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「あいつとは、一回だけ誘われた飲み会で知り合った。見た目は普通だったけど、一緒にいてもそんなに面倒くさそうじゃない感じだったから、告られて付き合った。でも、俺に逮捕歴があるって誰かから聞いたらしくて、問い詰めてきた。だから俺は、認めた上で冤罪だったと言った。そしたら、あいつはこう言った。今でも一言一句覚えてる。
『疑われたのは同情するけど、慎て外見が周りから見たら印象悪いじゃない?その見た目で、よく勘違いされるでしょ。髪型とかファッションは好みだから文句は言えないけど、それもあるんじゃないかな。て言うか、違うなら罪を認めなきゃよかったのに。』
そう言われてケンカして別れた。でも、別れたあともモヤモヤしてすっきりしなかった。寧ろ、苛立ちが日に日に募っていった。このストレスを発散するにはどうしたらいいか考えて、もういっそのこと殺そうと思った」
俺は至って普通に、日常会話をするような調子で話した。
曲やエンジン音を押し退けて、俺の話す声は瑛二の耳にスルスルと入り込んだ。しかし、話を飲み込みきれていない。
それでも瑛二は、情報を処理しようと俺に質問した。
「……でも、どうやってそう見せかけたんですか?」
「俺は、特殊な能力を持ってる」
「特殊能力……」
「俺は、自分の魂を自在に身体から切り離すことができる。そして、他人の身体に乗り移り、その身体を自由に操ることができるんだ」
安全運転を心掛けなければならないから、瑛二のリアクションはチラッとだけ見た。当然、瞬きが多かった。
「俺は愛理を殺すまでの数十分、愛理になっていた。だから愛理の欠けた記憶を戻せた。よって、正しくは欠けた訳じゃなくて、最初から俺が持ってたからが正解なんだけどな」
そしてそのまま、愛理を自殺させた過程を明かした。
「愛理とショッピングモールで会ったのは、偶然だった。あいつの姿を見た時、咄嗟に計画を思い付いた。食事をしたあと一緒に駐車場まで行って、人の往来がないのを確認してから愛理に魂を乗り移した。そして自分の車に乗り、愛理の会社まで行き、非常階段を上って八階のバルコニーから身を投げた。身体が宙に浮いた直後に愛理の身体から魂の俺は抜け出して、愛理は地面にべしゃり。俺の魂は、車に載せてきた自分の身体に戻った。それで偽装は完了」
結果は、翌日の現場で確認した。
犯人は現場に戻るとよく聞くが、犯人になってみてその心情がよくわかった。俺の場合は、疑われる可能性はあっても証拠が残らないからさほど不安はないが、本当に死んだのかを確認したくなる。そして、その成果を目の当たりにし、ほくそ笑むのだ。
俺がほくそ笑んだのは、愛理の件だけではなかった。さっき話に出した三人も同じ方法で殺っていたので、思い出話みたく語った。
「初めて殺した奴は、警察から解放されて最初に雇われた工場のとこの息子だった。バカ息子のくせに、偉そうだったなぁ。あいつは給料をちょろまかしただけじゃなく、冤罪だったって言ってんのにあからさまな犯罪者扱いしたのが許せなかった。だから夜の踏切で車を立ち往生させて、事故に見せ掛けて殺した。
二人目は経理のババア。あいつもやり方がホント陰湿でさぁ、『辞めろ犯罪者』とか書いた紙が毎日ロッカーに貼ってあったり、作業着がボロボロになって捨てられてたり、悪質な噂を流して俺を辞めさせようとした。最初は古典的なやり方がウケたけど、段々むかついてきて、夜のウォーキングが習慣だって知って、事故に見せ掛けて殺した。
三人目の奴は、工場を辞めたあとに勤めた会社の先輩だった。気弱な性格で、いかにもイジメられそうな奴だった。そいつは、同僚から命令されて俺の仕事の邪魔をしたり、財布を盗んだりした。ある時俺は、気が向いて話し掛けてやったんだ。そしたら、何て言ったと思う?『君が来た時、イジメの対象は僕じゃなくなると思ったのに。まともな僕より、逮捕歴がある君の方がイジメ甲斐があるのにね。何か起こさないの?そうすれば注目が君にいくのに』って言われた。正直、ここでもかって思ったよ。俺はもう、度重なるアンモラルな仕打ちに嫌気が差してた。それと、何故か非常にそいつが可哀想になった。だから後付けて強引に部屋に上がって、首吊り自殺をさせてやった。
そういやその時、身体から抜けるタイミングが若干遅れてさ、一瞬息苦しくてヤバかったんだよ。マジ焦ったわー」
俺は笑った。本当にあの時はヤバいと思った。この特殊能力に気付いた最初の頃、長時間他人の身体で遊んで抜け出し方を忘れた時もヤバかったけど、息ができなくなったのはマジでヤバかった。苦しみながら死ぬなんて、絶対にごめんだと思った。
因みにこの三人目は、三ヶ月前に瑛二が相談を受けた幽霊と同一人物だ。偶然、瑛二の元に相談に訪れていたようだ。俺の所にも何度か現れたが、見えないふりをして無視していたら、何時の間にか現れなくなった。今頃、他の幽霊にいじめられていそうだ。
一方的な俺の話を瑛二はずっと無言で聞き続けていたが、何がなんだか理解できないという顔で状況に付いてきていなかった。
「やっぱ世間て、こんなもんなんだなーって思った。ある意味期待通り。実際は何もやってないのに、“逮捕”っていう事実がない筈の俺の罪を作った。まぁ、警察は誤認逮捕を揉み消してるから、市井の認識も変わる訳がないんだけどな。おかげで俺は、人生を挫折するしかなかった」
友達も、やりたかったことも、将来への希望も、全部失った。
たった一つ。たった一つの勘違いで。