ポンニチ怪談 その10 模倣解答
大学入試のための共通試験の会場で、模試の問題とそっくりな問題をみつけ、丸覚えしていた解答をそのまま書きなぐったハギュウダン。合格発表日に彼をまっていたのは…
「う、うん、これでバッチリだ」
静まり返った共通試験の会場。ハギュウダンは思わずつぶやいた。
「こうも似たような問題がでるなんて、やっぱり共通試験に民間試験導入してくれて、本当にありがたいよ」
試験の助監督らしき男がこっちをにらみつけたが、ハギュウダンは気にしなかった。
「ペネッセの模擬試験を何度も受けておいてよかった。記述式の解答を丸写しは難しいかなって思ったけど」
模擬試験の模範解答を何度も何度も見返し、覚えられそうな記述を何回も何回も繰り返し手でかいた。そのかいあってか
「くくく、これで試験は大丈夫。まったく民間試験様様だよなあ」
周りを見渡すと、記述式の解答用紙を何度も書きなおして、机を消しゴムのくずだらけにして一生懸命手でくずを払っているもの、頭を抱えたきり鉛筆を持つ手を止めたものもいる。
「ふん、模試の代金も払うことができない貧乏人が、大学なんて行く必要ないんだよ。僕のような生まれと育ちの者こそ高等教育にふさわしい」
知的興味や学習意欲などまるで無視し、金持ちの格差拡大エリート養成校になるべきだという傲慢な考えをためらいもなく口にするハギュウダン。だが、
「おっと、監督に睨まれたら困るからここは大人しくしてよう。だけど合格したら、あのバイトの監督なんぞ、僕をにらむどころか近づくことさえできなくなるんだからな」
そのときが楽しみだ、と思いながら、彼は“模範解答”をサラサラと書き続けた。
合格発表日。
「ふふ、絶対大丈夫とは言え、やっぱり楽しみだな」
と合格者のナンバーを掲示してあるはずの広場に向かうが
「あれ?」
通常なら合格を喜ぶもの、悔し涙にくれうるものが大勢いるはずの広場には誰もいない。どんよりと曇った空の下、数字のならぶ白い看板が立つばかり。
「ま、まあいいか、僕の番号は、9413だろ。9413は…え?」
模倣解答枠 9413
「な、なんだよ、模倣解答枠って」
驚くハギュウダンを数人の男性が取り囲んだ。
「模倣解答者か」
「いや、完全な模倣解答ではないらしいぞ」
手にした書類をパラパラとめくりながら
「9314か、こいつ女子用解答をそのままパクった奴だ」
「へ、中高一貫女子校用の解答を?ちゃんと模範解答に女子の名前書いといたのにな、お嬢様女子校用解答って」
と、軽蔑のまなざしでハギュウダンを見下す男たち。
ハギュウダンはわけがわからず、男たちに
「な、なんだよ、僕の解答が何だっていうんだ!」
怒り気味に尋ねた。男の一人が嘲るように口を開く。
「ああ、君の解答は、典型的模倣解答だということだ」
「受けた試験の答え丸覚え、自分の考えなどまるでない、ただ合格のための記憶力」
「しかも記憶力もそこそこだな。一番簡単で覚えやすい女子用の解答を丸写し」
「字も汚い。模倣も二流だが、一応模倣解答枠としては合格だ」
ニヤニヤしながら、男の一人が書類の入った封筒をハギュウダンに差し出す。
「模倣解答合格者って。え、入学金も授業料も、普通の学生の、さ、三倍?ぼ、僕は五倍!」
書類をみて驚くハギュウダンに
「当然だろ、金で模試を何回もうけたおかげで入ったんだから。金だけはたっぷりあるしな」
「っていうか親の金しかないだろう、それで大学の卒業証書が手に入るんだから安いもんだろ」
「授業も受けなくてもいいぞ、お前みたいなバカがいても他の学生の邪魔だしな。試験も卒論もないんだから楽だろ」
「まあ、それだと卒業証書には模倣枠の注意書きは書かれるけどな。どうせ試験うけても落第だし、卒論どころかレポートもマトモに書けないだろ、お前」
男たちのバカにしたような口調に
「ち、畜生、お前らなんか、お前らなんか」
涙交じりに抗議しようと男の一人の襟首をつかもうとするが
(ア、レ?)
ぷっくりとむくんだ中年男の手が宙を舞う。
(ぼ、僕の手?ぼ、僕は一体)
「ハハハ、今頃気が付いたのか?お前は青年じゃないんだよ」
「首のなくなった中年おバカ議員なんだよ、鏡ないのかよ」
「中身のない大卒って哀しいねえ、身の丈にあった人生送んなよ、ハギュウダンさん」
(そ、そうだ僕はもう大人で、それでだ、大臣のはず)
「最低最悪の政治家モドキが俺たちの苦悩を思い知れ」
いつの間にか学生服になった男たち。ハギュウダンを罵るだけでなく
「親がかかり人生なんだろ、ガキ大臣」
ドスッ
「墓の下のオヤジにいいつけるか?それとも阿保総理にチクるか」
バシッ
「お前らの身勝手な改革モドキで人生狂わされた俺らの苦しみを少しでも味わいやがれ」ガシッ
蹴られ、殴られ、叩かれ続けるハギュウダン
「た、助けてくれー、許してくれー」
震える声で懇願するが
「無駄だよ。俺らもう取り返しつかないから」
「お前も一生ここにいろよ」
「真似しかできないオウムのくせに大臣なんて、お前のほうが身の程知らずだ」
いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。ほのかに明るく照らされるのはハギュウダンと男たちのみ。
「うわわあ」
果てしなく続く、嘲りと暴行にハギュウダンは悲鳴を上げ続ける。
「昨夜、昏睡状態にあったハギュウダン元大臣が死亡しました。ハギュウダン氏は半年前、大学入試改革の失敗の責任をとり辞任、体調不良により入院中でしたが、5か月前、突然、意識不明の状態になっていました。病名はいまだに不明。次のニュース」
どこぞの国でも受験生を翻弄する利権まみれの入試改革が行われようとしているそうです。受験生のためでなくオッサンたちの都合で入試改革をするなぞ言語道断ですし、それにより人生狂わされた若人がいたら目も当てられません。だいたい、そんな醜い大人たちの欲望に将来を潰され死を選ばざるをえなくなったりしたら、元凶であるオヤジどもに取り憑いて懲らしめてやろうという気にもなりますよねえ。
ちなみに次の話も入試関連の予定です