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ポルトガルの大うつけ~金平糖で何が悪い~  作者: キリン
【第一部】第一章 憤怒の黒炎
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トネリコの槍

屋根を降りてから、二人は無言のまま夜の道を歩いていた。

互いに二メートル、無意識のうちに距離を取りながら。


「……なんで、殴り返さなかったんですか」


アメリアが下を向きながら言う。


つい先ほど、アメリアは信長を殴った。

何度も、何度も。


もちろん、信長は何もしていない、むしろ信長がアメリアを殴ってもおかしくないような状況だ。


「なんで殴らなかった、ですか」


信長は殴られた顔を痛そうにさすりながら、空を見上げた。


「なんとなく、ですかね」


星を見ながら、笑った。

表情筋を動かすだけでも痛いはずなのに、それでもなお。


「……なんですか、それ」


アメリアはそれを不機嫌そうに見ながら歯ぎしりし、小走りでさっさと信長を抜かした。


少しずつスピードは上がっていき、最終的には走っていた。


「ちょっ…私今走れないんですけどぉ……」


痛む体に鞭打ちながら、信長は走り去るアメリアを追いかける。


だが、手負いの信長には追いつくことなど到底できず、見失ってしまった。


少ししか歩いていないのに息が荒くなった信長は、近くの民家の壁に体重を預けた。


「…ぜぇ…はぁ…ふぅ、アメリアちゃんに殴られたのが痛いなぁ……」


ヒリヒリする顔面を抑えながら、信長はゆっくりと歩く。


そこでふと、思うことがあった。

何故、彼女はあそこまで怒ったのだろう。

何故、彼女はあそこまで泣いたのだろう。


答えは分からない、もう自分は記憶を失う前の自分ではないのだから。








少女は歩く、一人で。


自分の帰るべき、一軒家へ。


少し前まで隣にはよく笑う男がいた。


その男はバカで、甘いものが好きで、わがままで。


何より、もう一度やってみようと思わせてくれた。


でも、もういない。


死んだから。


別にどうってことはない、こんなもの、あのくだらなく悲しい戦争に比べればどうってことない。


自由だったはずの青い空が、人の欲によって縛られ赤く染まったあの戦争に比べれば。


「……なのに」


なんて自分の心は正直なのだろう。また目からは涙があふれ、どうしようもない怒りが心を焼き焦がす。


ああ、そういえばあの人に悪いことをしたなぁ、と、アメリアは拳を握る。


あの人は何も悪くない、ただ記憶を失った被害者なのに。


自分はあの懐かしい声が、優しい感じがとても嫌いで。


そしてとても、どうにかして手に入れたいものなのだ。


自分は、難しいそれを殴った。


殴って殴って、自己満足で終わらせた。


それが、どうしても許せなかった。


それで満足しようとした自分にも、殴るだけ殴って満足できない自分にも。


「……こんな時、あなたならなんと言うのでしょうね」


横目で、隣を見る。


だがそこによく笑うあの男はすでにいない、もういないのだ。


「……別に、何も言いませんよね」


クスリと、悲しい笑いを浮かべて、アメリアはその場で立ち止まった。


そうだ、ちゃんと謝ろう。


殴ったこと、どうしようもないことで怒ったこと、何より心配をかけてしまったことを。


「……戻ろう」


にっこり、笑って後ろを向く。


早くあの人の所へ行こう。


そして今度は、私があの人を抱えてあげよう。


担ぐのは無理だけど、肩を貸すぐらいならできるだろう。


「残念ですが、それはできないでしょう、可哀そうなお嬢さん」


綺麗な女性の声が響くと同時に、アメリアの背筋が凍った。


そのまま後ろを向き、女性を見据える。


「お初にお目にかかります、私は秦良玉、大帝国である明の将軍です、不意打ちはあまり好きではないのですが……あなたは異国の戦士ではないですよね?」


女性は動きやすそうな鎧に、白い木製の美しい槍を携えていた。


アメリアは少し後ずさり、警戒しながら尋ねる。


「……秦良玉、中国の古い名である明の大将軍ですね」


片手を胸に置くアメリアのそれに、秦良玉と名乗った女は頷いた。


「大将軍……とまではいきませんが、あなたのような小さな女の子を苦しませずに殺すことぐらいはできます」


持っていた槍が少し揺れるだけで、アメリアの本能が悲鳴を上げる。


一応アメリアは近接戦には自信がある、戦場を駆け抜けてきたナポレオンと対等に渡り合うほどの実力だ。


現代で言うところのボクサーの拳だ、速度はもはや目にも止まらない。


「ですが、私にはそんなもの関係ありません、積み上げられた努力を踏みにじるのは何とも心苦しいですが……」


しゃん、と、秦良玉の持つ槍が左右に揺れた。


「死んで戴きましょう、愛くるしいお嬢さん」


次の瞬間。


アメリアが悲鳴を上げる間もなく、槍はまっすぐと鳩尾へと向かって行った。


ただ水平に、打ち出すように。


美しく、流麗に。


秦良玉は突き出した槍を、ゆっくりと引き抜く。


そのまま後方へと距離を取り、ゆっくりと目を開ける。


「……これは、かなりの大物が呼ばれているようですね」


「ええそうよ、あなたみたいな極潰しとは違う、正真正銘の英雄様ですもの」


宝石のような剣をくるくる回し、聖女は腰に手を当てる。


「まあ八つ当たりには丁度良いわ、大人しくボコられろクソ女」


「乱暴な人ですね、ですがそれには同意です」


合図も無しに、二人の武器の切っ先は衝突した。


火花が散り、美しい宝石と木製の武器がぶつかり合う。


間一髪のところで助かったアメリアが、ゆっくりと起き上がる。


「ジャンヌさn


「邪魔! いいからさっさと逃げる!」


ガキィンガキィン! と、打ち合いの中でジャンヌは後ろ蹴りでアメリアを蹴っ飛ばした。


ビュウン! と、アメリアはどこかの方向に飛んでいき、大砲のように打ち上げられていった。


ガキン! と、鍔迫り合い相手の秦良玉が言う。


「荒いやり方ですね、きっと痛いでしょうに」


「ハッ、何が痛いんだか、馬鹿な女ね」


「……どういう意味ですか?」


「さあね、少ない脳味噌で考えなさい」


ジャンヌは宝石のような剣を踊るように振り、秦良玉の槍を受けきる。


(さーて、後はあんた次第よ、大うつけ!)


目の前の槍を受けながら、ジャンヌは願う、


日本史上最大の馬鹿野郎が、帰ってくることを。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語神レベル [気になる点] 表情「金」
[良い点] アメリアが切ない……信長さんが頭ぶつけて記憶を取り戻すのを期待したけど、そう上手くいかなくて(´・ω・)ショボン そして大ピンチだし!! 信長さん、何やってるの!? 早く戻って!!><;
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