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過去転移

 転移の間に着くと、神官が入り口の扉の前に立ち、魔術師がルナリアの手を取って部屋の中へと入った。部屋の中は壁と天井に何やら結界のような模様が広がり、床には大きな魔法陣が一つ描かれていた。


 本当に、このまま刑が執行されて一人ぼっちで過去へと飛ばされてしまうのだろうか。牢に入れられたあの日から、家族にも会えていなかった。堪らなく寂しくなり、ずっと我慢していた涙が一筋、静かに流れ落ちた。


「……ルナリア嬢」


 不意に名を呼ばれて声の主を見上げると、魔術師がルナリアを見つめていた。


「貴女は無実だ」


 ルナリアは驚いて目を見開いた。無実であるのを分かってくれる人がいるなんて。もしかすると、刑を撤回してもらえるのではないか。僅かな希望の光が胸に湧いた。


「……だが、すまない。貴女には、このまま過去に転移してもらわなければならない。貴女の身を守るためにも必要なんだ。……私のためというのもあるが」


 最後の希望も打ち砕かれて、絶望の色を瞳に浮かべるルナリアの手を魔術師がそっと握った。


「三月後に喚び戻すから、それまで耐えてほしい。必ず貴女を救う。貴女は幸せになるべき人だ」


 ローブの中から覗く双眸には固い決意が滲み、その手はルナリアの冷え切った手よりもさらに冷たくて、微かに震えていた。


「転移先は森の中ではなく、ちゃんと人がいる場所にするから安心してくれ。そして、これは守護石のペンダントだ。肌身離さず身に付けていてほしい」


 魔術師がルナリアの首元に手をやり、ペンダントを付ける。青みがかった優しい乳白色のムーンストーンの守護石がついていた。


「……きっと、辛い思いもするかもしれない。だが、どうか希望を失わずに信じていてほしい」


 ルナリアは、胸元のペンダントを握りしめた。悲しいし、悔しいし、不安で不安で仕方ない。けれど、この人の言葉を信じてみようという気持ちになった。また、裏切られるかもしれない。でも、絶望のまま過去へと飛ばされたくなかった。何かに縋っていないと、生きる理由を失ってしまいそうだった。


「……分かりました。貴方を、信じます」


 そう言って、ルナリアは魔法陣の中央に立った。魔術師が長々しい呪文を唱えると、魔法陣が眩い光を放つ。その光はルナリアを包み込んで一際強く輝くと、次の瞬間、光もルナリアも消えて無くなった。



◇◇◇◇◇



 転移の間に一人残された魔術師カインがぽつりと呟く。


「……あと三月」


 荒々しくフードを脱ぐと、艶のある漆黒の髪が露わになった。陰のある整った顔は険しく、金色の瞳は激しい怒りに燃えていた。


「あの二人の所業は知っていたが、あそこまで酷いとは……」


 裁きの間で行われた悪夢のような断罪を思い出す。愚かな第一王子と男爵令嬢の悪意に満ちた言葉を聞くたび、耐え難い怒りで魔力が暴走しそうになるのを必死で抑えた。


 瞳を閉じれば、謂れなき罪を着せられ絶望し、恐怖に震えながらも気丈に耐えていた少女の姿が浮かび上がる。先程まで触れ合っていたこの手に、まだ彼女の温もりが残っているような気がする。ずっと焦がれ、切望し、己の全てを捧げて守ると誓った美しい少女。もう二度とあんな悲しい顔はさせない。またあの可憐で無邪気な笑顔を見せてほしい。


 そのためには、彼女を害そうとする愚か者を排除しなければ。


 カインはギュッと拳を握り、部屋を出ると、待機していた神官に告げた。


「……過去転移の術は無事に終わった」


 大神官への報告のため、神官が足早に戻っていく。

 

「せいぜい油断しているがいい」


 神官の後ろ姿を睨みつけるカインの背後で、燭台の火が大きく揺らめいた。

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