第四話 ドラゴンゾンビ
「有栖君! カミラさんと上に逃げて!!」
動けなくなった私に振り下ろされたその爪は、芹奈ちゃんの剣によって勢い良く弾かれる。
その衝撃は凄まじく、ドラゴンゾンビの巨体が軽く数メートルは吹き飛ばされる程のものだった。
「わ、分かった! ごめん芹奈ちゃん!」
恐怖よりも驚きが勝ったのか動くようになった脚に鞭打って、私はカミラちゃんを背負って必死に階段を登ろうとした。しかし脚をかけた瞬間、その階段はボロボロと崩れ落ちてしまう。
「い、一方通行なのかこのダンジョン……!」
状況は最悪だった。今の状況でカミラちゃんを放っておく訳にはいかないし、だからと言って逃げる場所もない。
アンデッドになっているとは言っても、敵はドラゴン。『土要塞』で攻撃を防ぎ切れるかは怪しい気がする。
加えてカミラちゃんの罹った疫病は、吸血鬼の命さえも奪えるタイプのものだし、不死性に期待することもできない。
こうなったら、対処方法は一つだけだ。
「芹奈ちゃん代わって! そしてカミラちゃんの病気を診てあげて欲しい。芹奈ちゃんの"世界眼"なら、どんな病気なのか分かるかもしれないから!」
「えっ、でもわたし治せないわよ!?」
「治すのは私がやるから! 病名と症状を診て欲しい!」
「た、確かに"世界眼"ならできるけど、大丈夫なの有栖君? ドラゴン、怖いんじゃ……」
勿論怖い。魂にまで刻まれたこの恐怖は、多分一生消えることはないだろう。
だけど、カミラちゃんがいなくなってしまうのはもっと怖い。王都で私は、それを嫌というほど思い知らされた。
「私は大丈夫だから。カミラちゃんを、お願いね?」
私はぎこちない笑みを浮かべながらも、土魔法で非金属の剣を作り出す。
「……分かったわ。それじゃあ、スイッチ!!」
芹奈ちゃんは掛け声と共にドラゴンの爪を大きく弾き、その隙に大きく距離を取る。そこに私はすかさず入り込み、生まれた隙をカバーするように追撃を加えていく。
後は任せたよ、芹奈ちゃん。
「はぁあああああ!!」
全身に身体強化を施し、極限まで上昇させた動体視力でドラゴンゾンビの攻撃を見切りながら、高速の剣撃で四肢を切り刻む。
しかし、サイコロステーキのようにバラバラに刻んだはずのそれらは一瞬で再生し、私が着地した隙を狙って襲いかかってくる。
咄嗟に『物理障壁』を全身に施したことで難を逃れたけど、あれだけの再生能力を持っているとは流石物理無効の性質を持つアンデッドなだけはある。
でも、私は今の打ち合いで少しだけ自分に自信を持つことができた。いくらゾンビ化しているとはいえ、前は一切歯が立たなかったドラゴンの肉を裂き、骨まで断ち切ったのだ。
強くなってる、確実に。
しかも相手がアンデッドだというのなら、私にはまだ打てる手がある!
アンデッドは火か光属性の魔法しか受け付けない、最強クラスの耐性を持つモンスター。そして、粉塵爆発をケアする必要があることまで考えれば光属性の魔法しか使うことが出来ないこの状況。
それなら、やれる手は一つだけだ。
私は自分の持つ剣に魔力を流していく。カミラちゃんの苦しみを無意識に和らげていたという、光の魔力を。
次第に剣は煌々と輝き、薄暗いダンジョン内を明るく照らしていく。
「あ、有栖君それ……」
芹奈ちゃんが驚いたように目を見開く。
物理攻撃が効かないからって、剣が使えない訳じゃないんだよ。
「魔法剣の威力、試し斬りさせてもらうよ」
私は深い踏み込みの後、もう一度ドラゴンゾンビに向かって斬りかかった。
高速で繰り出される爪を躱し、続け様に振られた尻尾を剣で往なす。口から吐き出される瘴気のブレスを『ウィンド』で逸らして、その鼻っ柱をぶん殴る。
そして体勢が崩れたところを、空中で身を捻って上から下に全力で斬りつける。この一撃で、ドラゴンゾンビの上半身と下半身が分断された。
叫びとも音とも取れる不快な断末魔の叫びが、空間を歪ませる。さっき四肢を分断した時には何も反応無かったから、やっぱり光の魔法剣は効果があるみたいだ。
しかし相手は腐ってもドラゴン。即座に胴体を繋ぎ直し。魔法を放った。
……油断していた。
思っていたより簡単に剣が届き、光の魔法剣も通用した。ゾンビになっていることで知性も無くなっていたから、攻撃も単調だった。
だから勝てる、そう思ってしまった僅かな隙を突かれた。
ドラゴンゾンビが発動したのは、ただの中級土魔法、『物質創造』だった。大した魔力も使われていないそれは、ただ望んだ金属を作り出すだけの非攻性魔法。
しかしそれは、今この場で最も最悪な事態を引き起こす。
「芹奈ちゃん、カミラちゃんを守っーー」
その瞬間、視界が真っ赤に染まった。音は消え、猛烈な熱量に身体を焼かれていく。痛覚が鈍くなっているとは思えない程の激痛が全身を襲い、耐えきれずにのたうち回る。
「い、息が……」
いくら呼吸をしても、全く酸素が取り込めない。頭がぼんやりしてきて、酸欠の症状が強く出ているのが分かる。
痛い、苦しい、頭も回らない。そんな最悪な状況で、炎と煙が晴れた後の視界に全く無傷なドラゴンゾンビの姿が映った。
身動きの取れなくなっていた私は、当然の如くその爪に腹を貫かれた。そのまま腑を抉り取られ、壁に叩きつけられる。
どう考えても、私が人間のままだったら死んでいた。吸血鬼になった今だって、胸の魔石が砕かれていたら死んでいたと思う。
……でも、耐えた。
私はぼやける頭でなんとか『ヒール』を発動し、怪我と火傷を治療した。それから自分の周囲に『ウィンド』で酸素を作り出す。
それだけで、頭の中にかかっていた霧はサッと晴れていく。
まさか、ドラゴンゾンビが物理現象を使って攻撃してくるなんて……。しかも粉塵爆発とかいう、日本人でも知らない人がいるであろう現象でだ。
咄嗟に芹奈ちゃんとカミラちゃんに『物理障壁』を施したから私自身には間に合わなくて、もろにダメージを受けてしまった。
でも、『物理障壁』では酸欠を防ぐことが出来ない。
「げほっ、せ、芹奈ちゃん! カミラちゃん! 大丈夫!?」
あれだけの爆発だ。吸血鬼の私でさえこれだけダメージを受けたのに、人間の芹奈ちゃんや疫病に苦しんでいるカミラちゃんだとどうなってしまうのか……。
「わたし達は大丈夫! 有栖君は戦いに集中して!!」
その声は、平間から伸びる通路の遥か先から聞こえてきた。どうやら芹奈ちゃんは、あの一瞬でカミラちゃんを抱えながらそんな所まで逃げていったらしい。
さっきの剣技を見た時も思ったけど、とんでもない速さだよ。
でもこれで、目の前の敵に集中できる。厄介だった粉塵も、今の爆発で消費されたみたいだしね。
油断するつもりは無いけど、こうなれば負ける気もしないよ。
私は手放してしまっていた剣を消滅させ、新たな剣を生み出した。
「あなたが一体どうしてこんな場所でアンデッドになってしまったのか、私には分かりません。知識も豊富ですし、過去には偉大なドラゴンさんだったのかもしれません。……ですが、私達もこんな場所で立ち止まっている訳にはいかないんです」
剣に魔力を流し、もう一度光の魔法剣を作り出す。
「だから私が、あなたを本来在るべき場所へ送り届けてあげます。ちょっと痛いかもしれないですけど、我慢してくださいね?」