間とか待ち時間とか合わせて、もう一時間以上経っているけど、まだ全員が揃っているわけではないみたいだし。
「それでは、左側の椅子にお座りください。できるだけ詰めていただけますと幸いです」
「あ、分かりました。ご丁寧にありがとうございます」
私を案内してくれた修道女さんはそう言ってペコリと頭を下げた。私も釣られてお辞儀をして、お礼を言う。
そしてレッドカーペットを歩き、椅子へと向かう。このドレス、裾を持ち上げなくていいタイプだから楽だなぁとか思っていると、いつの間にか少しだけ聖堂内の喧騒が収まっていた。そしてチクチクとした視線を感じる。
……あれ、私何かやっちゃった!?
心臓がドキンと跳ねた。もしかして頭にゴミが付いてたりとかパンツ丸見えだとか服が皺くちゃだとかするのかな!?
私は慌てて小走りで椅子に向かい、サッと腰を下ろした。そしてすぐさま隣に座っていた女の子に声をかける。
「あのー、すみません。私何か変なところあるでしょうか? 例えばゴミが付いてるとか、服が変だとか……」
自分で言ってて、初対面でいきなり何言ってんだコイツって思うけど、背に腹はかえられない。一生に一度のこの場で恥をかくくらいなら、安い犠牲だ。
私が声をかけた女の子は「ひゃいっ!」と悲鳴を上げてあわあわと慌て始めた。待って、そんなに今の私酷い状態なの!?
「いや、あの、そういうのは無いと思うので、大丈夫だと思い、ます……」
女の子は尻すぼみにそう言って、視線を下に向けてしまった。
「あれ、そうなの? それなら良かった。ありがとう」
私はそうお礼を言って、でも首を傾げた。じゃあ。あの時感じた視線はなんだったんだろう?
まさか私が自意識過剰すぎたのかな? そうだとしたら結構恥ずかしいな……。
それにしても、隣の女の子、大人しい子だなぁ。周りは既に先程までの喧騒を取り戻し、学校なら「静かにしてください」と先生に怒られるくらいだというのに、この子はずっと下を向いたままだ。
その子は綺麗なルビー色の瞳を持つ、とても可愛らしい女の子だった。それとは対照的なサラリとした紺青の髪は腰まで届き、しかもなんだかとてもいい匂いがしてクラクラする。
垂れ目で二重が特徴的な顔立ちは儚げな美しさを醸し出しており、下を向いているのがとても勿体ないくらい可愛い。
……ダメだ、思春期を男として過ごした有栖の記憶のせいで、可愛い女の子を見るとドキドキしてしまう。これは、女の子アリスとしてどうなんだろう?
というか私、思春期になったらちゃんと男の子に恋ができるのだろうか? 今のところ、ちょっと絶望的なんだけど。
そんな感じで私が自分の将来を憂いていると、いつの間にやら参加者全員が揃ったようで、入り口の扉がバタンと閉じられた。
そして突如全ての窓に暗幕がかかり、陽の光で照らされていた聖堂内は暗闇に包まれた。まるで映画が始まる直前のような演出に、それまで喧しかった子供達も、自然に押し黙る。
一瞬の静寂の後、祭壇の上のステンドグラスにかけられた暗幕のみが取り払われ、聖堂内にカラフルな光が差し込んだ。私はその美しさに、思わず息を呑んで見惚れてしまった。
「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます。これよりノルトハイム王国建国を祝い、"適正検査"を始めさせていただきます。ですがその前に、皆さまに本検査をご支援くださっています貴族の方々をご紹介させていただきます」
さっきまで誰もいなかった筈の説教台に、神父さんが立っていた。聖堂が真っ暗になった間に移動したのかな? ちょっと心臓に悪い登場の仕方だよ。
というか、お貴族様見れるの!? それって凄いことだよ! 平民とは完全に無縁の存在だと思ってたのに、"適正検査"って凄い!
私がそんな小学生並みの感想を抱いていると、聖堂の入り口である巨大な両開きの扉が再び開く音がした。しかし、ここで後ろを振り返ることは許されない。前にお父さんが、肩越しにお貴族様を見るのは死罪にも値する無礼なんだと教えてくれた。
コツコツと、数人の足音だけが木霊する。そして六人の人影が、祭壇の脇に用意されていた豪奢な椅子に向かい、腰掛けた。やっぱりあそこが貴賓席だったんだ。
それを確認した神父さんは、一番左の椅子に座った人物と目配せをした。するとその席に座っていた背の高い人物が立ち上がる。
「彼がこの街の領主であるフェルディナント・フォン・ハノーヴァー伯爵でございます。伯爵、一言お願いいたします」
神父さんがそう言うと、声をかけられた長身の男性は頷き、その爽やかな顔に笑みを張り付けて一礼した。
「ご紹介に預かりました、フェルディナント・フォン・ハノーヴァーと申します。ノルトハイムの将来を背負って立つ皆さんの今後の活躍を期待しますよ。そのためにもまず今日この日の検査結果をしかと胸に刻んでくださいね」
ハノーヴァー伯爵はそう和かに微笑んで、再び腰を下ろした。
御伽噺に出てくる金髪の王子様といった感じの、もの凄いイケメンだった。白を基調とした礼服も、腰に刺さった宝石で装飾されたレイピアも、その全てが高貴すぎる。
これが、本物のお貴族様なのか……。
「ありがとうございます、ハノーヴァー伯爵。そのお隣に御座しますは、ビアンカ・フォン・ハノーヴァー伯爵夫人でございます。そしてそのお隣はニーナ・フォン・ハノーヴァー伯爵令嬢でございます。また、ニーナ嬢は今年、"適正検査"を受けることになっておられます。後ほど検査方法の説明もニーナ嬢にしていただくこととなりますので、ご承知おきください」
神父さんの紹介に合わせて、ビアンカ様とニーナ様が同時に席を立ち、ドレスの裾を持ち上げた上品な一礼をする。
その一瞬、ニーナ様が私の方をチラリと見た気がするんだけど、気のせいだろうか。
いや、今日は自意識過剰になって死にたくなる場面が多かったし、気のせいってことにしておこう。
それにしても、ビアンカ様もニーナ様も綺麗だなぁ。肩まで伸びた少しウェーブのかかった超綺麗な金髪、翠色に輝く瞳。美しすぎる……。この世界は美人が多いなと思ってはいたけれど、流石にお貴族様のお二人は別格だった。
「また、本日は王都からドミニク・フォン・ベルマン子爵にもお越しいただいております。ベルマン子爵、ご挨拶をお願いいたします」
私が美しすぎる二人に見惚れている内に、逆側の席に座っているお貴族様の紹介に移っていた。
「……ふんっ、何故この私が平民如きに態々口を使わなければならんのだ。私から言うことは何もあるまい」
……あ、はい、きましたね。
いや、私が思い描いてたお貴族様のテンプレパターンが、まさか一日でどっちも見れるとは。
ハノーヴァー伯爵は爽やかな美しさを併せ持ち、奥さんも娘さんも同じ人間とは思えないくらいとても綺麗。更にはとても人格者で、領地まで治めている伯爵様。私が思う、良い貴族をそのまま形にしたような人達だ。
片やベルマン子爵は少し髪が薄くなりつつある脂ぎった頭にビール腹、更には平民を見下し悪態をつくといった、典型的な成金貴族。隣に座る同じく私たちを見下した目をした子爵夫人は、やたらと厚化粧しており、漆喰を塗りたくったんじゃないかというくらい肌が白くなっている。真っ赤に塗られた口紅が面白いくらいに似合っていない。いっそスッピンを見てみたいよ。
更にその隣には、某ファンタジー映画に出てきた◯フォイにとてもよく似た男の子が座っている。そしてこちらを見る目もかなり冷めきっている。正に、私が思う悪い貴族をそのまま形にしたような人達だった。
神父さんはそんな様子のベルマン子爵達を呆れたように見た後に息を吐いた。折角の建国記念日にこれでは、心労が窺い知れるというものだ。
「ゴホン。それではこれより、検査を始めさせていただきます。まずはニーナ嬢、続いてマルコ卿に検査していただいた後に、最前列から順に男女別れて検査していただきます」
こうして、遂に"適正検査"が行われる運びとなった。というか、紹介されなかったけどあの◯フォイもどき、マルコっていうんだ。アイツには絶対"様"を付けて呼んでやらないぞと心に決めた。
まあ、お貴族様と関わる機会なんてないだろうし、どうでもいいか。
しかしこの甘い考えが僅か数分後に敢えなく崩れ去ってしまうだなんて、この時の私には知る由もなかった。