第五十三話 終結
あの後、私はギルドで正式に魔族領へ赴く許可を得た。本当はAランク冒険者のパーティーを組まなくちゃいけないんだけど、純魔族のカミラちゃんはCランク冒険者に留まってしまっている。
というか、話題にされてないだけでこの話をしたら冒険者資格を剥奪されるかもしれなかったから、黙ってたんだけどね。
だから私達はあくまで、「国王陛下の命により魔族領へ聖剣と聖衣を奪還しに行く勇者のお供」として魔族領に行くことにしたのだ。
Aランク冒険者なんて比にならない力を持った勇者との混合パーティーかつ王様の命令ってこともあって、特例ながら許可が出たのだ。
ありがとう、王様。一生ついて行きます!
ギルドを出た後、私達は"月の廷臣"の三人と小一時間程度お茶をしてから別れた。彼らはこれから護衛依頼を受けるらしいから、あんまり邪魔しちゃ悪いしね。
ただあのパーティー、ちょっと不安だな。恋愛面で。ちょっと話しただけで、ゴリスさんとサイさんは二人ともルナさんに恋してると分かった。
なんだか私達のパーティーと似たようなところがあって少し思うところがあったけど、一妻多夫ってこの世界で認められるのかな?
でもルナさんはあの二人のことなんとも思ってないみたいだったし、これからどうなるかは全く分からないけどね。
そんなことを思い出しながら、私達は今ケラー子爵家の地下に来ていた。当然目的は、残されたアイラやレオン達を魔族領へと帰すこと、なんだけど……。
「そういえば、芹奈ちゃんを置いてくるの忘れちゃった」
「言い方酷くない!?」
ガーンとショックを受けたように固まる芹奈ちゃんの姿に思わず吹き出してしまい、ポカポカと背中を叩かれる。
「ごめんって。実はこの中にいる子達、人間を敵視してるみたいなんだよ。あんな事があったからそれは当然なんだけどさ」
「しかもあの子達、思ったよりも戦い慣れていましたしね。芹奈さんが負ける訳もないですし、私達がフォローすればそんな小さな諍いは収められますけど、出来れば円満に魔族領へ送り届けたいですしね」
「あ、そうなんだ……。やっぱり、魔族の子達と仲良くなるのは難しいよね……」
どうやら子供好きらしい芹奈ちゃんは更にショックを受けたみたいだけど、こればっかりは仕方ないと思う。
それに、もしかしたらアイラやレオン達の肉親や知り合いが芹奈ちゃんによって斬られているかもしれない。
戦争で前線に立つというのは、そういうことだから。
「分かったわ。旅の支度もあることだし、わたしは一度王宮に戻るわね。だから二人とも、しっかり送ってあげなさいよね」
芹奈ちゃんはそう言って去って行き、私とカミラちゃんだけが残された。
「……もう、あの子達とはお別れになるんですね」
カミラちゃんは少し、いや、とても悲しげな顔で扉を見つめていた。私も悲しいけど、純血の魔族である彼女にはやはり、思うところがあるんだろう。
「大丈夫、これが一生の別れにはならないよ。だから、笑顔で送ってあげよう」
私はカミラちゃんの肩にポンと手を置いた。そして彼女が頷くのを確認してから、鍵を外して扉を開く。
「皆んなただいま! いい子にして……、た?」
気付いたら私の周りをぐるっと囲った子供達に、喉元に剣を突きつけられていた。
相変わらずの反応速度というかなんというか、逞しい子供達だよ。
「げっ! またアリスさんだ! おいアイラ! お前さっき敵の気配が近付いて来たって言ったよな!?」
「て、敵なんて言ってないよ! 誰かが近付いて来たって言ったの! お、お姉さんごめんなさい」
「……人騒がせな」
相変わらず毒の強いフィーネちゃんに苦笑しながら、私はカミラちゃんを中に招き入れた。
それから子供達をダイニングに集めてから、『転移門』を使った帰還作戦について説明する。
未知の魔法に興味津々な子供達は、私が記憶を読むと言っても全く動じる事なく、むしろ自分の記憶を見て欲しいと主張した。
大人と違って無垢な子供達の様子に私はほっこりしながら、アイラの記憶を読むことにした。
その理由は単純で、私の真向かいに座っていたからである。変に理由を付けると喧嘩しちゃいそうだったし、これくらい適当に決める方がいいと思ったんだね。
「それじゃあ、記憶を見せてもらうね」
「お、お願いします……」
何故か緊張した様子のアイラに思わず首を傾げつつ、私は『サイコメトリー』を使用した。
いくら乗り気だったとはいえ、女の子のプライベートを覗くのは趣味が良いとは言えないので、アイラが好きな場所に限って読み取っていく。
当然最初に見えて来たのは彼女の部屋。でもそんなに広い部屋ではないから、ここはやめておこう。
次に見えてくるのは街の風景。思ったよりも広いく、【カルムの街】よりも栄えているように見える。
出店の数も多くて非常に賑わっている楽しそうな街だった。そしてそれ故に、この中に突然転移させる訳にはいかないかな。
次に見えて来たのは、とても綺麗な平原地帯だった。さっきの街から程近いその地は綺麗な黄色い花の絨毯に染められている。
思わず見惚れてしまう程に綺麗なその花は、しかし強力な毒を持っている事で知られている、とマリアさんが教えてくれた。
その香りを嗅いだ人間には幻覚が見え、更に酔っ払ったように思考力が損なわれてしまう。更に経口摂取、つまり食べてしまうと数分で死に至るという猛毒花だ。
でも魔族には効かないので、魔族はその毒を武器に塗って斬りかかってきたり、煙玉に混ぜて使ったりといった中々エゲツない事をしてくるとのこと。
もしかしたら、この平原は畑なのかな? それともただ単に綺麗だから印象に残っているのか。
どちらにせよ、ここなら『転移門』を繋いでも問題無さそうだ。
私は『サイコメトリー』を切り、アイラに花畑を転移先にしていいかを確認してから、『転移門』を発動させた。
「こ、これがアリスさんのオリジナル魔法! す、すっげー!」
「……物凄い魔力が込められてる。異常」
「わ、私の記憶を見ただけでこんな魔法が……。お姉さん、凄すぎます!」
どうやら込められている魔力の量を感じ取ったらしい。ただフィーネちゃん、そんなにドン引きされるとお姉さんちょっと悲しいよ。
「これで、やっとお家に帰れる……」
「でも、お姉さん達とはこれでお別れになってしまいます」
そういった魔力を感じ取れないらしいエマとロッテは、複雑な表情で手を握り合って私を見る。そんな顔されると、私だって悲しくなってきちゃうよ……。
「大丈夫、私はもう皆んなの住む街の場所を覚えたからね。いつか絶対に会いにいくよ」
私は六人の子供達全員の頭を撫でくりまわす。保育士さんって、こんな気持ちなのだろうか。物凄い癒し空間だ。
「約束だからな? 絶対に会いに来てくれよな!」
「その時はいっぱいお礼するから! だから、来てくださいね?」
「……約束、破ったら許さない」
「私は、約束を絶対守る女だからね。だからその時は、いっぱいおもてなししてね」
「うぅ……、みんなバイバイ。アリス姉さん、絶対、会いに行きましょうね……」
そして最後の挨拶を済ませた子供達全員とハグした後、彼女達は涙を流して手を振りながら『転移門』を潜っていく。
これで、王都に拉致されてきた捕虜達は全員魔族領へ帰してあげることができた。
私はホッと一息つき、目尻に涙を溜めているカミラちゃんとハイタッチしてから食材や魔石を回収して拠点を消し去った。
こうして全てを終わらせた私達は芹奈ちゃんと合流し、皆んなで私の家に転移した。すると気配を察知した両親にすぐさま迎えられ、今度は私の頭がぐちゃぐちゃになる程撫で回される。
今日はゆっくり、両親に伝えよう。私の旅の思い出を、それから私の大切な二人の女の子について話をしよう。
そして明日からまた旅に出るんだ。
たとえその先に、どんな未来が待ち受けていようとも。