最期の一太刀
渡辺綱の刃は、酒呑童子の肩にぐっさり刺さっていた。
首は切れなかった、その事実の次に来る激痛を、綱は覚悟していた。
なのに、自分の腹に風穴が空いていない。
背後を取られ、相打ち覚悟で刃を振るったのに。
もう一体の鬼、茨木童子の腕が、腹を貫いていない。
「中々やりおるな、小僧」
自分の背後から、鬼ではない人の声が聞こえた。
「だが二対一というのは格好がつきすぎたな、儂が来なかったら死んでいたな」
ニヤリと笑ったその男は、力を以て茨木童子をぶっ飛ばした。
刀ごと押し返す、その行為は、例え頼光であっても困難な所業だっただろう。
「ふぅ!意外と力があるもんじゃな!眠りすぎて体が鈍ってたんじゃ、あの鬼は儂がもらう・・・・・ぞっ!」膠着状態の綱と髭切を片手でぶんどり、酒呑童子の鳩尾に拳を叩き込む。
すると一直線に続いた道を真っすぐに吹っ飛び、ゴロゴロと転がって行った。
ただただ驚愕、綱は目の前の中年が鬼二体を一期に吹っ飛ばしたこの状況に、驚きが隠せなかった。
剛力無双の坂田金時でも、鬼を正面から押すことしかできなかったのに、拳による乱暴なパンチだけでぶっ飛ばした。
力も身体能力も四天王、それどころか頼光に匹敵していた。
「尾張の、大うつけ」
髭切を握り直し、綱は深呼吸をする。
「・・・・・感謝と同時に謝罪を、信長、俺は貴方をただの頭のおかしい男だと思っていた、だが、貴方は強かった」
「ん?謝るならいい、それよりさっきの鬼が来るぞ、片方はこっちでやってやるから、そっちは任せた」
屋根に飛び乗り、先ほど茨木を吹っ飛ばした方角へと走っていく。
綱はそれを見届けた後、こちらに走ってくる酒呑童子を見据えた。
「・・・・・・源氏の名に置いて、鬼よ、俺はお前を切る」
一撃に全てを賭けるべく、綱は髭切を鞘に納めた。
そのまま走り出す構えを取り、綱は静かに闘志を燃やした。
「頼光四天王渡辺綱、参る」
走り出す、酒呑童子の懐目がけて。
(勝負は一瞬、鬼が爪を振るって隙が出来たら首を断つ!)
「ォォォォォォォォォッ!」
小さく、しかし力強い雄叫びを上げながら、綱は酒呑童子の目の前に迫った。
「甘いねん小僧!」
バりぃっ!刀に手を掛けた所で、酒呑童子の爪が両目瞼を切り裂いた。
(⁉しまった・・・・・・・・前が!)
視界を遮られた。一瞬の隙を突いて攻撃するつもりが、素早さで上回られた。
この作戦は首を断つことしか考えていない、半端に腕やら肩を切っても即座に再生するため、首を切らなければいけないのだ。
殺意が膨張する、相手の攻撃が迫ってきているのだ。
「ウォオオオオオオオオおおおおおおおおおおおぁァァァァぁぁあああ!」
感覚、先ほど鬼の汚い声が発せられた所を正確に思い出し、抜刀する。
(鬼は攻撃に転じている、良くも悪くもこれが最後の一撃!)
刀を抜く、鬼の手が右肩に突き刺さる。
焼けるような痛みが走るが、それでも刀を握る手も腕も勢いが無くなる事はない。
力いっぱい、これがい最期の一太刀だ、自分の侍としての矜持を胸に、綱は鬼の首を捉え。
ブしゃああっ!土蜘蛛と同じ青い血が、綱の綺麗な着物を染め上げた。




