笑顔が一番
「それでな、ここで儂は言ったんじゃよ、武田敗れたりぃ!」
家に帰る途中で、信長公の自慢話を聞かされた。
面白い話だった、自分がどうやってここまで上り詰めたか、どんな戦をしたとか。
陽気に話してはいるが、きっと自分が想像する倍以上の苦労を味わったんだと私は思う。
殺し殺されの戦場、獣になるかならないか、そんな狭間の話なのだから。
「おいアメリア、さっきから下ばっか見てどうしたんじゃ、儂が余りにもかっちょいいから泣いておるのか?」
ニヤニヤしながら肘で肩を押してくるが、この人は何も察していない。
店で言ったことも単なる気まぐれなのだろう、小指で鼻をほじりながら空を見ている。
「……信長公は、何人、人を殺しましたか?」
思わず尋ねた自分に嫌気が刺した、だが仕方ないのだ、人間は脆い、自分が劣勢になるとすぐに下を見つけて安心したがる。
『ああ、私はまだ一番下まで行ってはいないんだ』と。
「んなもん、覚えてないに決まっておるじゃろうが」
「え」
出てきた鼻くその大きさに驚きながら、信長はアメリアの問いに答えた。
「そんなの無責任です! 殺したなら、殺したなりの態度というものがあります!」
もう少しで私はカバンの中の拳銃を抜くところだった、敵わないことが分かっていても、これだけは許せない。
だがそんなことも気にせず、信長は野獣のような形相のアメリアのおでこに、大きな鼻くそをくっつけた。
私は思わずその場でのたうち回り、近くの噴水の中に突っ込んだ。
水の中でもがきながらおでこを繰り返し手でこすり、鼻くそを洗い流す。
息が苦しくなった私は怒りと混乱を抱きながら、噴水から転げ落ちるように脱出した。
「ぷはっ!……何するんですか信長公! 私みたいな可愛い女の子の綺麗なおでこに鼻くそを付けるだなんて!」
思わず襟首を掴んで揺さぶるアメリア、信長は忌々しそうにアメリアを突き飛ばす。
「うるさいのう、覚えてないものは覚えてないんじゃさっさと行くぞ」
「つっ~!」
怒りが頂点すれすれに達し、歯を食いしばるアメリア。
聞かなければいけない、なぜあんな酷いことが言えるのか。
濡れた体を起こし、先を行く信長の隣につく。
無言のまま信長を見つめ、圧をかける。
「……はぁ、じゃあ仮に聞くぞ」
イライラした口調で、信長は口を開いた。
その場で立ち止まり、たった一言。
「もしもこの町にいる全員が、手に拳銃やら刀やら持ってきたら、お主はどうする」
言葉が詰まった。
威圧感のある言葉、目を合わせたら即死するような鋭い眼光。
それらを除いても、アメリアには答えが返せる自信が無かった。
「儂なら殺す」
「ッ!」
ビクゥ、アメリアの肩が震える。
だが信長は容赦せず、一方的に言葉の暴力を振るう。
「殺す以外何がある、殺意を削ぐべく歌を歌うか? 両手を広げ降伏するか?」
耳を塞ごうとしたアメリアの両手を掴む。
「殺意を見くびるな、狂気に気を許すな」
息が荒くなるアメリアに、信長はとどめを刺す。
「そんな甘いことを言っているのだから、あのバカは死んだのじゃ」
虚無でしかなかった。
この人なら、何か言ってくれると思って、尋ねたのに。
茫然と、ただ信長の顔を見据える。
「……あいつが死んだのはお主のせいじゃない、儂が甘かった」
信長はそう言って、私の腕を離した。
だらりと下がる私の腕、もう動かしたくない私の腕。
「……ナポレオンは、今の私たちを見てどんな顔をするでしょうか」
最後にもう一度、尋ねる。
口元を歪ませ、腕を組む。
「……笑いは、しないじゃろうなぁ」
そうですか、静かに口を動かした私は、吸い込まれるように信長の手を掴んだ。
初めは戸惑った信長だったが、すぐに握り返してくれた。
「……お主、その髪型キノコみたいじゃな(笑)」
「な・ん・だ・とぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
右手でポカポカ左手でポカポカ、急に愉快な大乱闘。
唇を引っ張り胸ぐらを掴み。
ケンカするほど仲が良い、とはまさにこのこと。
お二人さん、彼はきっと笑っていますよ。




