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夜が明けるまで  作者: はづき愛依
9/9

4:06




 十分ほど走り、並木道の途中に現れた目的地前で路駐した。

 瑛二を連れてやって来たのは、以前俺たちが在籍していた県立大学だ。

 夜中だからその全貌は殆ど見えないが、赤レンガで造られた建物が建ち並び、ヨーロッパの街並みを思わせる造りになっている。緑溢れる丘の上にあるキャンパスからは街並みや山々が眺められ、学ぶ環境としては最適じゃないかと思う。

 俺たちは、正門前で立ち止まった。


「何か懐かしく思えるよな。ここに通ってたのが、五年も十年も昔みたいだ」

「………あ……あの。慎せんぱ」

「知ってるよ。お前のツイートが原因だってこと」


 瑛二が言おうとしたことを察して、フライングして切り出した。ギクリとした瑛二は、その場から逃げ出しそうな表情をした。

 何故なら瑛二は、俺に計り知れない罪の意識を持っているからだ。

 約二年前、俺が逮捕され、罪の自白を強要され、一ヶ月近くも冤罪で拘置所の中にいたのは、こいつの所為だからだ。


 誤認逮捕される少し前。俺はサークルのOBからとあるバイトを紹介され、他にも誰かいないかと言われて学内で声を掛けていた。瑛二も声を掛けた一人だった。内容は飲食店のホールだったが、“儲かるバイト”だとわざと詳細は言わずに誘っていた。そしたら瑛二は“ヤバいバイト”だと思い込み、頑なに断った。

 当時。警察は、大学生が中心となったとある詐欺グループを追っていた。あとはリーダー格の男だけとなったが、仲間の誰もその素性を知らなかった為に手懸かりがなく、捜査は難航していた。そんな折にリーダーらしき男の写真を手に入れ、それを元に躍起になって捜していた。

 一方の俺は、断られながらも次々に声を掛け続けていた。ある日、サークル仲間に紹介された後輩に話を持ち掛けてみた。興味がありそうだったから、俺は粘ってその後輩を誘おうとした。すると、その場面をたまたま瑛二が目撃し、“ヤバいバイト”をさせようとしているんだと勘違いして写真を撮り、ツイッターに上げた。恐らく、注意換気の目的だったんだろう。

 ところが、瑛二がツイッターに上げ拡散された写真が警察の目に入り、捜していたリーダーの男と特徴が酷似していたことから、俺は警察署に連れて行かれてしまった。

 結果的には非運が重なってしまったことだが、全ては瑛二の余計な正義感が原因だった。


 俺は、おもむろに石垣に腰を下ろした。


「俺の人生ほどじゃないけど、多少なりともお前の人生も変わったんじゃないか?」


 聞かずともそうに違いない。現在の瑛二の行動が、それを物語っている。

 こいつは、正義感で困っている幽霊を助けている訳じゃない。誰かを助けることを償いだと思い、自分の罪をなかったことにしようとしているだけだ。

 瑛二は、ビクビクしながら口を開いた。


「……先輩。オ、オレ、ずっと謝りたくて……オレの所為で、先輩はあんなことになって……すみませんでした」


 瑛二は頭を下げた。ほぼ直角に腰を曲げて、誠意を表した。

 瑛二の頭頂部が俺に向けられる。しかし俺は敬礼を一切見ず、地面を見つめた。


「……まぁ。そうだな……今ここで、お前に何か言うつもりはないよ」


 敬礼をした瑛二は、怖々と顔を上げた。

 そんな瑛二に、俺はこう言葉を掛けた。


「なぁ。善行を積み重ねれば、いつか朝日を拝めると思うか?」

「……思います」


 目は怖じるも、瑛二ははっきりと言った。


「そっか……じゃあ、お互いここからやり直そうぜ」

「……はい」


 俺がそう微笑みかけると、瑛二が俺に抱いていた恐れが少し薄れたようだった。叱責されなかったことに、多少安堵した表情をしていた。

 向こう見ずな行動で痛い目を見たことは、人生の教訓になっただろう。()は是非、行動する前に一度ブレーキを踏んでほしいものだ。

 瑛二が学んでくれたところで、俺は最後の目的を果たすことにした。


「瑛二。俺は、ここでやりたいことがあるんだ」

「やりたいこと、ですか?」

「協力してくれるか?」

「は、はい!もちろ」


 瑛二の言葉が、プツリと途切れた。






 高度が上がると、その分空が近くなった。

 時刻は、午前四時過ぎ。東の空が白んできている。もうすぐ太陽が昇り出す。

 学部棟の屋上からはキャンパス内が一望できるが、ぼんやりと灯る明かりくらいしか見えない。振り向けば芝生に覆われた広場がある筈だが、真っ黒な池のようだった。

 柵も何もない縁に立ち、下を覗いた。

 下は植木と芝生と、コンクリート。

 縁から数メートル距離を取った。

 春の早朝の風が、頬を撫でる。

 目を瞑ると、これまでのことが足早に目蓋の裏を過った。

 何時もは全然緊張しないのに、今日は珍しく神経が少しだけ張り詰めている。

 一回だけ深呼吸した。

 ワンテンポ置いて、一歩を踏み出す。

 一歩踏み出すごとに、速度を上げた。

 そして、縁を強く蹴って飛び出した。




 刹那の時。

 瑛二の意識は唐突に戻った。

 ついさっきと景色が違うことに混乱する。自分がどういう状況なのか、漠然にも考えられない。

 頭上から風を感じる。視界の黒っぽいレンガの建物が、逆さまになっていた。

 視界の端に、道らしきものを捉える。その奥には講堂が見えた。

 見覚えのある場所だった。


 ───あ。


 状況の把握と同時に、瑛二の意識は再び切れた。

 永遠に。






 座っていた俺の身体が、ビクリと揺れる。

 深呼吸をするようにゆっくりと呼吸し、ゆっくりと目蓋を開いた。

 指を何回か曲げて伸ばす。今回も無事に、自分の身体に帰って来られたのを確かめた。

 少しだけ達成感に浸り、のっそり立ち上がる。

 何となく空を見上げた。

 白んだ空が、暗闇を越えたことを教えてくれていた。


「……夜明けだ」


 俺は、とても清々しい気持ちで呟いた。






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