明にて帝は笑う
帝は玉座に座っていた。
光り輝く宮殿を満足そうに眺め、聞こえてくる民の声を楽しそうに聞いていた。
カツ、カツ、と、そこに民の声と一緒に足音が聞こえる。
「ご機嫌麗しゅう陛下、貴方の刃此処に参上致しました」
足音の主の老人は玉座の目の前に座り込み、頭を垂れた。
帝は跪く老人を見て、淡々と告げた。
「よく来た戚継光、お前を此処に呼んだのは他でもない、わが盟友明智光秀の怨敵であるうつけ者が、我が国に来たからだ」
「……! 恐れ多くも陛下、我が国の国境には武装した銃兵共がおります、正面から突破することはまず不可能、空でも飛ばなければ……」
言いかけた老人だったが、何かに気づいた。
ゆっくり頭を上げると、そこには笑う帝がいた。
「それがな、うつけ者は空を飛んできているのだよ、不思議だろう?」
思わず、老人は言葉を失った。
うつけ者共が空を飛んでやってきたことにではなく、この帝が笑ったことにだ。
本来、帝は感情を表に出さない。
民の統率を損なわないためだ、人としての感情を持ったままでは、人の上に立つことなどできない。
この帝、万歴帝は、感情を表に出さないのが歴代の皇帝でも得意だった。
なのに、今回笑った。
老人はハッとし、再び頭を垂れようとした。
「よい、そのままで」
片手で老人の行動を制した帝に、老人は頭を再び上げた。
帝は笑ったまま、老人に言う。
「我が明の将軍戚継光に命ずる、うつけ者とその仲間、それらの首を余の元に持って来い」
「御意」
そう言って、老人はマントを翻し、立ち上がった。
「そうそう、云い忘れていたことがあったな」
「?」
老人が目だけで後ろを見ると、帝が付け加えるように言った。
「光秀が金色の美しい髪の女と話がしたいと言ったのでな、女だけ生け捕りだ、なぁに、手足が無くても口があればいいだろう」
「……御意」
少し間を開け、頭を少し下げた後老人は宮殿から出て入った。
帝はそれを見届けたのち、ため息をついた。
「……ま、来ることはないと思うが、貴様の主の顔を拝んでみたいという気持ちも、無くはないな」
にやり、と、再び帝は笑う。
その笑い、狂気にあらず。
その笑い、愉悦に在り。




