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ポルトガルの大うつけ~金平糖で何が悪い~  作者: キリン
【第一部】第二章 いざ明へ
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子守唄

 耳に入る言葉一つ一つが、古びたラジオの雑音に聞こえた。

 

雑音、どうでもいい耳障りなどうでもよい音。

 この表現が正しくないことは私も分かる、だがこう表現するしか私はこの状態を言い表せないのだ。


 雑音を発する男の口に、吸いこまれるように目を向ける。

 引力を持つ声が発せられる度、私の意識が深い所へ沈んでいくのが分かった。


 聞きたくないのに、聞いてしまう。

 まるで薬のようだ、やめたくてもやめられない。

 それを定義しているのは、何物でもない自分だというのに。

 私が雑音の誘惑に取り込まれていると、ふと男の唇が閉じた。


 どうしたのだろう、そのような思考に至るまで数秒しか経っていないが、自分にはそれが世界の始まりから終わりまでの永劫の時のように感じた。


 夢からさめたような感覚に陥った私は、糸に引っ張られるかのように顔を上げた。

 虚ろな目線を男の顔に向けた私は、何だかとても困った顔をしていた気がする。


 実際困っていたのだろう、男の顔が今にも泣きそうだったからだ。

 鉄格子の先にいる男の顔はとても美しかったが、今はそれが子供に見える。


 何かが傷つき、耐えられなくなって、血の代わりに涙を流さんとする子供。

 その子供のような男の姿を、私は心のどこかで、妹と重ねた。


 赤ん坊の頃からよく泣き、私がスヌークの所に通い始めた時ですら、よく泣いていたのを覚えている。

 大抵その時は母が忙しく、泣き止ませるのは私だった。


「……ねむれやすらかに、いとしのアリス」


 鉄格子の隙間から手を伸ばし、男の頭を両手で抱き締める。

 男は一瞬たじろぐが、優しい母のようなその包容力には逆らえなかった。

 羽毛のように温かいその手をで頭を引き寄せ、私は自分のおでこを男のおでこにくっ付けた。


「ほほをまくらにふし、かみはにおうよ」


 少女特有の優しい声と、開き始めた母性が男を包む。


「……勘違いしないでください」


 私はおでこを離し、目の前の男を見据える。


「貴方がやったことは正しい訳じゃない、どうやっても、人を殺すという行為は許されません」

「……戦場にて人を殺め倒した私を、いまさら一人の死如きで説教か?」

「それがあなたの本心なら、そうなんでしょうね」


 でも、と、歯を食いしばる男を真っすぐ見つめ、私は言った。


「貴方は、強いですね」

「……当然だろう」


 その場から立ち上がり、男は腰の刀に手をかける。


「私は侍だ、強くない訳がないだろう? さあ下がれ」


 私は男の言う通りに三歩ほど下がった。

 それを見た男は刀を抜き、鉄格子をバラバラに切り刻んだ。

 がらがらあん、と、音を立てて落ちていく鉄格子を、男はつまらなそうに見た。


「……話を聞いてくれてありがとう、少し、軽くなった気がする」

「別に平気ですよ、こっちこそ牢屋から出してくれてありがとうございます」


 ぺこり、と、頭を下げて私は走った。

 走り去る私を、男はずっと見ていた。

 片手をあげ、慣れない見送りをした。

 笑うことはできない、でも手を振ることはできる。

 やる事はやった、伝えることも伝えた。

 あとは、もう。


「……ありがとうイアハート」


 そう言って、男は刀を鞘に納めた。


「信長様を、頼みましたよ」











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