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清々しい夜明けを迎える為の夜が、始まった。
深夜。
好きなアニメの録画予約をして、瑛二は自宅アパートを出た。
自転車に跨がり、何処かへ向かう。アルバイト先のコンビニを素通りし、その先の川沿いの公園を目指した。
緑が囲む夜の公園は、照明が乏しく薄暗い。今は存在すら忘れられている電話ボックスが、不気味に佇んでいる。
瑛二は桜が咲く木々に目もくれず、古臭い緑色のベンチの横に自転車を置き、座るとイヤホンを耳に装着して、スマホでお気に入りのプレイリストを再生した。そして、好きな声優や漫画家のツイッターを覗き始める。
時間を潰し始めて、一時間ほどが経った。突然ベンチの傍らに立つ電灯が、不自然にチカチカと点滅し出す。
そこへ、一人の女が現れた。一見すると普通の人間。しかし、頭からは大量の血を流し、腕からは骨の一部が飛び出し、足は下にいくにつれて透明になっている。
女はベンチに音もなく近付き、空気のように瑛二の隣に腰掛けた。
音楽を聞いていた瑛二は曲を止め、イヤホンを外して隣を見た。
「こんばんは」
待ち構えていた瑛二は、ごくごく普通に日常の挨拶を女にした。
霊感が強く幽霊と会話もできる瑛二は時々、幽霊専門のなんでも屋をやっている。この公園は、即席の相談所だ。
なんでも屋を始めたのは、声優になる夢を諦められず、大学を辞めて専門学校に通い始めたあと。この公園の近くのコンビニでアルバイトをしているのだが、ある夜、何気なく立ち寄って休んでいたら浮遊霊に話し掛けられ、身の上話を聞いたのが最初だった。
それから、一体何処から噂を聞き付けて来たのか、たまに幽霊の相談を聞くようになり、現在は成仏の手伝いまでするようになった。始めた頃は仕方なくだったが、罪滅ぼしの代わりになるならと続けている。
受付開始は深夜。夜明けまでがタイムリミットとなる。
今晩の相談者は、元会社員の愛理だ。
「未練が残ってるんですか?もし怨みを晴らしたいとかだと、オレの範疇じゃないんですけど」
「いいえ。未練……だと思う」
愛理は、会社の建物から飛び降りて死亡した浮遊霊だ。その飛び降り事件の現場は有名なおもちゃメーカーだったこともあり、地元のニュースでも取り上げられていた。騒ぎを聞き付けた瑛二も当時、事件現場にやじうましている。
成仏できないことを相談に来た愛理に、瑛二は未練はあるかと尋ねる。映画が好きだった愛理は、楽しみにしていた作品を観られなかったことが後悔だとか、彼氏と結婚できなかったことを悔やんでいることを話した。
「未練が映画を観れなかったことなら、レイトショーに連れて行けるけど、彼氏との結婚は流石にどうにもできないですよ」
「彼のことは、もう踏ん切りは付いてる。新しい恋人を、早く見つけてほしいと思ってる」
「と言うことは、未練は映画ですか?」
何だそんなことかと楽勝に思うが、それも違うと愛理は横に首を振った。
「じゃあ、何が未練なんですか?」
「何で自分が飛び降りたのか、わからないの」
「……え?」瑛二はカクッと首を傾げる。
「自殺をしたんじゃないんですか?」
「自殺なんて考えたことない」
「でも飛び降りたんですよね?」
「そうらしいんだけど、私、その時の記憶はないの」
瑛二はまた、え?と返す。つまり愛理は、自殺するつもりはなかったのに飛び降りたと言うのだ。
意味不明な発言には引っ掛かりつつも、瑛二は相談内容を尋ねた。
「……で。オレは、どうしたらいいんですか?」
「私が飛び降りた理由を、探してほしいの。あの夜、私に何が起きたのかを」