夜中に響く鐘の音
日本から遠き異国、葡萄牙にて。
白く堅牢なる槍を片手に携えた少女は、自らをアキレウスと名乗った。
そう、アキレウスだ。
彼のトロイア戦争にて、守りの大英雄ヘクトールを一騎打ちで打ち負かした、ギリシャ神話屈指の大英雄。
不死身の肉体を持ち、踵を射抜かれることで死に至ったことで有名だ。
それが、今目の前にいる。
怒り狂う魔王に、槍先を向けて。
「笑止、貴様のような小娘なんぞ我が刀の錆になるが道理、何を以て儂に物を言う」
恐ろしく低いその声が、腰が抜けたアメリアを戦慄させた。
その気迫、殺意、魔王の如し。
かつて武力のみで日ノ本の天下に手を伸ばし、恐怖を以て人を苦しめたモノ。
自らを包む炎すら屈服させ、服従させるその傲慢なる暴力。
自分が知っている織田信長ではなかった。
姿形が似ようと声が似ようと、それでも尚別人と見紛う。
それ程、この信長は決定的に何かが違う。
何かが、違うのだ。
「あー、色々思う所もあると思うけどな、ちょっといいか?」
自分に背を向けたまま、赤髪の少女が横目で後ろを見た。
少し申し訳なさそうな顔で、前方の魔王を指さした。
「まあ見て分かる通り、あいつはやる気満々だ、もちろん俺は負ける気しないけど、何しろ相手が相手だ、あんたを守りながら戦うのは……な?」
赤髪の少女は苦笑いのまま、槍を構えて言った。
「そら、立てるならとっとと逃げる」
不機嫌そうな口調で、少女はアメリアに言う。
「……」
黙ったまま、アメリアはゆっくりと立ち上がり、少し下を向いた。
それから深く、地面に頭が付くぐらいの勢いで頭を下げ、くるりと反対方向へ走り去っていった。
「……さて、お前はどうするんだ?」
槍に手をかけ、アキレウスは問う。
「別に今ここで戦いをやめてくれりゃあ俺は万々歳、俺と戦うんでも……まあ万歳」
だけどな、ため息交じりの低い声で、目を細める。
「さっきみたいに女の子を傷つけるようなら、殺す」
静寂が、魔王の覇気を打ち消す。
互いが睨み合う境界線が、見えた気がする。
片や荒れ狂う海。
片や、一片の波も無い水面。
二つの水面が、ぶつかり合う境界線。
「笑止」
荒れ狂う海から、言葉の暴風が吹いた。
「我は神、全てを征し凌駕するモノ、貴様のような餓鬼が殺す? 笑わせるな」
刀を横なぎに振るい、燃え盛る魔王は言う。
「平伏せ、愚か者――――――」
魔王の言葉が紡ぎ終わる、その瞬間にはもう、燃え盛る刃と硬く堅牢な槍は刃を交えていた。
地から天へと、打ち上げるように乱暴な太刀筋が、白く堅牢な槍によって弾かれる。
刀を弾いた堅牢なる槍は、防御から攻撃へと転じ、魔王の頭部へと向かう。
真っすぐ、ギリシャ最速の速度を以て。
その槍を、魔王はいとも容易く避けた。
首を横に倒す、子供出来るような、単純な動作で。
反撃を恐れたのか、アキレウスは足に力を籠め、ロケットの如く後ろへ飛んだ。
この間、わずか一秒。
ギリシャ最強クラスの大英雄と、東国の魔王の速度。
ヒトを外れた、バケモノ同士の争い。
「……案外、あんたが神だって言うの、当たりかもな」
槍を構え、にやりと笑う。
片目を閉じ、殺意むき出しの信長を見据えながら。
「これでも俺は神の腹から出てきた王族なんだけどな~、あんたすげぇよ、ほんと」
軽めの拍手をした後に、アキレウスは構えを解いた。
「何をーーーー」
「だからこそ、な」
信長が何かを言う前に、アキレウスは何かを取り出した。
それは、可愛らしい金色のベルだった。
チリリーン、と、アキレウスはそれを鳴らし、小さく言った。
「我が母テティスに授かりし『審鐘』に命ずるーーーーーー」
チリリーン、と、信長の耳に音が響き。
「尾張の大うつけ、今すぐ頭冷やしてこい」
その瞬間。
信長を包む黒かった炎は赤色になり、すぐさま消え。
意識が飛び、地面に膝をつき。
織田信長は、倒れた。
チリリン、と、ベルを握り音を止めたアキレウスは、ため息をついた。
「……ま、元のあんたに戻ったら謝るよ、絶対」
そう言って、アキレウスは信長を抱え、どこかへ歩いて行った。
黄金の鐘の音は、小さく、か細く、街に響き続けていた。
第一章の終わりに伝えたいこと
皆さんとこうして会うのは二回目ですね、久しぶりぃ。
なんだか閉まらない感じで終わりましたが、まあそこはお許しください、。
今回伝えたいのはただ一つ、自分に正直になってほしいです。
正直に生きるのが、一番楽しい人生ですからね。
ちゃんと楽しめよ~、人生




