第五十二話 カタリナ王女
セウェルス王子によると、カタリナ王女は普段誰にも顔を見せることはない影の存在なのだとか。
それ故にギルドマスターとは言ってもこうして冒険者ギルドに顔を出すことは滅多になく、また王宮でも自室に引きこもっているらしい。
しかし今回、余りにも異例な魔族の冒険者が誕生するということで、責任を負いきれないサブマスターから泣きつかれたらしい。
そうまでされないと動かないギルドマスターって……。
「アリス、君が何を考えているのかは大体想像がつくが、これでも書類仕事に関しては天賦の才を持っているのだ。尤も、その書類を全て使用人に運ばせているのは看過できんがな」
「それは仕方ないのです、お兄様。見てくださいお兄様、わたくしのこの細い足を! 重い荷物を運ぶなど不可能なのです」
「嘘をつくなこのぐーたら姫。荷物などマジックバッグに入れればよかろう。そして何が細い足だ。身体強化の才に長けたお前が言うと嫌味にしか聞こえないぞ」
なんか今のやり取りだけでカタリナ王女がどんな人なのか、大体想像できたよ。セウェルス王子も、案外大変なんだなぁ……。
「とにかくだ。さっさと手続きを始めたまえ。この後近衛騎士と騎士団の合同訓練があるのだ。騎士団長である私が遅れてはならないことくらい分かるだろう?」
「お兄様はお仕事に真面目すぎるのです。もっと自由に生きた方が楽しいですよ?」
「よし分かった、これ以上ごねるならば王国騎士団長直々の拳をくれてやろう。良かったな、滅多に経験出来ぬ名誉だぞこれは?」
「申し訳ありませんでしたお兄様、痛いのは嫌なのです。どうかその拳を下ろしてくださいまし」
ああ、あの兄にしてこの妹ありだね。この国の王族はどこかしらに残念ポイントを持たなきゃいけない決まりでもあるのかな? もしかして、国王陛下にも何か残念な秘密があったりとか……。
「……こほん。ではアリスさん、今お持ちのギルドカードをご提示いただけますか?」
私が言われた通りにギルドカードをカタリナ様に手渡すと、彼女はいつの間にか手に持っていた羽ペンで何やらカードに記し始めた。
そしてある程度書いたところで手を止めて、"月の廷臣"の三人へ顔を向けた。この時の王女様は、それまでとは全く違う凛とした面持ちで思わず息を呑んだ。
これが、ギルドマスターとしてのカタリナ王女の姿なのだろう。
「冒険者パーティー"月の廷臣"のルナ、ゴリス、サイに問います。貴方達はアリスさんと死力を尽くして戦い、敗北した。その事実に相違ありませんか?」
「……はい、間違いありません。"月の廷臣"がリーダー、ルナの名と我らが神に誓います」
その瞬間、ブロンズ色だったギルドカードが金色に変化した。新しいカードと交換してもらうのかと思っていたから、これにはビックリだ。しかもルナさんの宣言で色が変わったし、一体どういう原理なんだろう?
「貴女の言葉に偽り無く、我らが神に認められました。おめでとうございます、アリスさん。これであなたもAランク冒険者です。それから、失礼ながら二つ名についてもこちらで決めさせていただきました」
返されたギルドカードを見ると、私の名前の下に今まで無かった項目が追加されていた。
そこには、"混血吸血鬼"と記されていた。二つ名というか、私の種族そのものじゃんと思ったけど、これは結構合理的かもしれないね。
今回の一件で、私は人相画と共に吸血鬼の冒険者として知られることになる。なら二つ名で混血を強調することで、元人間だということもアピールできるのはかなり有難いのだ。
だって、ただの吸血鬼だって思われたら絶対風当たり悪くなるもん。下手したら宿に泊まることすらできなくなるかもしれない。それくらい、魔族であるってことを知られるのは影響が大きいのだ。
「ありがとうございます、カタリナ王女」
「いえ、これは勇者様の願いでもありますので。……ところでアリスさん、勇者様について色々教えていただきたいのですけれど」
そう言って目を輝かせるカタリナ王女の目は、まるで恋する乙女のようにキラキラと輝いており、さっきまでのカッコいいギルドマスターの威厳は露程も残っていない。
いやいや、豹変し過ぎでしょ……。
「い、色々って何ですか?」
「例えば好きな物とか、嫌いな物とか、あとは恋人がいるのか! それから勇者様の武勇伝もお聞きしたいです!」
「いや、目の前にいるんだから直接聞けば……」
「そ、そそそそんな恐れ多いことできません……。勇者様はわたくしの憧れの人なのですから」
一瞬だけチラリと芹奈ちゃんの方を見て、頬を真っ赤に染め上げるカタリナ王女。これ、完全に恋してない? 本当にただの憧れなのかな?
「せ、芹奈ちゃん助けて……」
「あー、なんか見た感じ無理だと思うわ」
「そうですね。芹奈さんとまともにお話しできる状態とは思えません」
……ですよね。でも、既に余計な時間を食ってイライラを募らせたセウェルス王子がカタリナ王女の肩を引っ張ってるような状況だし、さっさと答えられることだけ答えるべきだよね。
というか王女様、王子様の全力をもっても動かないとはなんたる身体強化の腕か。実はセウェルス王子よりも強かったりして……?
「では、セウェルス王子も困っていることですし、一つだけお答えしましょう。それ以外は、また次の機会に」
「一つだけ、ですか。……分かりました。では、勇者様の恋愛事情を教えていただければと思います」
カタリナ王女は、まるで告白するかのように緊張した面持ちで言葉を紡ぐ。
……本当にこのお方は、芹奈ちゃんに恋をしているのかもしれない。
それなら申し訳ないけど、その恋心は無かったことにしてもらう他ない。それこそポッと出の王女様に、芹奈ちゃんを取られるわけにはいかないんだ。
だから私は、意を決して口を開いた。
「……芹奈ちゃんは、私と付き合うことになりました。友達としてではなく、恋人として。なのでその、カタリナ王女の」
「き、禁断の愛……! これはまた新たな小説のネタに相応しい新事実……! まさか勇者様にそっちの趣味がお有りとは、流石は異世界人です!」
カタリナ王女は私の言葉に被せて、何故か一人で大盛り上がりしてしまった。というかこの反応、カタリナ王女が芹奈ちゃんに恋してた訳じゃなかったんだね。
とんだ早合点で一人ウジウジしてた私が何か馬鹿みたいだ。
「ちょ、ちょっと待ってカタリナ様? 小説ってどういうことなの?」
「えぅ……! あ、それは、その……。し、失礼しますぅ!!」
カタリナ王女は「しまった!」という顔であたふたと挙動不審になり、そして部屋から飛び出して行ってしまった。
流石はセウェルス王子が太鼓判を押す身体強化の使い手、逃げ足の速さは一級品だね。
「お、おい待てカタリナ! ……すまない、新たな用事が生まれてしまった故、これで失礼する。だがアリス、勇者芹奈と付き合っているという件についてはまた次の機会に聞かせてもらうぞ」
セウェルス王子はそう言い残してから、慌ただしく去っていった。
こうして、王子様による尋問が将来に控えるという不安要素が出来てしまったものの、遂に私はAランク冒険者になることが出来たのだった。
あとは正式に手続きを踏めば、魔族領に行くことができる。
待っててサリィ。例えどんな結末が待っていようとも、必ず貴女を探し出して見せるから。