あとほんの少し強ければよかった4
どうもです。冬野紫苑です。
四話目になります。暇な方、暇でない方も是非読んでいってください。
魔導高校の演習エリアはどこの高校もかなりの広さがある。これは単純に魔法を使う戦闘訓練を行うためという以外にも、緊急事態が起きた際の避難所としての役割を十分に果たすためでもある。
僕たちの通う第四高校の第一演習エリアは、正四角形の敷地に訓練用の施設がいくつか常備されていて、訓練用施設の使用許可を事務員からもらうことでいつでも使用が可能できるため、僕も何度かお世話になっている。また、第二演習エリアは対人又は対魔物戦闘訓練のためのエリアで生徒の間では闘技場と呼ばれていて、年に一度開かれる大会の会場になったりする。
いま僕たちがいるのは第一演習エリアだけれど普段とは違い、訓練用施設は端へ寄せられていて、その代わりに大勢の測定員が並んでいる。これから僕たちは自分にあてがわれている担当の測定員と、能力測定と題した報告会を行わなければならない。
この報告会というのは僕が勝手にそう思っているのではなくて全生徒が、もっといえば先生方も認めるもので、僕の一年の時の担任は能力測定のことを普通に「面倒くさい報告会」と呼んでいた。おそらくだけど、このイベントをちゃんとした名称で呼ぶ人はそういないと思う。
そんな報告会だけどなぜ能力測定がそんな呼ばれ方をされてしまうのか、その理由はとても単純で測定しないからだ。なにしろ能力というのはそれ自体が成長することはない。一度どのような能力か把握できれば、それ以降の測定は本来必要のないものになってしまう。
だけど、報告会は毎回行われることになっている。なぜなら、能力が成長することはなくてもその能力に定められた項目が変更されることが稀にありそれを伝える機会が必要だからだ。だから、二回目以降の能力測定は必然的に測定機関から能力保持者への項目変更についての報告とその報告に対する能力保持者の返答によるものになる。
「次の方、氷野薊君どうぞこちらへ。」
僕たちが第一演習エリアに到着してから少しして僕の名前が呼ばれた。僕は素直に勧められた席へ座り、久しぶりに会った僕の担当の人へ挨拶をする。
「おはようございます。垣野さん。」
「ええ、おはようございます。氷野薊さん。」
彼女は垣野さんといい日本における能力を管理する機関、通称能力課に勤める公務員だ。以前彼女に能力を訪ねたところ『逃避』という能力を持っているらしいことを教えてもらえた。『逃避』という能力は簡単に言えば何かから逃げる際、限界を超えて逃げることに専念できる能力らしく、僕が欲しい能力の上位に位置するとても素晴らしい能力だ。彼女とはかれこれ四年ぐらいの付き合いになるのだけれど、それ以外のことは全く知らずあまりいい関係を築けてはいないのかもと密かに心配に思っていたりする。
「今回は、項目の変更はありましたか?」
ちなみに、僕と彼女の報告会は他の皆に比べて少し長い。だから僕はできるだけ早く終わらせるために積極的に話を進める。今では、僕はこの報告会で割と協力的な人物のひとりであると自負している。
「今回、あなたの能力で変更がなされた項目はありません。」
「それはよかったです。では、今回の報告会はこれで終了ということで。」
これで終われば、僕のこれまでの報告会の中で最速のものとなるのだろうけど、そうならないことは分かっていて早く終わらせることはすでに諦めている。
「いえ、あなたには前科がありますので、一応各項目について再度質問をさせていただきます。」
「前科なんて…人聞きが悪い。ただ僕は自分のできることを報告し忘れていただけですよ。それに、そのことについて貴方に聞かれたわけでもないので…一概にこの報告漏れは僕だけのせいとは言えないですよ。」
本当に、人聞きが悪い。僕はこの報告会における能力者の義務を放棄したことはない。しっかりと彼女の報告を聞き訊ねられたことに嘘偽りなく答えていた。
「ええ、確かにあの時の報告漏れは私の落ち度でもあります。ですが、あなたが意図的にその報告を怠った可能性を否定しきれていません。なので、今回もあなたとの報告会には相応の時間を取らせていただきます。」
「はい。まあ仕方のないことだと理解しています。しかし、毎回思うのですがその前科という言い方はどうにかならないのですか?」
「はい。どうにもなりません。これは毎回言っていますが、この前科という言い方はこの報告会でのみ使用させて頂いております。私からのささやかなやり返しですので、どうぞ諦めてください。」
「まあ、それならしょうがないですね。」
「ご理解いただきありがとうございます。では今後はこの問答を省略させていただきます。」
「それは駄目です。そうするなら僕からも報告内容の省略を求めます。」
「では今後もこの無意味な問答を続けるということで。」
「はい。それでお願いします。では、報告に戻るということでいいですか?」
「はい。ではあなたの能力『接合』の項目に関して、訂正がないか質問を行いたいと思います。その際こちらの書類を確認しながら行います。」
そう言うと彼女は、僕の能力の詳細が書かれた報告書を二冊、バックから取り出しその内の一冊を机の上に置いた。僕はそれを手に取り目の前の彼女と同じように表紙を開く。
「まず一つ目の項目である『効果』についての質問です。あなたの能力『接合』は、その効果対象物の接地面を、流動的な特性を付与しつつ繋げるもの、ということで訂正はないですか?」
「はい。訂正はありません。」
彼女は書類を見ながら質問してきた。もちろん、僕は彼女の質問に素直に答える。
「ありがとうございます。では、二つ目の項目である範囲についてです。」
そして、彼女は僕の返事を聞くと次の質問へと進む。こんな感じで僕らの報告会は進行していく。ちなみに、通常の報告会なら測定担当者から変更がないことの旨を伝えられて終わりである。それを思うと、文句を言っても仕方ないと分かっていても少し疲れを感じてしまう。
疲れながらも彼女からの質問に答えていき、報告会は滞りなく進行する。周りを見れば報告会を行っている生徒はあと僅かとなっていた。
「お疲れ様です。以上で質問を終了します。」
彼女のその言葉は今が報告会の区切りであることの合図だ。
「はい。お疲れ様です…それにしてもやはり面倒くさいですね。」
「ええ。本当に。私もとても疲れてしまいました。まぁ、あなたの担当になったのが間違いであったと諦めていますけど。」
「そんな酷いこと言わないでください。これでも申し訳なく思ってはいるんですから。」
彼女には分かってもらえていないかもしれないけれど、彼女には感謝しているつもりだ。
「申し訳なく思っているなら、もう少し積極的に報告をお願いします。」
「ええ。これまで通りしっかり答えさせていただきます。」
「これまで以上でお願いします。」
…それは難しい。だって、これが僕の精一杯なんだから。
「はい、やれるだけやってみます…では次はいつも通り僕からの報告ということでいいですか?」
「はい。では、報告をお願いします。」
「まあ、でも報告といってもこれといって変化は特にないですけれど。」
本当に特にない、それは強いて言うこともできないほどに。
「本当になにもないですか?あなたに対しては、少し気になる程度のことでも聞くことが私の義務になっているのですけれど。」
「本当です。」
「そうですか。では、あなたの能力『接合』のランクは前回から変わらずBということで報告会を終了させていただきます。ありがとうございました。」
そう言うと彼女は僕に退席を促した。
「ありがとうございます。ではまた二学期にお会いしましょう。」
僕は、そう言って席を立ち演習エリアの出口へ向けて歩きだした。その途中、僕の最後の言葉を聞き少し嫌そうにしていた彼女の顔は気のせいだと思い込むことを心に決めた。
読んでいただきありがとうございました。
感想、誤字報告等を書いていただくのは私の憧れでもありますのでどんどんお願いします。