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ポルトガルの大うつけ~金平糖で何が悪い~  作者: キリン
【第一部】第一章 憤怒の黒炎
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アメリア、キレる「後編」

二日前ぐらいに、彼とここに来た。


初めて会ったあの日、彼は私を米俵のように抱えていたのを、よく覚えている。


此処は、彼が景色を見たいと言って来た場所。


何処にでもある、屋根の上の景色。


此処を見た時、彼は子供のような顔で感動していた。


あの表情は目に焼き付き、今も離れない。


『良い、国じゃな』


私には、ただの街並みにしか見えなかった。


でも、彼の気持ちになって見てみると、綺麗だった。


彼は、生きていると思う。


全力で、これ以上ないぐらい。


楽しいことを楽しみ、食べたいものを食べ、反省することを反省していた。


それなのに。


「……私が、殺した」


もし彼がここに居れば、私の頭に拳骨していただろう。


それで不器用な慰めでも言って、優しく頭でも撫でてくれるんだろうか。


でも、彼は私が殺した。


彼は私を呼び捨てする、ちゃん付けなんてしない。


彼は家臣の名前を忘れない、私の名前を忘れるはずがない。


彼は悪い人間だ、私が酒を飲んでも、注意なんてせずに一緒に飲むだろう。


ぼやぁあっ、と、視界が霞み、体が温かくなる。


酒のせいだろう、血流が上がり体温が上がっている。


「……寒い」


でも、ちっとも温かくない。


何処か部屋の中に、大きな穴が開いたような感じだ。


昔の自分で、慣れてたはずなのに。


温かさを、太陽の温もりを知ったから。


「寒い……」


余計に寒く感じる。


下手に希望を与えられ、その希望が無くなった時の喪失感、絶望。


そんな感情が、体中を凍てつかせる。


「寒いよ…」


そのまま、彼女は横たわった。


眠るために、一時だけでいいから現実から目を背けるために。


そのまま、彼女は目を閉じた。


辛い世界を、目に入れないために。


「……あの、いいですか?」


ハッ、と、目が開かれ、アメリアは勢い良く起き上がる。


そこには、金平糖を持った彼がいた。


『儂は甘党じゃ! 甘いものが大好きなんじゃ!』


「信――――――――」


言いかけた時に、思い出した。


彼はもう、自分が知っている織田信長ではないことに。


「―――――…」


すぐに、目つきを険しくする。


そうだ、自分の立ち位置がスタートに戻っただけだ。


暇つぶしにやっていたゲーム、別に執着も何もないゲーム。


そのデータが消え、初めからやり直すだけだ。


「…私を連れ戻しに来たんですね、分かりました、戻りましょう」


そう言って、アメリアは立ち上がる。


「あっ…そうなんですけど、もう少しここに居ませんか?」


信長は持っていた金平糖を差し出し、ニッコリ笑った。


自分が知っている彼の豪快なそれとは正反対の、優しい顔で。


「……いいでしょう、メンタルを維持するのも私の役目ですから」


少し間を開けて、私は少し距離を取ってその場に座った。


隣の信長が手を少し伸ばしたが、こっちはそんなこと関係ない、もうあなたは私が知る信長ではないのだから。


「…えっと……その、ありがとうございました」


金平糖を一つ出され、アメリアはそれを口に放り込む。


甘くはない、別に楽しくも無い。


信長は変わらないアメリアの表情に戸惑いながら、深呼吸をして話を続ける。


「それから、ごめんなさい」


頬をポリポリ掻きながら、信長は言う。


「何があったかまでは思い出せないんですけど、あなたにとって私が特別な存在だったのは、なんとなく分かりました」


あっ、性的な意味じゃないですよ⁉ と、信長は手をぶんぶん振る。


言い訳を三つほど述べた信長は、また呼吸を整える。


「……どんな人だったんですか? 前の僕」


ぴくっ、と、アメリアの肩が揺れる。


それから少し目を閉じ、何処か見たことのある方向に目を向けて口を開く。


「優しい人でした、とっても」


懐かしい思い出を語るように、今は亡き友を思うかのように、少女は語る。


それから逃げないように、信長は自分の拳を握り、アメリアを見ていた。


「暴君とか、冷酷とか、日本ではそう言われていたみたいですが、私にはどうしてもそうは思えなかったんです」


だって、あんな顔で笑う人が暴君だなんて信じられるわけがない。


そんなに悪い人なら、自分の食べ物を分けたりなどしない。


「それから何より、バカでした」


「は?」


思わず眉を顰めた信長だったが、アメリアの様子を見ている限り、冗談ではなさそうなので堪えた。


遠くを見ながら、悲しい顔で言う。


「一緒にいて、久しぶりに楽しかったんですよ、本当に」


夜の冷たい風など、気にも留めない。


そんなこと、いちいち気にしてられるか。


「空で死んだあの日、裏切られたような気持ちでいっぱいでした、今でもそうです」

信長はそれを、じっと見ていた。


見守っている、と言った方が正しいかもしれないが。


「でも、あんな人見てたらどうでもよくなってきたんです」


膝を折り曲げ、ゆらゆら揺れる。


まるで、空中で揺れるブランコのように。


「あんなバカな人が一つの国の王様に慣れるなら、私みたいな可愛い子はトラウマだって超えられる、空だって飛べるって、思えたんです」


アメリアは膝立ちで、信長の方を見た。


まるで赤ん坊の歩き方のように、両手で自分の体重を支えながら。


「一つ、お願いしていいですか?」


「は……はい?」


ものすごいいい匂いにドキドキしながら、ロリコン野郎織田信長は頷く。


それを見たアメリアは少し嬉しそうに口の端を吊り上げ、こう言った。


「私が今から言うことに、記憶を失う前のあなたを真似した感じで答えてください」


「えっ? ……それって……私でいいんですか?」


少し言いにくそうに、信長は頭を掻いた。


今ここに居る人間は、織田信長であるが織田信長ではない、記憶を失った後の信長だ。


アメリアが今頼んだことは、とても悲しいことで、とても賢明な判断だ。


でも、アメリアは。


「良いんですよ、墓参りの墓石になったつもりで答えてくれればいいです」


そう言って、アメリアは頭を下げた。


少し躊躇いながらも、信長は何かを組みとり、頷いた。


アメリアはそれを見て、少し口を開けた。


何を思ったのかは、本人も分からないと思う。


でも。


「信長公」


ぺこり、と、頭を下げたアメリアはその場で正座をし、信長を真っすぐ見た。


記憶を失う前、と言われても、どんな対応をすればいいのかが分からない。


だから、自分なりに記憶を失う前の自分を演じる。


「お……おう、そうですな、俺は別に大したことは―してないぞー」


力が入りすぎて棒読みだが、本人にとってはこれが全力である。


こてこての関西弁のようなモノマネ、だがアメリアはクスリとも笑わず、自分を真っすぐ見るその目はもう言葉では表現できなかった。


「あなたが守ってくれたおかげで、あなたが私を家臣にしてくれたおかげで、あなたがバカだったおかげで、私は自分を見直すことができました」


感謝しながら、アメリアはたくさんの言葉を贈った。


まるで葬式の最後の別れのように。


感謝もあれば、恨み節だってある。


「でも、米俵みたいに抱えるのと、一軒家を馬鹿にするのは頂けませんでしたね、ほんと、次会ったときはあんなものじゃ済みませんよ?」


場違いだと思うかもしれない、空気を乱すかもしれない。


だが、それぐらい許されても良いはずだ。


だって、これは葬儀なんだ。


死んだ人への未練を断ち切り、きちんとした別れをするための準備なのだ。


「………」


信長は、それをじっと聞いていた。


同時に、悲しんでいた。


「だから、ちょっとだけ八つ当たりしますね」


そう言って、アメリアは信長の方に飛び掛かった。


後頭部から屋根にぶつかった信長は、頭を強く打つ。


ぐらりと、意識が揺れる。


「痛いですか? 私はもっと痛いです」


アメリアは背中に手を回し、肩に顎を置く。


背中に回る手は強く、まるで親から離れたくない子供のようだった。


自分の頭の横には彼女の綺麗な顔があり、自らの肩に強く顎を置いていた。


普通なら、ドキドキするかもしれない。


体中がざわざわし、本能的な行動をするかもしれない。


でも、これはそんな話じゃない。


頭の後ろがジワリと痛い、でもこの少女の痛みはこんなものではないだろう。


「私は、あなたを恨みます、ずーっと」


ぎゅうっ、と、さらに力を籠め、両腕を絞める。


「いつかあなたと空を飛んでみたい、そんな事も考えていたのに」


背中に回していた腕を、アメリアは自分の顔を抑えるために使う。


信長の肩が、濡れる。


唾液と、鼻水と、たくさんの涙で。


「どうして……」


そのままアメリアは起き上がり、信長に馬乗りになる。


「どうして、勝手にいなくなるんですか……?」


もう、ボロボロだった。


酒を飲んでいたからなのか目が赤くなり、息も荒い。


涙は肌を乾燥させ、鼻水は信長の服につくほどべとべとに垂れていた。


アメリアは、信長の顔面を殴った。


脳が揺れ、朦朧としていた意識がさらに薄くなる。


止まることなく、殴り続ける。


八つ当たりでも何でもいい、殴らなければ気が済まない。


少女は殴る、かつての優しかった目を。


少女は殴る、かつて自分を力強く持ち上げた腕を。


少女は殴る、自分の思い出を。


この行動に意味はなく、また利益も何もない。


ただ、悲しい。


殴るアメリアも、殴られる信長も。


ただただ、悲しいのだ。


一通り殴り終わったアメリアは、叫ぶ。


大きな声で、悲痛な声で。


力いっぱい、叫んだ。


天国にも地獄にも届かないだろうけど。


伝わると良いな、この声が。



それで、それでーーーーーーーーーー。





   

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