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夜が明けるまで  作者: はづき愛依
6/9

3:35




「慎……!」


 愛理は声ですぐに俺だと気付いた。一方の、通行人がいない夜中だと思って油断していた瑛二は、突然現れた俺に驚いて硬直した。


「あ。やっぱ瑛二じゃん」

「こ……こんばんは……」


 瑛二は俺の姿を見るなり顔色を変えると、挨拶しながら一歩後ずさる。また顔が強ばっている。


「何やってんだよ、こんな夜中に」

「あ。いえ。ちょっと用事がありまして」


 説明に困った瑛二は、後ろの愛理を一瞬気にしつつ視線を泳がせながら言う。真夜中に独り言を言いながらうろついていれば職質されていそうだが、それにしては返しがうまくない。相手が俺だからだろうか。


「用事って。こんな時間に、何の用があるって言うんだよ」

「ねぇ。瑛二くんて、慎と知り合いなの?」


 さっきまで取り乱していた愛理は、平静を取り戻していた。瑛二は挙動を気にして、視線だけ愛理に向けた。

 俺は、今その存在に気付いたかのように、視線を瑛二の左側に移した。


「……愛理?……嘘。マジかよ。お前、まだ成仏してなかったのか?」

「えっ……慎。私のことが見えるの?」


 瑛二も驚いて、愛理と俺を交互に見た。

 葬式には行っていないから、死んでからは始めての対面だった。頭から血を流し腕から骨が飛び出ている姿は、吐きそうなくらいエグい。これに付き合う瑛二は、素直に凄いと思った。

 幽霊愛理との初対面に浸っているような演技をしながら、瑛二の方に視線を変えた。


「なぁ。お前、幽霊の声聞けるか?こいつが今何て言ったかわかる?」


 俺も霊感はあって見ることはできるが、瑛二とは別で会話はできない。普通に、何て言ったのかが気になって尋ねた。


「えっ?……あ、はい。私のことが見えるの?って言ってます」

「おう。輪郭は少しぼやけてるけどな」


 血塗れの姿は見るに堪えないという感想は、辛うじて飲み込んだ。


「俺と会ったあとに自殺なんて、驚いたぞ。何か抱えてることがあれば、飯食った時に話くらい聞いたのによ」

「うん。驚かせてごめんね」

「あ、あの。もしかして愛理さんの元カレって、慎先輩だったんですか」


 困惑する瑛二は、俺じゃなく愛理に聞いた。あからさま過ぎるだろ。ちょっと傷付くわ。


「そう。この人が私の元カレ。私の方こそ、二人が知り合いだったなんてびっくり」

「はい。同じ大学だったんで……」

「そいつ、俺たちが知り合いで驚いてんのか?最近、久し振りに会ったばっかだよな。まさにここで」


 愛理が自殺した翌日、近隣住民や報道陣が騒いでいたところに俺もやじうまで来ていた。瑛二とは、大学在学時以来の約二年振りの再会だった。ばったり再会して、お互いに驚いた。

 驚いたが、運命的だとも思った。


「てか。幽霊と会話できるって、瑛二って霊感強いんだな」

「先輩こそ」

「俺は見えるだけの、平凡なスキルだけどな。ところで、何で愛理と一緒にいるんだよ?」

「それは……」

「ねぇ瑛二くん。通訳頼んでいい?慎に聞きたいことがあるんだけど」

「あ。はい───先輩。愛理さんが、聞きたいことがあるみたいです」


 愛理は瑛二を通して、自分が自殺した理由がわからなくて成仏できないでいることを俺に話した。


「慎と最後にいたショッピングモールの駐車場で私、変なところなかった?何か思い当たることない?些細なことでもいいの───って言ってます」

「いや。別に変わったところはなかったな。普通に話もできてたし、気になることはなかった」


 正直に答えると、愛理は絵に描いたような落胆をした。有力な手懸かりを持っていると期待しただろうが、この場で提供できるものは持っていなかった。


「てか。自殺した理由がわからないって、意味不明なんだけど。愛理は本当にそんなこと言ってるのか?」

「飛び降りる前の記憶がないみたいなんです。それで成仏できなくて」

「だからって、何でお前が一緒なの。まさか、愛理に憑かれてるのか?」


 そうではないと瑛二は否定すると、自分の事情も話した。


「───と言うことなんです」

「相談されたから、こんな夜中に付き合ってやってんの?記憶を戻す為に?ははっ!よくやるなぁ。お前は相変わらず、正義感が強いのな」


 そう言ってやると、瑛二は僅かなひきつり笑いをした。俺が皮肉を込めて言ったのを、理解してくれたらしい。こいつは正義感から余計な気を回すが、空気が読めないやつじゃない。


「でもそっか。愛理は成仏したいのにできないのか。それは困るな」

「慎が手懸かりを持ってないなら、成仏は諦めた方がいいのかな」

「愛理さん……」

「どうした?」

「愛理さんが、成仏を諦めかけてます」

「マジか……まぁでも、手助けできないこともない」

「ほんとに!?」

「できるんですか?どうやって?」

「まぁ任せろよ」


 俺は得意気に口角を上げた。

 エグいのを我慢して愛理の前に立った俺は、パワーストーンを付けた左手で頭に触れた。正確には、ぼやけた輪郭にだ。そして目を瞑った。

 見ている瑛二には、俺の掌から電流のような一閃の光が一瞬見えていた。

 時間は掛からなかった。三十秒程で作業は終わった。欠けていたパズルのピースが嵌まり、愛理の記憶は完成した。

 記憶の全てが明瞭になった。


「───そうだったのね。慎……」


 自殺した経緯がわかった愛理の姿は、たちまち霧のように散っていく。

 そして、空気に溶けるように見えなくなった。


 愛理は成仏した。




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