呆れ
丸いちゃぶ台を挟み、私の手の届く所に信長公がいる。
弱弱しくため息をつき、叱られた子供のように私の様子を伺っている。
美しく伸びていた背は猫背に、きらきら輝いていた両目に光は無い。
隣にはマーリンさんもいるが、どうでもいい事である。
らしくない、らしくない、いくつもの「違い」が、私の心をどうにかしてしまうのではないか、そんな未知の恐怖を感じるほど、自分はいま不安定なのだ。
「怒らないから言ってください」
とは言うが、とても低く怒気の籠った言葉だったと思う。
こんなことしてもこの人は口を開かない、そんな事は分かりに分かり切っていたのだ。
「………」
「何で黙るんですか、私は怒らないって言いましたよね?」
自然と前屈みになった私、抑えなければいけないのは分かる、でも、怯える彼の表情には我慢が出来なかった。
「信長公、私たち仲間ですよね?私もアキレウスさんも言いたくない事を話しましたよね、何で信長公だけ言わないんですか?」
止まらないといけない、心のどこかで叫ぶ何かの口元を、今だけの激情で捻り潰す。
「あの力は何なんですか、憤怒?八罪?なんで倒すべき相手が貴方と知り合いなんですか?結局あなたは初めから私たちの仲間なんかじ
「アメリア」
ぱちん、低い声とともに私の視界が揺らいだ。
後にじわりじわりと響く痛みは、マーリンさんのビンタによるものだった。
「それ以上はダメだよ、それは言っちゃいけない」
首をゆっくりと横に振るマーリンさん、楽しいことの為にしか動かないような人が、こんな悲しそうな顔で、諭すようなことを言ってきた。
「君の気持ちは分かる、でもね、君がやっているのは確認であって尋問じゃないんだ、明らかに寝食を共にした仲間にするようなことじゃない」
正論だった。
心が叫んでいた言葉、自分が捻り潰した言葉の数々が溢れ出す。
「‥‥‥ひっく‥‥ウェっ…」
茫然とする私の耳に、泣き声が入ってきた。
怯えていた、怖がっていた。
「ごめん、なさい……」
深々と下げられる頭、ちゃぶ台に隠れてよく見えない。
武士が頭を下げる、その意味は誇りを失うことに等しい。
「だから、そんなこと言わんでくれ……」
ちゃぶ台の上から見えるちょんまげの先端が、左右に揺れて私を嘲笑っていた。
自分がやった事、何とも言えない快感に任せて憤怒したこと。
「はぁ」
呆れたような溜息をつき、マーリンさんは言った。
「私から見れば、君が『憤怒』だと思うよ、むしろそうであってほしいぐらいだ」
頭を下げ続ける彼の背中をさすった後、マーリンさんは立ち上がった。
何も言わずに私の横を通り過ぎ、階段を下りていく。
「うっ……うあぁ…」
耳を塞ぐこともできないまま、部屋に響く鳴き声を聞いていた。




