あとほんの少し強ければよかった2
どうもです。冬野紫苑です。
二話目になります。
二年生になった僕の新しいクラスである2-Iの教室は、西棟の二階の端から二番目にある。
僕の通う国立第四魔導高校においては、東棟に一年生、西棟に二年生、南棟に三年生の教室があてがわれており、北棟には教員たちの個別の簡易研究室が並んでいる。全棟地下二階を含めて五階建てで棟の端と端が繋がっていて上空からはロの字に見える造りになっている。
ただ、それぞれの棟の通路は繋がっておらず、棟から棟へ移動する際は中庭を経由するか、中庭の真下に広がる地下一階と二階の演習エリアを通過しなければならず、一部の生徒には不満を持つ者もいる。
しかし、それぞれの学年のカリキュラムに必要なものはその学年の棟にある施設で足りているため、何が不満なのか僕はあまり理解できず、この話を聞くといつも不思議に思う。
……不思議に思うことといえば先ほど桜の木の下で出会いここまで共に来た彼、大賀優についてもそうだ。今僕らがいるI 組は、魔法陣を主軸としている生徒たちのクラスのはずで、彼のように詠唱魔法を主軸とするような生徒はA~Eのどこかのクラスに割り振られるようになっているはずだから。
「俺も、自分のスタイルについて考え直すことにしてよ、今後は陣をメインにすることに決めたんだよ。」
僕が不思議がっていることを肌で感じたのか、もしくは、僕の目線がそう物語っていたのかはわからないけれど、彼はその解答を教えてくれた。
「でも君は、詠唱魔法の方が得意じゃなかったっけ?」
「まぁ、確かに詠唱の方ができると思っていたが、そもそも陣をやろうと思ってなかったっていうのが、理由なんだ。」
「じゃあなんで今になって魔法陣を?」
「そりゃ選ぶ機会があったからだろ。」
確かに、この高校は二年生から自分が主軸とするものをより詳しく学ぶため、ある程度クラスを選ぶことができる。詠唱魔法を主軸とするならA~Eクラス。薬物や魔道具を主軸とするならF~Hクラス。そして魔法陣を主軸とするならI、Jクラスといったふうに。
ちなみに、この中で一番潰しが効くクラスはF~Hクラスで、逆に一番効かないクラスはI、Jクラスだったりする。理由は割と明白で薬物や魔道具はそれ自体が色々な所で求められるのに対して、魔法陣は融通が利かず事前の準備が必要な割には、詠唱魔法の効果とあまり差がないことから、あまり求められていないからだ。
こういう事情があって、魔法陣から他へ変わることは多くてもその逆は聞いたことがない。魔法陣を選択した僕もこのことはよく理解してるつもりだ。だから、今回は聞いてみることにした。
「うん、でも魔法陣に変えるのは珍しいよね。」
「ああ、そうだな。そこはほら、魔法陣のデメリットよりメリットを見ての判断だ。俺は別に、準備ってのが嫌いじゃない。いちいち口に出さなきゃならん詠唱より、魔力通してサッとできる陣の方がいいんじゃねぇかと考えたんだ。」
「なるほどね。」
これについては僕も同意する。魔法陣は詠唱魔法と違い発動までの時間のロスが少ない。これは魔法陣の数少ない利点だといえる。ただ、やっぱり詠唱魔法の方が優れているといわれるのには理由がある。それは詠唱魔法に人が多く集まる理由としてはとても納得のいくものだ。
「バインダーはもう持ってるの?」
一つ目の理由はバインダーが必須だということ、これは、作成した魔法陣を保管しておくためのもので、有事に備えいつも持ち運ばなければならない。
「いや、まだ持ってねぇ。できればお前の持ってる使わねぇのを借りてぇんだが…いいか?」
「別にいいけど…自分専用のやつを作った方がいいと思うよ?僕が作ってもらったところを紹介しようか?」
そして、このバインダーは魔道具の一種だったりする。つまり、なかなか高価なものであることが多いのだ。安いものだって何万円とする。今僕はバインダーを自作しているからそうでもないが、自作し始める前はバインダーの破損に備え貯金をしており、毎日朝起きた時と夜寝る前に貯金箱の確認を行っていた。
「それもお願いしてぇが、お前のも貸してほしい。自慢できることじゃねぇが、いま金欠で碌なものが買えやしねぇ。」
「それは本当に自慢できないよ。」
まあ、学生の身である程度稼いでいるといっても何万円もするバインダーは高いと思う。それに、彼のことだからこの手の物にはお金をかけるような気がする。今後、彼専用のものを買うことになればその値段は、桁が違うものになるだろう。
「そんなことよりも、お前には別に頼みたいことがある。」
「まあ、何かはわかるけど……それは駄目だよ。」
「そこを何とかできねぇか?俺も考えたんだがいまいちうまくいかねぇ。」
「駄目だよ。魔法陣使いにとってオリジナルはその人の生命線とも呼べるものだ。基本的に他人に教えたりしない。そして僕も例外じゃない。」
「やっぱダメかぁ~」
そう言うと彼は、僕へのアピールのつもりなのか本当に頭を抱えた。でも駄目なものは駄目なのだ。
これは魔法陣を選ぶ人の少ない理由の二つ目でもあるが。高位の魔法陣使いはそれぞれ自分で作り出したオリジナルの魔法陣を持っている。それは強力なものから、何のためにあるの?と疑問に思えるものまで様々だが、それを他人に教える人はいない。
そして一般に公開されている魔法陣は数が少ないし、詠唱魔法でいうところの中級の魔法を超えることもなく、もうすでに対策が定まっていて脅威に思えるものはない。だから余計にオリジナルは魔法陣を扱う人にとって、対策されずらいものとして重要な意味を持ち、それが公開されることはなく、一般に扱うことのできる魔法陣はその数を増やさない、という悪循環が生まれている。
この環の中でオリジナルを作れなかった人は自然と出ていき、外から眺める人が入ってくることも————目の前の彼を除いて————いないといって過剰ではない。…まあだからという訳ではないが、この環に入ろうとする稀有な存在である彼の手助けをするのはやぶさかではない。
「いつまでそうやって唸ってるんだよ?」
「お前が良いというまで、永遠に、お前の前でずっと?」
……なんてことをするつもりなんだ。
「とても迷惑なんだけど…」
「じゃあ教えろよ。」
「…思っていたよりしつこいね。」
「当たり前だ。どうとでも言え、なにせこっちは俺の今後が懸かってる。」
その意気込みは尊敬すべきなのかもしれないけれど、君に教えることで僕の今後も左右されるようになることを理解して早急に諦めてほしい。欲を言えば理解せずとも一度、駄目だといった時点で諦めてほしかったのだけど。
「はぁ…」
思わずため息が出てしまった。こんなことならオリジナルを教えてくれと頼まれてすぐに伝えておけばよかった。
「君なら、魔法陣が一般に公開されているものを使ってもある程度の所まで行けると思うけど…」
きっと、彼が望む所はそこじゃないのだろう。だから僕は言葉の続きを彼に伝える。
「確かに、ある程度の所を超えるにはオリジナルは必須だと思う。」
「だろぉ、だからさ、教えてくれよ。」
「それは駄目だけど、オリジナルの作り方は教えてもいいと思う。」
そう言うと彼は、先ほどから続けていた頭を抱えるポーズをやめてこちらをまっすぐまるで早くしろと言わんばかりの眼差しで見つめてきた。そんな彼を見ていると申し訳ない気持ちが湧き出てくる。これから僕は別に大したことを言う訳ではないから、これはきっと彼がオリジナルを作ろうと苦戦しているうちに自然と見つけてしまうような、少しその過程を跳ばす程度ものだろうから。
「まあ、簡単なことなんだけどね。君の能力を使えるんじゃないかな?」
実は彼はとても、魔法陣使い泣かせの少し他とは違う能力を持っている。
能力というのは六年前、推定神が現れた後、魔法やそれに関する魔素や魔力なんかの発生が確認された同時期、共にその存在が確認された『魔力を用いない不可解な現象及びそれを引き起こす力』の総称だ。
この能力は所属する団体や審査した機関や国ごとに多少の差異はあるけれど、まずそれぞれの能力に適当な最低五つ以上の項目を設定しF~Aの中からランクが制定される。
そして能力に設定された項目とそのランクを総合的に判断して、能力自体のランクがつけられる。この能力だが一人最低でも一つは持っていることが確認されているが、各々別の能力を持っているわけではなく被ることも多々あったり、ランクが違うだけのものや、名称が違うだけのものもある。例外的に現時点で一人しか確認されていない能力もあるが、それは便宜上固有能力と呼ばれていたりする。
そんな能力だが、魔法を用いないだけでそれに干渉することなら可能なものが少なからずある。件の彼、大賀優の能力はそれに該当する。
彼の能力の名称は『切断』、ランクはBと高いものではあるが、能力名だけ見ればありふれたものの一つである。そんな彼の『切断』に設定された項目は以下の八つだ。
項目1、範囲。ランクE。自身の持つ自身が刃物と認識しているものが届く範囲。
項目2、発動条件。ランクC。自身の持つ自身が刃物と認識しているものに力を纏わせ、それが触れることによって発動する。
項目3、対象。ランクC。自身の重量の5倍を超えない非生物。また概念、法則、及び魔法現象は対象外。
項目4、効果。ランクA。切断面は非常に滑らかであり。能力対象のものであれば全て同様に切断できる。
項目5、発動速度。ランクC。発動条件における『刃物』に力を纏わせる時間が必要。
項目6、持続時間。ランクC。半永久。時間経過による再接合なし。物理、魔法及び能力による再接合は可能。
項目7、比較優劣。ランクB。ランクC相当の能力による保護をかけたものを対象とする場合発動しない。しかし、重量増加等の能力の場合、確認される限りランクに関わらず発動しない。
項目8、消耗。ランクA。能力発動対象に応じた体力の消耗を確認。
彼の能力のランクを各項目のランクの平均で見た場合BよりもCに近い評価となるはずだ。しかし、能力のランクは総合的に判断される。彼の『切断』の場合、その評価を上げているのは、項目3の『対象』になる。
彼の能力の『対象』は切断できないものに魔法現象が挙げられているけれど、他の似た能力ならここは、魔法現象及びそれに伴う事象となるはずだ。しかし彼の能力は違う。それはなぜか、これは魔法陣の性質や魔法の特性にも繋がるのだけれど、魔法陣は魔法現象には含まれず、また魔法陣に魔力を通しその台紙から浮かび上がらせた、発動準備状態と呼ばれる魔力陣も同様に魔法現象に含まれることはない。
つまり、彼の能力は魔法陣や、発動準備状態である魔力陣の切断が可能だということだ。そして切断された魔力陣は発動することなくその効力を失う。彼は魔法陣使いとの戦闘において、魔法陣の「発動時間が短いことで近距離の戦闘でもある程度戦える」という利点を、相手から奪うことができる。
「ああ、つまり俺は魔法陣使いキラーの魔法陣使いになるわけだ。」
「そうだね。本当に君の能力と魔法陣の相性は最悪だ。」
本当に、これだけなら何で魔法陣を主軸にすることに決めたのか疑問でもあるが、なかなか理に適っているともいえる。相手の魔法陣使いからすれば自分の魔法陣は発動せず、相手の魔法陣だけが発動するのだから、軽く絶望ものだろう。僕がその状態に陥れば、逃げか降参の二択になる。
「けど、どうやって俺の能力をオリジナルを作るのに使うんだよ。」
「それは、今から伝えるよ。でも、もう少し自分で考えてみるのもいいものだよ。」
僕は結構本気で、「オリジナルの作り方を考えてから魔法陣を主軸にすることを決めろよ」と思っていたりするのだけれど、本人は微塵もそんなこと考えていないようだ。
「考えたんだが、思いつかんかった。」
「もう少し頑張れよ。」
どうやら先ほどの考えを訂正しなければならないようだ。微塵も考えていなかったわけでは無かったみたいだ。…だから仕方ないとはならないけれど。
「…先輩の魔法陣使いとして少し、魔法陣について教えようと思う。」
魔法陣を使わない人にとってはあまり知られていないことだけれど、魔法陣というものは一種の儀式魔法でもある。儀式魔法とは触媒を介して詠唱魔法と魔法陣を併用する魔法形態のことで、他にも高等魔法とも呼ばれていたりする。習うのは大学でのことになるため高校生で使える人は極僅かだ。
そんな儀式魔法において最も重要で儀式魔法の成否に関わるのは触媒の質でも詠唱の文言でも、魔法陣の美しさでもない、その手順である。極端にいえば儀式魔法とは、正しい行動を、正しい順序で正確に行うことで発動する魔法なのだ。
そして、適当なインクを使い、適当な台紙に正確に描き込み、最後に魔力を通すことで発動する魔法陣は簡略化された儀式魔法といえる。だからこそ、儀式魔法であることが魔法陣の作成の幅を大きくする。…つまり、通常の魔法陣作成の手順に別の手順を加えることでより儀式魔法としての側面が色濃くなり、その手順の種類に応じてオリジナルが完成する可能性が格段に上がる。
「…なるほどなぁ。でもよ、どうやって俺の能力を手順に組み込むんだよ。陣を切ったら効果がなくなるんだろ?」
「その点に関しては少し語弊があって、切られた魔法陣はその効力が何も起こらないという効力に変化してるんだよ。」
だから、オリジナルの魔法陣を作るときに出来た魔法陣を切るという手法を使う人は少なくない。ただ、往々にして失敗する。多分だけど魔法陣の作成はその手順の特殊性も大きく関わっているのではないかと僕は思っている。
そして彼の能力の『魔力陣が切れる』という性質は今の所誰にも真似できない唯一無二の特殊性を持っている。
「あと、何度か魔力陣を切られて分かったことなんだけれど、魔力陣って切られても発動する前なら元の台紙に戻るんだよ。それで、その魔法陣にまた魔力を流すと魔力陣として浮かび上がる。…効力は変わってるけどね」
僕はこの事実を見つけた時とても驚いたことを今でも覚えている。それと同時に伝えるべきではないとその時は考えていた。
「つまりは、一度魔力を流して魔力陣にしたものを君の能力『切断』で切り分けそのあと魔法陣に戻す。この手順の追加は君だけにできる手法であることは間違いないし、そうやって完成した魔法陣は確実に君だけのオリジナルになり得る。それに、納得のいく魔法陣が完成するまで加えるべき手順のアイデアに悩むことがない。なぜなら…」
「魔力陣を切って戻すパターンはいくらでもあるってことだな!」
「……うん。その通り。」
彼は、僕の言葉を遮りながら興奮気味に叫んだ。彼は彼に出来ることを理解したようだった。
「いやぁお前に頼んで正解だった。つかお前魔法陣の事詳しすぎだろ。」
「まあ、僕もオリジナルを作るのに苦労した経験があるからね。その過程で結構色々調べたんだよ。」
本当に苦労した。まあ…当たり前のことでもある。だって、今ある魔法やら能力そして魔物なんてものは、その発生が確認されてたったの六年しか経っていない。もっといえば、人類がこれらの研究に本腰を入れ始めたのはそれから一年後の魔物の大規模発生収束後のことで、魔法学は始まってまだ五年の新しい学問だ。
そんな中、僕は自分の武器とするために魔法陣、そのオリジナルの作成に三年を費やした。一人暮らしで補助金を貰いながら生活していた当時、何かをひたすらに考え続けることだけが僕に残されていた自由だったし。これが使命なのだという変な勘違いを本気で思っていたから………でもきっと僕の数少ない友人の一人である彼はそんな勘違いはしていないと思う。だったら、不必要な苦労は跳ばせるに越したことはない。
「なら、俺はそのお前の苦労の成果を分けてもらったわけだ。これは結構大きな借りになると俺は思う。じゃあ…あれだな、いつか俺の苦労の成果をお前に分けてやることにしよう。」
「それ、今すぐには返せないよね。」
「おう。だが絶対、未来の俺がお前に何かを返す。それでチャラだ。」
僕は思わず笑ってしまう。それは、返す気がないととれてしまう彼の言葉にではなく。必ず未来の彼がそれをなし得るのだと疑わないその表情に、その前向きな顔にどうしても彼らしさを感じてしまって笑わずにはいられなかった。でもこのことを笑った理由としてそのまま彼に伝えるのはなんだか少し負けた気になる。でも僕はこう見えて負けず嫌いだったりするから皮肉を込めた言葉を返したい。
「今のこの世界でそんなことが言えるのは、君のような能天気な人間だけだろうね。」
少し…皮肉には弱い気がするけど。まあ、でもこれがいい。
「ふっ…俺のようなポジティブな人間こそが世界を救うのだ!!」
彼のこの宣言は、続々と集まりつつある新たなクラスメイト達による喧騒を鎮め、その注目を浴びた。彼はその視線にむず痒さを感じたのか、少し大きめのその体を縮こませて自分の席へと戻っていった。僕はそんな彼の背中を見ながら、再び鳴り始めた喧騒をBGMに、「僕の皮肉も捨てたものじゃないな。」なんて、どうでもいいことを考えながらホームルームまでの時間を潰すことにした。
読んでいただきありがとうございます。
感想お待ちしております。