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ポルトガルの大うつけ~金平糖で何が悪い~  作者: キリン
【第一部】第一章 憤怒の黒炎
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ごめんなさい

風の如く突かれる槍を、輝く宝石のような剣は弾き返す。


身軽そうな鎧に身を包んだ女と、現代的な格好をした目つきの悪い女は、互いの命を奪うべく、優美なる攻撃をお互いに撃ち合う、心臓目がけて穿たれた槍を、救国の聖女ジャンヌは乱暴に弾く。


「いちいち早いし強いし何なのよアンタ! このゴリラ!」


ガキィン! と、弾かれた槍を一瞬だけ見た女は、少し距離を取ってからまたすぐに槍を突っ込んだ。


「それはこちらのセリフです、仮にも私は大国、明の将軍です、如何に救国の聖女とはいえあなたはただの旗振り娘、何故ここまで私とやり合えるのか不思議なものです」


振り下ろした槍は力任せに横に逸らし、また逸らされた槍は逸らされた時の衝撃を利用し反撃する。


攻撃も防御も、天下一品と言って良いほどの攻防が続き、両者は互いに距離を取る。宙返り。着地した女、秦良玉は、どこか遠くを見て言った。


「……どうやら潮時のようです、お騒がせして申し訳ありませんでした」


「はぁ? 逃がすわけないでしょうがっ!」


そう言って、背を向けた秦良玉の背に、ジャンヌは懐から取り出した銃を撃つ。

だが放たれた弾丸は当然の如く薙ぎ払われ、まるで忍者のように消えていった。


追いかけようとは思わない、ジャンヌは宝石のような剣を鞘に納め、周囲を見渡した。


「……さて、後はあのバカとアメリアがどうなってるか……ね」


性に合わないことを考えようとして、ジャンヌはため息をつき、首を横に振った。別に義務でも義理でもない、親切で命を落としてちゃあ訳が分からない。


「帰って寝よ、疲れた」


そう言って、ジャンヌは後ろを向き、一軒家の方へ歩いて行った。

一回だけ、後ろを振り返るが、特に深い意味はない。







殺意と怒りだけが、頭の中を走り回る。何の問題も無い、これこそが魔王、織田信長なのだから。


黒く燃える炎を身に纏うのは初めてだが、まあそれはいいだろう。嗚呼、何とも心地良い。


またこうやって何のしがらみも無く怒りを露わにできるのだから。


刀を握る手に力が籠る、柄を握り潰してしまうんじゃないかと一瞬思うほど、手に力が籠る。


誰か切りたい、何か壊したい。


何でもできる、嗚呼なんでも壊せる誰でも殺せる!

素晴らしい、この世は素晴らしい!

天下泰平? 下らない、笑顔の何処が良いのだ! 

戦場こそが我が故郷! 血を血で洗う地獄こそが魔王が在るべき場所! 


首を寄こせ、首を寄こせ!  

不敬者は何処だ? 儂の楽しみを害するものは誰だ⁉ 

「……首……」


ただ、それだけを繰り返し呟き続け、信長は歩みを進める。

炎は信長を焼き続けるが、決して怯まない。


「……首、首」


目を見開き、黒炎を身に纏ったまま歩く。

その表情は、最早人間ではない。


ホラーゲームに出てくるような化け物が、作られた笑みを浮かべているような、狂気に囚われた何かが、何かを悟り壊れた時のような。


「首、首、クビィッ!」


この表情を言い表すのは容易ではない、次元が違う、表情筋がイカれている。


なので、ここは安易な一言で言い表そう。


地球上の生き物で、ヒト科の生き物人間しか持ち得ない特徴。


生物としての本能と、偶然により生まれた理性の狭間に在るモノ。


感情が示す、表情のうち一つ。


その名は、笑顔。

狂気に満ちた、本来の意味を失った表情だ。


信長は歩く、空っぽの笑みを浮かべながら。

隣に誰かいた気がするが、どうせ気のせいだろう。


そんなことより、殺したい。


不敬なる者も、裏切り者も。


■■■■も。


あれ、誰だっけ。


この■■■■ってやつ。


誰だっけ?


「……くび」


ごまかすようにその場で、立ち止まる。

一刻も早く不敬者共を殺したいのに、何故か足が止まった。


不思議とその行動には理解ができ、意識というよりも感覚的に納得できた。

理由は分からない、あっても、忘れた。


まあいいか、どうせ時間はたっぷりある、休憩ついでにじっくり考えよう。

空白の何かを、考えようとする。


なんとなく、女だということは分かる。

でも、それ以上が思い出せない。


「……くび」


考えることに、すぐに飽きてしまった。


こんなくだらないことをするより、自分は裏切り者を殺さなければいけないんだ。

信長は足を上げ、一歩を踏み出そうと足に力を込めた。


「信長公!」


ピタリ、と、踏み出そうとした足が宙で止まる。

自分の後方から、女の声がした。


耳を澄ませると分かる、荒い息から推測するに、走ってきたのだろう。


ぜぇ、ぜぇ、と、荒い息を吐くのが手に取るように分かる。


宙で止まっている足を、一度だけ見る。


何故、動かない? 


何かされたわけでもない、特別な声でも何でもない。


ただ、足が動かない。


何となく、後ろの女が関係しているのだろうか?


「……」


いつの間にか狂った笑みが、茫然とした顔になっている事にも気づかないまま、信長は後ろを向く。


そこには、荒い息を吐きながら、こちらを見る綺麗な少女がいた。


白いシャツの上に赤色のパーカー、下には赤に金色の刺繍が施されたスカートに、膝まである白くきれいな靴下、その下には赤色の靴を履いていた。

目は透き通った青色で、首にはゴーグルが掛けてあり、金色の髪はうなじにぴたりとくっつくように、ゴムでまとめてあった。

少女は膝に手を乗せ、前屈のような体位になりながら荒い息を吐いていた。

よほどの距離を疾走したのか、ただ単に体力が無いのか。


疑問がいくつか浮かぶが、信長にとってはどうでもいい。


刀を持つ腕を横に乱暴に振るい、先ほど切った軍師の血を払う。周囲に血が飛び散り、飛び散った血はまるで殺人現場を想像させた。


刀を振るった後、信長は少女の方へゆっくりと歩き始めた。

少女は相変わらず荒い息のまま自分を見つめていた。

怯える様子はない、足も震えていない。

それが引き金となり、信長は刀を両手で握りしめる。


こいつを切れば、自分はまた気持ちよく怒れる。


そう信じながら、信長はたった5メートルの距離を、ゆっくりと詰める。

もう少し早く歩けば、何なら走ろうかと考えたが、やはりやめた。


理由はない、なんとなく気分だ。


残り、4メートル。

馬鹿な子供がいるものだな、神なる儂を呼び捨てとは。

無礼討ち、と言えば聞こえはいいが、単なる八つ当たりだろう。


残り、3メートル。

銃を持っているな、撃ってこないのは不思議だが、注意しておこう。

それにしてもこの女、どうして泣いてるんだ?


残り、2メートル。

さっさと殺そう、今までと同じだ。

どうせ何も変わらない。


残り、1メートル。

踏み出せば必殺出来るぐらいの距離に、自分は立った。


刀を持つ腕を、ゆっくりと上げる。

一思いに切り殺すために、スイカ割りのように構える。

そして、一気に振り下ろす。


「ごめんなさい」


少女の、一言。

その一言が耳に入り、一瞬だけ腕の力が弱まった。


刀は止まりはしないが、速度が遅くなった。


その時間、わずか一秒。


例えこの少女が引き金を引いたとしても、銃ごと切られるがオチだろう。


ギィイン!


だが。

だが、仮に。


たった1秒で、この刃をどうにかできるほどの速度があるならば、話は変わってくる。


「よく躊躇ったな、その精神力は敬意に値する」


刀を受け止めたのは、一本の槍。

それは堅牢なる大樹トネリコから彫られ作られた槍。


槍を振るうは少女、金髪の少女と同じぐらいの少女。


燃え盛るような赤色の髪に、髪とは対照的な優しい緑色の目。

髪型はぼさぼさのロングヘアー、頭部には金色のカチューシャを付けていた。

動きやすそうな鎧は胴体とふくらはぎ、に、鎧の下には黒いスーツを着ていた。

両腕の肘から指の先にも鎧が付けてあり、動きやそうだった。

さらにその上には白色のローブを着ており、腰の所で縛られ、足元まである布の先は所々千切れていた。


「それから後ろの可愛いお嬢ちゃん、後は俺に任せな」


そう言って、少女は目足で信長を蹴り飛ばす。


ドォオン! と、民家の壁に突っ込んだ衝撃で、地面が揺れる。


くるくると、槍を回しながら少女は言う。


「さーてさてさて、ようやく俺の出番が来たな」


ガン! と、槍の反対側を地面に叩きつけ、口の端を吊り上げる。


「今ここに、父ぺーレウスと母テティスに誓おう」


槍をくるくると回しながら、信長を指さす。


それはまさしく、宣戦布告だった。


「このアキレウス! 極東の覇者織田信長を打ち倒す! かかってこぉい!」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 実験的な文章表現が続きますねー(*´Д`) 地の文の人称切り替えもスムーズで違和感なく、「残り、〇メートル」と距離が近づいて来る演出も秀逸! あまりの技術に文章表現にばかり気を取られますが…
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